【第二十三話】紅斑の先約
二人が振背村を出てから一週間ほど経ったのだろうか。彼らは神庫国を目指し歩いていた。宗志がお尋ね者であるため、基本的に大国の大きな道は通れない。獣道や道のない林を切り開いて進んで行った。
そんなある日の事である。二人がだだっ広い荒野を歩いていた時、空の前方から何か鳥のようなものに乗った人の大群が物凄い速さでこちらに向かって来たのだ。いや鳥ではない。翼が生えた馬である。
しかもその馬に乗った人々の中の何人かは背中に白い旗が差してあるようだ。そしてその白い旗には赤い色で三文字書かれている。二人がその文字を読み取った時には既にその大群に囲まれてしまっていた。
その旗には“那智組”と書かれていたのだ。
宗志は殺気を放ちながら白臣の腕を掴む。そして翼を生やして飛び去ろうとしたが、二人の上空に翼の生えた馬に乗る那智組の者がいる。そのため翼を戻し白臣の腕を放して刀に手を掛けた。彼女もいつでも刀を抜ける体勢を取る。
胸が裂かれそうな殺気が充満した、その時だ。
「待ちなさい、お前達」
その透き通る様な冷たい声には覚えがあった。そしてその人物が放つ、鼓膜の奥に絡みつく様な殺気も。
二人の前には馬に乗った端正な顔立ちの男――土岐翔和が冷笑を浮かべていた。彼は軽やかに馬から飛び降りると深々と一礼する。
しかし宗志も白臣も礼を返すことなく、険しい顔で土岐の出方を窺っていた。彼はふふ、と笑い声を漏らす。
「奇遇ですね。小物妖怪の退治に出向く途中でこんな大物に出会すとは。これも何かの縁なのでしょうね」
「……で、どうすんだ? やり合いてぇって言うなら相手するぜ。確か次会う時は命日にするだなんだほざいてたよな」
宗志には隙がない。だがそれは土岐も同じことだった。土岐は顎に手を当てて考える素振りを見せているが、彼には死角がないのではないかと思わせる何かがあったのだ。
ぴんと糸が張ったような張り詰めた空気が流れる。その空気を破ったのは土岐だった。
「やっぱりやめましょう。予定外の事をするのは好きじゃないんです」
土岐はさらりとそう言う。その言葉に土岐の近くにいる馬に乗った那智組の男が彼に意見した。
「何故ですか!? ここで奴を仕留めなければ罪の無い民の血が流れる事になります!」
「そうでしょうね。けれど、本日の私達の目的は天狗退治ではない」
「土岐様! お考えを改めください! 我らの仲間がどれだけこの天狗に殺られたことか! 私達は彼らの無念を晴らさなければなりません!」
「……お前は仲間思いで本当に優しいですね。さすが優秀な私の部下だ……」
柔らかく土岐は微笑む。土岐に褒められたことが嬉しかったのか、その男はこそばゆそうに頬を搔く。
そんな刹那。その男に何者かの斬撃が襲いかかったのだ。
「……!」
白臣の目で捉えられたのは、乗っている馬ごと真っ二つに斬られた、その男。その二つの肉塊は左右に分かれ小さな地響きを立てて倒れた。辺り一面血の海と化し、生臭い臭いが立ち込める。
そして次に白臣の目が捉えたのは、朱に染まる刀を持って肉塊を見下ろす土岐の姿だった。
「ですが残念です。優秀な部下を失う事になるなんて」
心の底から悲しんでいるかのように土岐は顔を歪めた。だが彼の瞳は氷のように冷たい光を宿している。
白臣は嫌悪を含んだ視線で土岐を射抜く。そんな彼女の視線に気づいたのか、土岐は大袈裟に驚いたような顔を見せた。
「どうしたんですか? 怖い顔して」
「……殺す理由あったのか?」
「逆に問いますが。殺す理由があれば殺しても良いのですか?」
薄ら笑いを浮かべ土岐はそう問い返す。白臣は口を開いたものの結局黙り込んでしまう。だが鋭い視線は彼に向けたままだ。
ふふ、と土岐は笑い声を漏らす。
「人間というのは清くありたいと思うものです。ですが清くありたいと思えば思うほど、人間の思考や言葉は上辺だけの綺麗事となる。思いあたる節があるんじゃないですか?」
「……お前に僕の何が分かる? 僕の何を知ってるって言うんだ」
「ええ、知ってますとも。貴女のことは」
ほんの一瞬だった。土岐と白臣の距離は無となる。彼の唇が白臣の耳の傍にあったのだ。
「ずーっと昔、貴女が生まれる前から、ね」
どくり、と白臣の心臓は嫌な音を立てた。土岐以外の時が止まってしまったかのように、誰一人、白臣の隣にいた宗志でさえも彼の動きに反応出来なかったのである。
その刹那。土岐を目掛けて彼の真横から刀が振り下ろされる。――宗志だ。
土岐はその人間離れした一撃をゆらりと躱し、ゆらりと二人から間合いを取った。宗志は土岐と白臣の間に入り、刀を薄ら笑いを浮かべている土岐へと向ける。
土岐は何が面白いのか、くすくすと川のせせらぎの様な笑い声を漏らす。
「天狗。ずいぶんとその子に執心のようで。まるで寺社を守る狛犬のようだ」
「……」
「ですが、お忘れなきよう。お前は寺社を守る気高き狛犬ではなく……寺社を滅ぼす災いでしかないということを。お前が執心を持てば持つほど、寺社は朽ちていくことを」
そう言ってから土岐は深々と一礼すると、軽やかに馬に飛び乗った。
「若狭守指神……いい物使ってるじゃありませんか。見逃してあげる代わりと言うとあれなのですが、これ頂きますね」
「てめぇ……!」
土岐の手にあったのは宗志の脇差しの刀だ。いつその刀を宗志から奪ったのか、周りにいる者は勿論のこと、宗志さえも目で捉える事は出来なかったのである。
その宗志の脇差しを土岐は自分の腰に差した。そして腕を高く真上に上げ指を鳴らす。
それを合図に那智組の者は一斉に鞭で馬を叩く。馬はそれぞれ嘶き、豪快に分厚い翼を羽ばたかせ一斉に空へと舞い上がる。そして南の方角へと空を駆けて行った。
その場に残されたのは二つの肉塊とそれを浸す血の海だけである。白臣はそれを見ていられず目を伏せ、そして宗志へと視線をぶつける。
「追いかけよう! まだ間に合うはずだ!」
「……追いかけて何すんだよ」
「何するって君の刀を取り戻すに決まってるじゃないか! 若狭守って刀の銘柄に疎い僕だって知ってる名刀だ。そんな大切な物――」
「刀にいちいち思い入れなんざ入れてねぇよ。斬れりゃ十分だろ、刀っつうのは」
そう言ってすたすたと宗志は歩いて行く。白臣は納得のいかない表情で、最後にその二つの肉塊へと目を向けた。それには既に蠅の大群が群がっている。
白臣は顔を顰めた。心に痛みが走り抜ける。両手を合わせて目を閉じてから、先を歩く宗志の背中を追いかけて行った。
「宗志、見てくれ! 紅斑の実がこんなに!」
「紅斑の実?」
土岐に遭遇してから数日経ったある日。二人は食料を調達するために森の中に入っていた。
白臣はたくさんの木の実をかかえ宗志に両手を突き出す。それは黄緑色で赤い斑点のある、毒々しい見た目の木の実だった。宗志は白臣の手の中にある木の実を一つ摘んだ。
「これ、食えんのか」
「うん。体にいいし、しかも美味しいんだ」
その摘んだ紅斑の実を宗志は口に運ぶ。奥歯で噛むと、甘酸っぱい果汁が口の中に広がる。
「なんか李みてぇな味だな」
「そうそう。僕、これ好きなんだ」
白臣は両手でかかえていた紅斑の実を器用に左手に移し、空いた右手でその実を口へと運ぶ。味わうように噛んで飲み込んでは、またその実を口へと運んでいく。宗志も彼女の手の中にある紅斑の実を摘んでは口に入れる。
そして白臣が最後の一つを口に放り投げた時。宗志は瞳に鋭い光を宿し刀に手を掛け鯉口を切った。
白臣は訳が分からなかったが、険しい面持ちで神経を尖らせる。
静かな時が暫く流れた後、宗志は刀から手を離し溜め息をついた。そして後ろを振り返って茂みに視線を向けると、めんどくさそうに口を開く。
「……出てこい。刀差してる奴の後ろを忍びよるなんざ、斬られても文句言えねぇぞ」
すると少し間を空けて茂みから少女が出てきた。彼女は胸上までの長さの黒髪に涼しげな目元で、白を基調とした職人装束を身に纏い、額には薄紫色の太いハチマキを巻いている。
白臣はその少女に優しく声を掛けた。
「君、どうしたの? 道にでも迷ったのか?」
「……違う。それ……」
小さな声で少女はそう答えると、宗志の腰に差してある刀を指さした。
「お前の腰のものは若狭守指神、だろう。それは望月が探してる刀だ」
「望月? 誰だ、そいつは。言っとくがやらねぇぞ」
「別に私はお前の刀が欲しいなんて思ってない。ただ、少しばかり見せて欲しいんだ」
「んなめんどくせぇことに付き合ってる暇はねぇよ」
その宗志の返答に少女は不満そうに目を伏せた。彼の隣で白臣はなんとなく思った事を口にする。
「ねぇ、君。何で宗志の刀が、その若狭守指神だって解ったの? 君は女の子だし刀とは縁が無いように思えるのだけど……」
「それぐらい解る。私は刀鍛冶だから。……まだ見習いだけどね」
思ってもみなかった少女の言葉に白臣は瞠目する。そして感心を隠し切れずに上ずった声を上げた。
「凄い! 刀打てるってこと?」
「……まあ」
「本当に凄いね! 鉄を金槌で打ち続けるのって大変じゃない?」
「……もう慣れた」
「そっか。君が刀打ってるとこ見てみたいなあ」
きらきらと翡翠色の瞳を輝かせて白臣は少女を見る。少女はすこし気恥ずかしそうに顔を逸らし、髪を弄った。
少し間を空けて少女は宗志に向き直る。
「お願します。それを望月に見せてやって欲しい。あいつ今、低調なんだ。刀を思うように作れなくなっちゃって、ご飯も喉を通らないぐらい落ち込んでる。その刀は望月の理想の刀だ。それを見ればいつもの刀馬鹿に戻ると思う。だからこのとうりお願いします」
深々と頭を下げる少女に、宗志はめんどくさそうに頭を掻いた。白臣は〝見せてやってもいいじゃないか〟と言いたげに彼に視線を送る。
暫くの沈黙が流れた後、宗志は大きな溜め息をついた。
「分かったよ、見せりゃいいんだろ、見せりゃ」
「本当? ありがとう……!」
「……ただし、刀一本寄こせ。安物の鈍刀で構わねぇから」
二本ねぇと落ち着かなくてな、と宗志は付け加えて腰の刀をそっと触る。
「そんな事、お安い御用だ。私について来て。案内する」
少女は二人を手招いてから背を向けて木々の間を縫って歩いて行く。宗志と白臣は顔を見合わせ、その後に続いた。
森を抜け暫く歩くと職人町が見えてくる。その町に入ると少女は大通りではなく、人目のつかない路地裏へと足を進めた。細く湿っぽい道を少女は慣れた足取りで歩いていく。その跡を宗志と白臣は追いかける。
結構な時間歩いてはいるが、なかなか着く気配がない。宗志は眠たそうに欠伸をする。
「おい。お前んとこは、なんか後ろめてぇ事でもしてんのか。変な道歩きやがって」
「馬鹿言え。人目を避けたいのはお前達の方だろ。つい先日、この町に那智組が滞在してたしな」
そう言って少女は歩き続ける。その後ろに二人は続いた。
そしてようやく路地裏から開けた場所に出る。そこには一軒の鍛冶場と思われる場所があった。だがそこは普通の鍛冶場と違う点がある。そこには大量の猫が集まっていたのだ。
その大量の猫の真ん中で筋肉質でがたいのいい男がしゃがみ込み、太くごつごつした指で、ちまちまと猫達に餌を与えていた。その不自然さについ笑が溢れそうになるのを白臣が堪えたのは、隣にいる少女が阿修羅の様な顔でその男を睨みつけていたからだ。
少女はずかずかとその男に向かって歩いていく。少女の迫力に恐れをなしたのか猫達は散り散りとなる。そこでようやく少女の姿に気づいたのか、男は豪快な笑顔を彼女に向ける。
だが次の瞬間。少女の華麗な回し蹴りが男に決まった。男はどすんと尻餅をつく。
「何するんだ麻子! 師を足蹴りするとは何事だ!」
「お前こそ何やってんだ! 刀は? お前が低調で落ち込んでたから、どうにか良い刀を持ってきてお前に刀への熱意を取り戻してもらおうって。私がどんな思いで……」
「ああ、そうゆうことか。なるほどなあ! 悪りぃ悪りぃ。俺が刀打てなかったのは低調でも刀への熱意が冷めたわけでもなくて、ただ腹を下してたからなんだ」
「はあ? お前、私に刀打てなくなったって、やる気もないって言ってたじゃんか。ご飯だって殆ど食べて無かったし――」
「そりゃあ、腹下してたら刀打てねぇし、やる気もでねぇよ。飯だって食えねぇ。なのにお前、思いつめた顔して朝っぱらから出て行っちまうからさあ。猫をもふもふしてから探しに行こうって思ってたんだ」
げらげらと笑う男に麻子と呼ばれた少女は自分の勘違いに気づいたのか、顔を赤くして俯いてしまった。そして申し訳なさそうに、宗志と白臣の方を見る。
そこで男はやっと二人の存在に気づいたのか、のっそりと立ち上がると近づいてきた。
身長は高い方の宗志よりも、その男は頭一つぶん大きい。髪は癖毛なのか外側に好き勝手に跳ねている。前髪は後ろにかき上げており額には太くて白い鉢巻を巻いていた。
男は二人を見下ろすと人好きのする笑顔を浮かべ口を開く。
「いやあお前さん達、見かけん顔だなあ。旅の者か」
「はい。僕は藤生白臣、隣にいるのが宗志です」
「そうかそうか。で、本日はどういうご要件で? 悪いんだが刀を作ってやる事は出来ねぇんだ。なんせどこぞのお偉いがたの先約で一杯でよお。刀なんぞ包丁とたいして変わらねぇってのにな」
「馬鹿望月! そんな事、私達刀鍛冶が言っちゃったらお終いだろ」
麻子は鋭い突っ込みを入れた。白臣はこのがたいのいい男が麻子が言っていた望月だと一人で納得する。
「あの、僕達は刀を買いにきたわけではなくて――」
「刀を買いに来たわけではない? 悪いんだが、うちは刀しか売ってないぜ」
「違うんだ、望月。私がこの侍達に頼んでここまで来てもらったんだ」
そう麻子は望月を見上げながら言う。彼はきょとんと不思議そうな顔をして宗志と白臣を見た。
そして望月は、はっと目を輝かせる。彼は宗志の手を両手で取りぎゅっと握ると、その状態でぶんぶんと上下に振った。
「……野郎に手握られる趣味ねぇんだけど」
「いやあ、こりゃ驚いた。俺は驚いた! まさか若狭守に出会えるとは! 何処で手に入れたんだ!? 確か若狭守指神はどっかの大名が持っていると噂されていたんだが……いや、そんなのどうでもいい! 見せてくれるよな? 触らしてくれるよな? ありがたい! いやぁ、でかしたぞ麻子!」
興奮気味に望月は早口でそう言った。麻子は良かったね、と望月に対して素っ気ない態度を取るが、それは照れ隠しであるのが見て取れる。
白臣が微笑ましく思っていると、目を丸くした望月の視線に気づいた。彼は宗志の手を離すと白臣に近づいて来たのだ。そして彼女の赤い髪を物珍しそうに上から眺めている。
「不思議な色をしてるなあ、坊主。何だ、異国の血でも混ざってんのかあ?」
「そういうわけじゃないんですけど……」
「そうかそうか。俺は餓鬼の頃、異国に住んでてよお。あ、親父もお袋も正真正銘のこの国の者だぜ。凄かったなあ、世界ってのは広い。金箔を貼っつけたんじゃねぇかって色の髪に、空みてぇな青色の目玉の人間なんて見たことあるか? 本当ぶったまげたね」
懐かしそうな顔をして、望月はべらべらとそう喋る。まだ話を続けそうな彼の言葉を遮ったのは麻子だった。彼女は宗志を指さしながら口を開く。
「望月、いつまで無駄口たたいてるんだ。この男は刀一本あげさえすれば、若狭守指神を見せてくれるんだってさ。鈍刀でいいらしいんだけど」
「なるほどな。だが、悪いな兄ちゃん。うちには鈍刀ってもんがねぇーんだ。なんてたって俺は日本一の刀鍛冶だからなあ!」
「……自称、だけどね。でもこいつの作る刀だけは信用していいと思うよ。刀だけはね」
〝刀〟という部分を麻子はやけに強調した。そのことに望月はぶつくさ文句を言ってから、彼は二人に愛嬌のある笑顔を向ける。
「そうだ、今作ってる最中の刀があんだ。お前さんが欲しいのは脇差しだろ? まあ、ここで話すのもあれだ。中に入ってくれや」
そう言って手招く望月に連れられ宗志と白臣は鍛冶場の中へと土足で入っていった。
鍛冶場は白臣が思っていたよりもだだっ広く、大きな炉や年季の入った金床がある。そして全体的にうっすらと煤をかぶっていた。そして奥に一段高くなった部屋があるようで、襖がきっちり閉じられている。
望月は鍛冶場の左側へと向かう。そこにはござがひいてあった。そのござの手前で望月と麻子が草履を脱いだので、宗志と白臣も履物を脱ぐ。望月と麻子はそこに胡座をかいて座る。二人の前に宗志と白臣もそそれぞれ刀を腰から外して座った。
隣に座っている望月を横目で見上げながら麻子は口を開く。
「ねぇ。今作ってる途中の刀って一瀬様に依頼されてたやつだろ? いいのか、そんなのあげちゃって。あの方、毎日毎日刀の催促の文送ってくるし」
「構わねぇよ。あの人は刀をただの装飾具としか思ってねぇんじゃねぇかあ。刀は女の簪とは訳が違うってのに。あの人にゃ、刀の違いなんざ判らねぇだろうよ。なーに、それこそ包丁でも腰に差してろって感じだよなあ」
一人で大声で笑う望月の隣で、麻子は疲れきったように溜め息をついた。
ひと通り笑うと望月は宗志と白臣に視線をやる。
「そうだ、申し遅れた。俺は日本一の刀鍛冶、獅倉望月だ。隣にいるのが日本一の刀鍛冶の一番弟子の獅倉麻子だ」
「お二人は兄妹なのですか? それとも親子?」
「違う。私は引き取られたんだ、こいつにね」
白臣の疑問に望月の代わりに麻子が答える。白臣が気まずそうに謝ると麻子は〝気にしてないから〟と淡々と返した。麻子の横にいる望月は彼女の頭を力強く撫でる。
「血の繋がりなんぞはねぇが麻子は俺の娘みたいなもんさ! 俺達は親子って言っても過言じゃねぇのよ」
「お前の娘なんて冗談じゃない。望月は望月であってそれ以上でもそれ以下でもないから」
刺々しく麻子はそう言うと、自分の頭にある望月の分厚い掌を強引に払い除ける。彼はそんなことなど気にしてないようで、口を大きく開けて笑っていた。
「最近こいつ親離れが進んでてなあ。寂しいが、これも親の定めってやつだ」
「ねぇ、私の話聞いてた? 親ぶんなって言ったんだけど」
ますます不機嫌になる麻子。それが面白いのか望月は豪華な笑い声をあげる。
そんな時、ふと宗志が疑問を口にした。
「あんた、獅倉って言ったよな?」
「ああ、確かにそう言ったぜ」
「まさかあの獅倉天之尾安定の獅倉か?」
「それはうちの親父が打った刀だ。親父が最高傑作だなんとか言ってたっけなあ」
宗志は望月の返答に驚いたかのように少し目を見開いた。話についていけず首を傾げている白臣に、宗志は軽く説明する。
「獅倉っつうのは刀工の流派で備前の長船に並ぶとも言われてんだ」
「備前の長船に!?」
「ああ。ただ獅倉の刀は万人受けしねぇとも聞いたな。反りが浅く先が細い。腕が立つもんじゃねぇとまともに扱えねぇってな。獅倉を使いこなせりゃ刀の腕は一流だとか」
「詳しいな兄ちゃん。お前さん、地侍辺りかと思っていたが、もしやいいとこの家の出かい?」
「……違げぇよ。昔、聞きかじっただけだ」
感心感心、と望月は腕を組んでうんうんと頷いている。一方で宗志が一瞬痛みに耐える様な顔をしたのを白臣は見逃さなかった。
その時。失礼する、と男が鍛冶場に入ってきたのだ。男の身なりは一目見ただけで上等と思われる着物を身に纏っていた。男はずかずかと歩いてきて、望月に文と思われる畳まれた紙を突き出したのだ。




