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血煙旅記  作者: 黒洋恵生
妖狐編
32/69

【第二十八話】死骸の舌

 






「……なるほど。てめぇは母親似だ、な」

「嘘だ! ……違う、違う違う違う!」


 蒼白にした顔を逸らそうとした宗志の頭を堂林は掴み、無理矢理二人へと顔を向けさせる。


「よく見ろ、餓鬼。そして記憶に焼き付けろ。この痛みを憎しみを」

「……ち、がう」

「違わねぇよ。こいつらは良い趣味してるぜ。息子の晴れ舞台をこんな小屋に金払ってまで見に来るなんてなァ」


 ざくざくと胸を裂かれる痛みに宗志は身悶(みもだ)える。何十本もの釘を打ち込まれる痛みとは比べもののにならないくらいの痛み。

 宗志はまだ希望を捨てきれてなかったのだ。あんなに優しかった両親が自分を売ったなんて、何かの間違いだと、何者かに騙されているのだと思っていたのである。しかし、そんなことはなかったのだと彼は悟った。両親は自らの意思で実の子を売り、自らの意思で実の子が苦しむ姿を見に来たのだ。

 徐々に宗志の瞳から光が消える。そしてその痛みに慣れ、彼が現実を受け止めた時。彼の瞳には憎しみが怒りが宿っていた。

 宗志はゆっくりと立ち上がると、父親の腰に差していた二本の刀を取り、母親がつけていた能面を懐に仕舞う。

 腕組みをしてそれを眺めていた堂林は面白そうに鼻を鳴らした。


「親の形見でも持って行く気なのか?」

「……違う。この刀を握っていれば、両親(こいつら)への憎しみ風化させずに済む。この面をつけていれば、俺を嘲笑った奴らへの怒りを風化させずに済む。……殺してやる! 全部、全部! これからは俺がこいつらの立場に立つ! 知らしめてやる! 俺は弱者なんかじゃねぇ、強者だ、ってな!」


 堂林はすっと目を細め満足そうに口元を吊り上げた。そして舌舐(したな)めずりをして口を開く。


「いい目だ。いい面だ。俺の目に狂いはなかったみてぇだなァ」


 ついて来い、とそう言葉を続けると堂林は歩き始める。二人はその小屋を後にした。






「宗志、今日は何人殺ったんだァ?」

「……小屋の人間を九人。小屋に来てた客を二十六人ぐれぇだ」

「どういう気分だ?」

「……何も感じねぇ」

「時期に()くなるぜ」


 宗志が見世物小屋を出てから一年と数ヶ月が経った。彼は小屋から出た次の日から見世物小屋狩りを始めたのだ。見世物小屋で暴利を(むさぼ)る人間や、出し物にされた人間を嘲笑う金持ちの客を皆殺しにした。

 日に日に宗志の悪名は知れ渡り、那智組によって決められる懸賞金は一気に跳ね上がっていったのである。


「なんだ、それ」

「見りゃ分かるだろォ、遊女の死骸だ」


 目の前には月明かりに照らされた美しい遊女の屍が並べられていた。普通の人間なら恐ろしさのあまりに歯をがちがちと鳴らしてしまうような光景ではあるが、それは宗志にとっては日常的な光景となっていたのである。

 堂林は一人の遊女の死体の髪を丁寧に舐めると、宗志へと視線を向けた。


「どうだァ、いいもんだろォ。女ってぇのは死体になってからが美しい。まあ、死ぬ瞬間には敵わねぇけどなァ」

「趣味悪……」

「まあ、いい。宗志、ちったァまともに天狗の力を使えるようになったかァ?」

「飛ぶのは普通に出来る。火を扱うのはそこそこってとこだな」


 その時、後ろの茂みから音がした。刀に手を掛けて宗志は鋭い視線を飛ばす。

 見世物小屋か那智組の者に跡をつけられたか、と宗志は思考を巡らせる。気配は消して此処に戻ってきたし、何より飛んで帰ってきたのだ。相当な手練(てだれ)かもしれない、と彼は息を飲んだ。

 しかし、茂みの中から出てきたのは宗志が予想していなかった者だった。


「ごめんなさいっ、おこらないでっ」

「お前は……」

「宗志、だれだァ? この餓鬼は」


 茂みからひょっこり出てきたのは白い着物を着た少女だった。その背中には水色の蝶の羽のようなものが生えている。

 宗志はその少女が誰だかすぐ思い出した。今日潰した見世物小屋で出し物にされていた少女である。

 緊張を解いて宗志は刀から手を外した。少女は彼に歩み寄り、ぺこりと頭を下げる。


「お礼しにきたのっ。おにいちゃん、私をたすけてくれて、外にだしてくれて、ありがとうっ!」

「別に、そんなつもりじゃ……」


 その瞬間、血飛沫が上がった。そして少女はばったりと倒れてしまったのだ。少女の白い着物はみるみる赤く染まっていく。

 宗志は血塗れた刀を持って立っている堂林を睨みつけた。


「宗志、なんだその(つら)は」

「……」

「何だ、餓鬼助けて善人気取りかァ? 宗志、よく覚えとけ。てめぇは俺と同じ、人を斬ることしかできねぇ化け物だ」

「俺は、あんたとは違う……!」

「何も違わねぇよ」


 ドスの効いた声で堂林はそう言うと、言葉を再び続けた。


「宗志、てめぇの血は人間とはかけ離れたものになってるはずだ。化け物の血が濃くなってるに違いあるめぇよ」

「俺は人間じゃねぇ。だがあんたとも違う……!」

「なら証明してみせろや。その餓鬼はまだ死んでねぇだろ」


 その言葉に宗志は小さく驚きを見せ、しゃがみこむと少女の首に手を当てた。指先には微かだが脈を感じる事が出来る。


「その餓鬼の血を一口でいい。傷口から直接(すす)ってみろ」

「……どういう意味だ」

「てめぇが人間に近いなら、一口で止められるぜ。その時は餓鬼を連れて医者にでも診せに行くなり好きにしろ。だが俺と同じくてめぇが化け物に近いなら、その餓鬼の血を飲み干すまで口を離せなくなるだろうよ」

「んなもん簡単だ。俺はあんたとは違うからな」


 薄ら笑いを浮かべる堂林を宗志が睨みつけた時、少女の(まぶた)がゆっくりと開いたのだ。そして小さな唇を動かす。


「お、にいちゃんっ、痛い……よぉ……っ」

「医者に連れてってやるから、少し待ってろ」

「あり、がと……」


 しっかりと頷く。胸の奥にある重い黒ずんだ不安を追い払い、宗志は少女の傷口に口をつけた。





 肩に手を置かれ宗志ははっと我に返った。そうだ早く、医者に……、とそこまで考えたところで彼の思考は止まる。目の前には青白くなった少女が横たわっていた。

 そこで始めて血まみれの手に舌を()わしているという自分の行動に宗志は気づいた。衝撃のあまり彼は尻餅をつく。

 喉の奥を鳴らす堂林の笑い声が宗志のすぐ耳元で聞こえた。堂林は宗志の後ろから彼の顔についた血を指で拭き取り、それをねっとりとしゃぶる。そして立ち上がって口の端を吊り上げた。


「……悪くねぇ味だ。こりゃあ、てめぇが病みつきになるのも無理はねぇ」

「嘘、だ……」

「嘘じゃあるめぇよ。てめぇと俺はどうやら同じらしい」

「違、う……」

「血に抗うな、(ゆだ)ねちまえ。てめぇは本物の化け物だ」


 心の底から宗志は蒼白になる。背筋に氷を押し付けられたように体の震えが止まらない。得体の知れない恐怖。やっと自覚した、自覚してしまった本当の自分。


「うぁあああああああ――!」


 宗志は悲痛な声を上げ、立ち上がるとともに抜刀した。そして堂林に斬りかかる。






 厚い雲が薄い月の光を遮った。






「それから、宗志は……?」

「その後、俺は堂林に返り討ちにされた。虫の息の俺に奴は刺青(これ)を刻んで姿を消した」

「そっか……」


 (うつむ)きがちに白臣はそう呟くのが精一杯だった。宗志の話で頭も胸も一杯一杯だったのだ。彼はそんな白臣を見ずに言葉を続ける。


「あと、俺はお前に言ってないことがある」

「……何?」

「お前、時雨のとこで俺に純人間になったら、何してぇのか訊いただろ」

「うん」

「それは……終わらせることだ」


 ……何を? と白臣は宗志を見つめる。彼は白臣に相変わらず視線を向けないまま口を開いた。


「俺の命だ」

「どうして……!」


 声を絞り出して叫ぶように()う白臣に、宗志は逆に問い返した。


「お前は、自害する獣を見たことあるか?」

「……ない」

「だろ。俺も獣と同じだ。いくら死のうとしても死ねねぇ。俺は堂林から離れてから何度も死のうとした。腹かっさばこうともしたし、身投げしようともしたし、大国の合戦の真ん中で丸腰で立ったこともある」

「……」

「だが、そういう時はいつも意識がぶっ飛んじまって、気づけば自分の腹に向けた刀は粉々になってたし、身投げしたはずなのに翼を必死こいて動かし飛んでいた。合戦では気づけば両軍皆殺しにしてた」


 (しゃべ)りすぎたな、そう零して宗志は頭をくしゃくしゃと掻く。白臣は喉元まで出かけた〝死なないで欲しい〟という言葉を思わず飲み込んでしまった。

 それは炎に照らされた宗志の顔が、一瞬泣く寸前のように歪んだのが見えたからだ。すぐに彼の顔は無表情に戻ったが、その顔が白臣は脳裏に焼き付いたのを感じた。(まぶた)を閉じても鮮やかに浮かび上がってしまうほどに。


「……軽蔑したろ。俺はこういう奴だ。お前とは真逆に位置するんだ、俺は。離れたきゃ勝手にしろ、俺にはお前を引き止める権利はねぇ」

「勝手に……決めないでくれ。……確かに君がしてきたことは正しいとは言えないとは思う。だけど……! 誰が君を責めることができる? 出来るわけないじゃないか! ……君はもうこんなに傷だらけなのに!」


 はっと宗志が息を飲むのが白臣には聞こえた、聞こえた気がした。彼女は宗志に真っ直ぐな視線をぶつける。

 少しの沈黙の後、宗志は遠慮がちに白臣を見る。が、すぐに視線を()き火へと戻してしまう。


「……気を遣わなくていい」

「僕は思ったことをそのまま口にした」

「だから、思ってねぇこと言わなくていいって言ってんだろ……!」


 弱々しく声を荒らげた宗志。白臣は左拳を固く握る。そしてありったけの力で彼の頬を殴りつけた。

 宗志は白臣の拳をまともに受けてしまう。だが、彼女の顔を見ようとはしなかった。

 白臣は瞳を潤ませながら震えた声で叫んだ。


「宗志! 僕の目を見ろ……!」

「……」

「僕の目を見ろって言ってんだ……!」


 涙声で白臣はそう叫ぶ。暫くして、ゆっくりと宗志は彼女の方を見た。


「僕の目が、嘘ついているように見えるか! 見えるのか……!」


 吸い込まれるように宗志は白臣の翡翠色(ひすいいろ)の瞳を見つめる。涙で潤んだその瞳は、彼が知っている言葉では全く表せないほど美しいと思えた。

 そして永遠に続くかと思われた沈黙の後。ふっと宗志は小さく口元を緩めた。


「ほんと、お前は手が早いな。初めて会った時もそうだった。……ハク、ごめんな」


 酷く穏やかな宗志の声音に、何故か今度は白臣の方が彼を見れずに目を逸らした。彼女は怖かったのだ。宗志の死を見つめた瞳に二度と自分の姿が映らない様な気がして。


「……さて、もう寝るか」


 独り言の様に宗志は呟くと焚き火の中に手を入れた。そしてそのまま手を閉じる。それと同時に炎は消え、辺りは闇に包まれた。

 一刻ほど過ぎた頃。白臣は目が冴えてしまって寝れずにいた。暗闇に目が慣れたとはいえ、ぼんやりとしか宗志の姿が見えない。

 その宗志の輪郭が徐々に闇に溶けて消えてしまう様な気がして、白臣は小さな声を出した。


「宗志、もう寝ちゃった……?」


 返事がない。心細さに白臣は思わず震える手を宗志へと伸ばしたが、結局彼女はその手を彼に触れることなく下ろしてしまう。


「……僕が月よりも、ううん、太陽よりも強くて大きい光となって、君を闇の中から連れ出してあげるから……」


 小さく、だが力強く白臣はそう呟く。自分自身に誓う様に。そして(まぶた)をゆっくり閉じたのだった。

 そして少しして白臣の規則正しい寝息が闇に静かに響いた時。宗志はちらりと彼女の方に目をやり、溜め息をついた。


「……馬鹿なやつ」


 そう呟いてから口元を緩める。その穏やかな寝息に(いざな)われる様に眠りについたのだった。






 ゆっくりと白臣は瞼を開けた。目の前には天井が見える。そこで自分が布団で寝ているのに気がついた。ぼんやりとした頭で記憶を巡らせる。


「あれ、僕どうして……」

「ハク。目、覚めたか?」


 そう言って白臣の顔を心配そうに見下ろしていたのは宗志と麻子だった。白臣が体を起こそうとすると麻子はそっと支えてくれる。

 白臣は麻子に礼を言うと、辺りを見回してから訊ねた。


「僕はどうしてここに……?」

「それはなあ! そこの(あん)ちゃんがお前さんを昨日の早朝に運んできたんだぜ! 医者を呼んでくれっ、て相当慌ててなあ!」


 (ふすま)を勢い良く開けて入ってきたのは、望月だった。言うんじゃねぇよ、と宗志は軽く悪態をついて頭を掻く。望月は豪快に笑いながら、ずかずかと白臣の布団に近づき麻子の隣にどかりと腰を下ろす。

 麻子は溜め息をついて望月を(にら)む。


「望月、もっと静かにしてられないの? 白臣の怪我に響くだろ」

「そうか! それは悪かった! 気が利かなくてすまんなあ!」

「だからそれがうるさいんだってば」


 麻子は大きく溜め息をついた。そんな二人のやり取りに白臣はくすくす笑う。


「ハク、腕どうだ?」

「あれ?」


 白臣は不思議そうに首を傾げる。そして左手で三角巾を外し、腕を固定する()え木を外そうとし始めたのだ。宗志の制止の声も聞かずに。


「……痛くない」


 そう呟くと白臣は添え木も外してしまう。そして掌を閉じたり開いたりして見せ、腕を軽く回して見せたりした。

 望月も麻子は驚きのあまり目を見開き、宗志は一人納得した様な顔をする。


「ってことはあの薬はただの伝説ってわけじゃなかった、てことか」

「うん、そうみたいだ」

「なんかよく分からんがよかったなあ、坊主! (あん)ちゃんもこれで安心だなあ!」


 がはがはと望月は笑い声を上げる。そして笑い終わると勢い良く立ち上がった。そして宗志に向かって立つように促している。宗志はめんどくさそうに首を回した。


「……何だよ」

「坊主も目を覚ましたことだし、お前さんに早く刀を選んで欲しくてなあ! 礼と言ってはなんだが、獅倉の刀好きなの持ってって良いぞ! 腕が立つ人間に使われるのが、俺達刀鍛冶も刀も本望ってことよ!」

「別に俺は刀でありゃなんでも――」

「何でもいいなど刀に失礼だぞ、(あん)ちゃんそれでも侍か!」

「じゃ、あんたのお勧めで」

「お勧めだあ? (あん)ちゃん甘えんな! 自分の刀ぐらい自分で選べ! ……とはいってもお前さん用に通常の脇差より長めのを打ったんだけどなあ! お前さんの若狭神が折れちまうことはねぇだろうが、もしもの時には長い脇差に越したことはねぇからよお!」


 じゃあそれで、とめんどくさそうに言う宗志に望月は来いと言うように大きな身振りをする。

 白臣は小さく笑い声を上げてから宗志の方に顔を向けた。


「宗志、行ってくれば。望月さんの言う通り、自分の刀は自分で選んだ方が確かだろう」

「白臣なら大丈夫だ。私が見てる」


 白臣の後に続いて麻子はそう言った。宗志は少し考えてから、気だるそうに立ち上がる。そして彼は麻子をちらりと見てから口を開いた。


「ハクを頼む」


 ぽつりと呟く様にそう言ってから宗志は望月の後に続いて部屋を後にした。

 二人が出て行ってから、麻子は懐に手を入れる。そして息を吸い込んでゆっくり吐き出してから、取り出した物を白臣に差し出した。


「その、あの時はごめん」


 それは白臣の首飾りだった。散らばってしまった翡翠色(ひすいいろ)の玉も全て探してくれたようで、首飾りは元通りに直っている。

 白臣はそれを受け取り、ぺこりと頭を下げた。


「ありがとう。わざわざ直してくれて」

「ううん。望月にも玉探す時に手伝ってもらったし。それに礼を言うのは私の方。白臣が来てくれなかったら私、たぶん死んでた。……ありがとね、本当に」


 とんでもない、と言う様に白臣はぶんぶんと首を横に振った。その後、彼女は少し視線をさ迷わせてから麻子を見る。


「その、望月さんとは、あの話したの……?」

「刀鍛冶辞めるって話? ううん、私辞めるのを止めたの。……私、女だから無理だとか、男だったらまだ良かったのに、って思って自分ではどうしようもないことのせいにばっかしてた。だけど……」


 麻子はそこで言葉を切り、白臣の瞳を見つめてからふっと笑った。


「女なのに男に引けを取らない侍がいるなら、女でも男に負けないぐらい立派な刀鍛冶がいてもおかしくないって思ったんだ」

「麻子ちゃん、それって――」

「ごめん、見ちゃったんだ。白臣の体を拭こうとした時に。道理で宗志(あのさむらい)がこの部屋に望月を入れたがらなかった訳だ」


 一人納得したような顔をして、麻子は正座した足を崩した。白臣は頬を()きながら口を開く。


「僕は全然だよ。いつも宗志に助けられてる」

「そうなの? でもあの宗志っていう男が言ってたよ。〝ハクがいなかったら死んでた〟って」


 思ってもみなかった言葉に白臣は目を見開いてから、少し照れくさくなって麻子から顔を逸らす。そんな白臣を麻子は微笑みながら見つめていた。

 それから暫くたわいもない話を二人で交わしていた頃。部屋の(ふすま)が開いて宗志と望月が戻ってきた。宗志の腰には二本の刀が差さっている。

 白臣は宗志の顔を見上げて訊ねた。


「宗志、いい感じの刀あったんだね」

「あったりめぇよ! なんせここは日本一の刀鍛冶のいる獅倉の鍛冶場なんだからよお!」

「望月、白臣はお前に訊いてないから」


 はあ、と麻子は溜め息を(こぼ)した。そして宗志へと視線を移す。


「お前達は後どれくらい此処にいる予定なんだ?」

「特に決めてはねぇけど……。ハクの具合が良くなるまでは世話になる」

「僕なら平気だよ。この通りぴんぴんしてる」

「ばか、別に急ぐ旅じゃねぇ。もう少し休んでろ」


 ぴしゃりとそう言う宗志に、望月もうんうんと大きく頷く。そして彼は自分の胸を右手の(こぶし)で強く叩いた。


「俺はいくらでもいて構わねぇぞ。ちぃっとカンカンカンカンうるせぇかもしんねぇけど。鍛冶場なんだ、勘弁してくれや」


 すみません、とありがとうございます、が半々の気持ちで白臣は頭を下げた。麻子は顎に手を当てて何かを考える素振りを見せてから、白臣の枕元にある水の張ってある(おけ)を持ち立ち上がり三人の顔を見回す。


「ちょっと、私はここで失礼するね。やらなきゃいけないことがあるんだ」

「いいよいいよ、僕等のことは気にしないで」


 一礼して部屋を出ていく麻子を三人は見送ったのだった。






「いやあ、もう行っちまうのかあ? もう少しゆっくりしてればいいのによお」


 あれから数日経ち、宗志と白臣は獅倉の鍛冶場を後にする事となった。頭をがしがしと掻いている望月に白臣は深々とお辞儀する。


「短い間でしたがお世話になりました」

「いやいや、たいしたことねぇよ。俺も賑やかなのは好きだからな! また近くまで来たら寄ってくれよお! ……しっかし、麻子の奴何やってんだあ? こんな時まで刀打ってんのか、あいつは。見送りぐらいしても金槌(かなづち)金床(かなとこ)も逃げねぇってぇのに。ちょっとあいつを呼んでくるから待ってくれ」

「大丈夫ですよ。麻子ちゃんも忙しいでしょうし。早く一人前に、そして早く望月さんに追いつきたいんでしょう」

「俺にい? あっという間に抜かされちまいそうだ、こりゃ」


 がはがはと望月は豪快に笑う。白臣が目を覚ましたあの日から麻子は寝る間も惜しんで刀を打っているらしく、夜遅くまで鉄を打つ高い音が鍛冶場から聞こえてきていた。


「あいつは相当な刀馬鹿だからなあ。良い刀鍛冶になる」

「はい。僕もそう思います」


 刀には詳しい訳じゃないんですけど、と白臣は付け加える。その時だ。

 鍛冶場から飛び出して来た人影があった。それは麻子だ。彼女は三人の元へ駆け寄ると白臣にある物を突き出した。


「良かった、間に合った……!」

「麻子ちゃん、これは?」

「脇差し。白臣に貰って欲しくて。一応、私の最高傑作なんだ」


 麻子の手にある刀を望月はひょいっと取り、その刀を鞘から抜く。そして様々な角度からそれを眺めると、感心したように息を一つ吐いて刀を鞘に納めた。


「こりゃあ、凄い。いつの間にこんなの打てる様になったんだあ?」

「さあ。でも寝ないで打った甲斐があった」

「そんないいもの、僕が貰っていいの……?」


 うん、と麻子は縦に首を振る。そして望月の手にある刀をひったくる様にして取り、白臣にそれを突き出した。


「白臣に貰って欲しいの。お前に渡すために打ったんだから」

「ありがとう。大事にする」


 そう言って白臣はその刀を受け取ると、それを腰に差した。ずしりと腰に重みを感じる。

 それは獅倉の伝統の重み、そして麻子が刀に込めた想いの重みであるようだと白臣はなんとなくそう感じ、思わず背筋をのばした。

 望月は麻子の成長が嬉しいのか、彼女の頭をぐしゃぐしゃと力強く撫でる。彼女もそんな望月の行動に抵抗せず、照れくさそうに目を伏せていた。


「望月さん、麻子ちゃん、いろいろありがとうございました」

「……世話になった」

「おう! また来てくれてよなあ! お前さん達なら何時でも大歓迎だ!」


 手を振る望月と麻子に白臣は手を振り返し、最後にぺこりと頭を下げる。そして二人は獅倉の鍛冶場を後にしたのだった。







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