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血煙旅記  作者: 黒洋恵生
救出編
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【第三話】歪んだ音


 





 茂みの奥にはざっと十人程潜んでいるのを、男は人間離れした五感によって理解した。(わず)かではあるが、殺気が波の様にうねっている。とっさに抜刀したが誰一人出てくる気配はない。


(怖じけついたのか? それとも隙を狙ってやがるか?)


 その瞬間シュッと風を切る音がしたと思うと、こちらに向かって何十本もの矢が雨の様に降り注いできたのだ。いつもの男ならばそんな事は日常茶飯事でたいした事ではないのだが、今回は非日常な要因がある。それは白臣の存在だった。

 白臣は突然の襲撃に、動けずにいたのだ。目を瞑る間も逸らす間もなかったのである。

 そんな時、白臣の目の前に黒い影が脇から来たかと思うと同時に包み込んだのだ。

 ほんの一瞬の出来事であった。


「……ッ!」


 白臣の目の前には痛みに顔を歪めたあの男の姿。


「どうして……? 僕を……」

「俺、だって……分かんねぇ、よ。少し、寝てろ……」


 男は白臣の鳩尾を強く打つ。そして白臣の意識が遠のいたのを確認すると、別の茂みに隠す様に横たわらせた。今日の自分は本当にどうかしてる、と舌打ちをする。

 男はふらふらと立ち上がると、背中に刺さった何本かの矢を引き抜いた。妖怪の血が流れている事の利点と言えば、傷が治るのが速いことである。

 そして男は能面をつけ刀を構えた。


「やっと見つけたぞ、黒い天狗」


 茂みから出てきたのは馬に乗った髭づらの男と、その部下らしき人々が十人。殺気が辺り一面に充満している。


「俺を捕らえるのに十人は、少し足りねぇんじゃねぇか」

「安心しろ。他にも手駒はいる」


 黒い天狗と呼ばれた男はちらっと後ろを見ると、十人ほどがそれぞれ刀を構えて立っていた。今にも斬りかかってきそうな雰囲気である。めんどくせぇ、と彼は舌打ちをして髭づらの男を見据えた。


「俺のために、こんだけの人数が集まってくれるなんざ、ありがたいね」

「ガハハ! 強がりを言ってられるのは今のうちだぞ。お前には俺の出世がかかっているからな。この日をどれだけ俺が夢見ていたのか、お前に分かるか? せいぜい地獄を楽しむんだな!」


 地面を蹴る音。それと同時に敵の一人が斬りかかってきた。それを男はひらりと(かわ)して後ろに回る。その相手の振り下ろした腕を(ひね)りあげる。そしてそいつを別の一人の敵に投げつけた。

 前から斬りかかる敵の斬撃を刀で受け止める。右手を一瞬柄から離し鳩尾(みぞおち)を殴りつける。後ろから斬りかかる敵が刀を振り上げた瞬間。柄の後ろで目に止まらぬ速さで鳩尾を打つ。


 髭づらの男は化け物じみた男の、いやもはや人間よりも化け物に近い男の戦法を眺めていた。そこで髭づらの男は不思議そうに首を傾げる。


「何故こいつは……黒い天狗は殺しをしねぇんだぁ?」


 髭づらの男は間抜けな声で呟いた。誰一人の血も流れていないのだ。黒い天狗は戦闘狂で血も涙もない人物だと髭づらの男は聞いていた。黒い天狗と刀を交えたら最後、人の原型をとどめこないほど斬り刻まれると。

 しかし、髭づらの男の目の前にいる黒い天狗という男は峰打(みねう)ちや鳩尾を打つばかりで、〝殺し〟をしようとしない。能面の向こうにあるその男の表情がどんなものなのか誰にも分からなかった。


 そんなことを髭づらの男が考えている一方で、黒い天狗と呼ばれた男は刀を交えながら、残りの敵の人数を数える。


(あと馬に乗った奴を入れて四人か……。余裕だな)


 だが男には気掛かりな事があった。馬に乗った髭づらの男がにやにやと、勝利を確信している様な笑みを浮かべているのだ。部下があと三人しかいない状況で何故笑っていられるのだろうか。死を前にして自棄になった笑いとは明らかに違う。自分に何か見落としている事でもあるのだろうか。


(ッ……! これは……)


 男が体の異変に気付くのにそれ程時間はかからなかった。体が痺れだし、足から力が抜けていく。


(やじり)に……化け物蜘蛛(ぐも)の、毒……塗り、やがった……!)


 妖怪には妖怪の毒しか効かないのだ。手の込んだことをしやがる、と男は毒突いた。

 髭づらの男は鬼の首を取った様な態度を見せる。


「ガハハ! 天狗の宗志よ、年貢の納め時だ。しかしお前も丸くなったようだなぁ。好きな女子(おなご)でもできたか?」

「……馬鹿野郎、そんなんじゃ……ねぇ、よ……」


 今の男には言葉一つ絞出すのも一苦労であった。彼が動けない事を確認すると、髭づらの男はゆっくりと彼に近づいてくる。


(こんな……所で捕まっ、て、たまるか……!)


 男は痺れる体に鞭を打ち、翼を出して空高く舞い上る。髭づらの男とその数人の部下は油断したのか宗志を取り押さえる事が出来なかった。

 彼はは少し空を飛んだものの、よろよろと地面に落ちてしまった。それでも少しは()けたかもしれない。少しでも追っ手から距離を取るために痺れる体を奮い立たせ、足を引き摺って歩いた。

 激しく息が切れるので能面を外すものの指先に力が入らず、ことり、とそれを落としてしまう。だが拾うためにしゃがみこんだら最後、二度と起き上がる事が出来ない気が彼はしていたのである。気を抜けば意識が飛びそうだ。このぐらいの毒で死にやしないが、倒れたら捕まるのは目に見えている。


(……ッ意識……が……)


 彼は力なく膝から崩れる様に倒れる。もう立ち上がるのは不可能であった。ばたばた、と自分を探す足音がする。餓鬼があいつらに見つからなければいい、とその安否を気づかっている自分に苦笑する。今日の自分は本当におかしい。


(……今日、は……厄、日だ……な……)


 男は重くなる瞼に抗うこともできず、そのまま意識を手放した。






 はっと白臣は目を覚まし、勢い良く体を起こした。どれくらい意識を失っていたのだろう。茂みを飛び出して見ると、あの時の矢がまだ落ちていた。血の跡もてんてんと残っており、乾ききっていないことから日が経ってないことが分かる。


(あの男は……? どうして僕を庇ったのだろう)


 分からないことばかりだった。数本の矢を拾い注意深く見ていると、白臣はある事に気づいた。


(……これは那智組(なちぐみ)の紋章!?)


 (やじり)に紋章が刻まれていたのである。那智組というのは、妖怪や妖怪の混血児を裁く機関だ。彼らは悪事を働く妖怪やその混血児を捕らえ、民の生活を守ってくれる存在とされている。だが強い妖怪や妖怪の血が流れる人間は何もしてなくても殺されてしまうことがあるらしい、とも白臣は噂で聞いていたのだ。

 あの男が何もしていないという事はないということは、何となく白臣は分かっていた。しかしあの男が根っからの極悪人だとは白臣には思えなかったのだ。

 しかしあの男の事だ、そうやすやすと捕まる事はないだろう。礼ぐらい言いたかったが仕方が無い。それに自分に力を貸してくれる様子ではなかったし、一人で旅を続けるしかないだろう、そう白臣が考え矢を捨てようとした時だ。

 鏃に血の匂いとは別の匂いがする事に気がついたのだ。しかも、それは白臣がどこかで嗅いだことのある匂いだったのである。


(これはもしかして……!? だとすると大変な事になっているかもしれない!)


 この匂いは毒蜘蛛の毒の匂いだ。白臣は昔、父親に毒蜘蛛に刺された時に必要な薬草を教えてもらい、そして本物の毒蜘蛛の毒の匂いを嗅がせられた時の事を思いだした。

 毒蜘蛛の毒は命を奪う程の強さではないが、体が痺れ、意識が飛んでしまう事もある。何年も前の事で記憶が曖昧だが、あの独特な匂いは感覚として体が覚えていたようだ。

 少し違うとこはと言うと少し酸性の匂いが強い気がしなくもない。だが那智組の事だ、対妖怪用の毒があっても不思議ではない。

 白臣が矢を持って歩いていると、あるものが目に入った。その掌から数本の矢が溢れた。

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