【第二十二話】律儀な痺れ
「ここは……?」
白臣は瞳に刺さる朝日に思わず目を細める。そして目を擦りながら昨夜の事を思い出した。あのまま寝てしまったのだろう、とぼんやりする頭で結論づける。そんな時、不意に宗志の顔が彼女の視界に入ってきた。
「……よく寝てたな」
目の前にある宗志の顔。その奥には白っぽい空が広がっている。そこで白臣は自分の頭の下にあるものを理解して慌てて飛び起きた。
「ごめん! 重かっただろう。えっと、痺れてたり痛くなったりしてないか……?」
「お前の頭が乗ってたぐれぇで、どうこうなる体してねぇよ」
眠い、と宗志は一言溢して大きな欠伸をする。そして気だるそうに首を回して立ち上がった。白臣もそれに合わせて立ち上がり、地面に突き刺さっている自分の刀を引き抜くと、それを鞘に納める。
宗志は横目でちらりと彼女を見ると思い出したように口にした。
「昨日、お前が居ねぇ時にあの葵っていう巫女さんが言ってたんだが。お前の母親は死ぬ間際まで藍介っていう侍を、そして何よりお前の事を気に掛けてたんだと。自分はどうなってもいいから二人だけは……ってな」
「……そうか」
「その、悪かったな」
「え?」
いきなり宗志の口から出てきた謝罪の言葉に、白臣は驚いた表情で彼を見つめる。彼は白臣を一瞥して口を開く。
「……俺があん時、お前の刀を止めなかったら……お前は知りたくもねぇ事を知らずに済んだだろ。こんなに悩む事もなかった」
「何を言ってるんだ、君は」
白臣は体を宗志に向け、そして真っ直ぐに見つめ、はっきりとした口調で言った。
「確かに知らなかった方が良かったかもしれない。だけど、もしあの時何も知らないまま葵さんを殺してしまったら……僕はいづれ後悔する事になると思うんだ。あの時に何も聞かなかったとしても、いづれ知る時が来るかもしれないじゃないか。彼女を斬った後に全てを知る事になったら……それこそ僕は本当に僕自身を許せないだろう」
「……」
「まだ気持ちに整理はついていないし、正直この感情をどうすればいいか分からない。でも僕は生きていくよ。生きていかなくちゃ駄目なんだ。……ありがとう。君が居てくれて良かった」
ぺこりと頭を下げる白臣に宗志は居心地悪そうな顔をして頭をくしゃりと掻かいた。朝の新鮮な空気が二人の身を包んでいる。
「ねえ、宗志。もう一つだけ、お願いしてもいいかな」
「ああ」
「振背村に一度戻りたいんだけど、付き合ってくれないか?」
「別に構わねぇけど。何だ、物でも忘れたのか」
「いいや。昨日僕は葵さんに刀を向けてしまっただろう? それに感情的になりすぎて何を言ったのかあまり覚えてないんだけど、失礼な物言いもしてしまった気がする。だからそれらの事について謝りたいんだ」
眩しそうに空を見上げていた宗志は、視線を白臣へと移す。
「律儀な奴だな、お前は」
「律儀かどうかは分からないけど、でもこれは僕にとってけじめなんだ」
「……そうかよ。仕方ねぇな、ほら。行くぞ」
そう言って宗志は歩きだす。その背中を白臣は追いかけていった。
二人が暫くの間歩き続けていると森を抜け、次第に村が見えてくる。徐々に村に近づくと何やら大勢の人々が外に出て話し合っているのが見えた。彼らの手には鉄の農具や棍棒などがある。槍や刀を持っている人さえいたのだ。
いったい何があったのだろう、と白臣が村人達に声を掛けようとした時。鋭い視線が二人を貫いたのである。間違いなく、それには敵意が含まれていたのだ。
「お前ら! この村に何しに来たんだ!」
「まさか、私達を食うつもりじゃないでしょうね!」
「しかも背の高けぇ方の兄ちゃんは巷じゃ有名の極悪人らしいじゃねぇか」
「誤魔化したって無駄だぞ! おらはてめぇの手配書をこの目で見たんだ!」
「神様か仏様の化身かと思ったら……よくもあたい達を騙してくれたね!」
「こいつらは化け物だ! 久野家の嬢さんを攫って食っちまったそうじゃねぇか!」
「おっかねぇ、おっかねぇ」
「昨日俺達の蔵が燃えたのも、あいつの仕業なんじゃねぇか!」
「なんてったって、あの男は炎を操れるそうだからなあ!」
口々にそう捲し立てる村人達。それを今まで黙って聞いていた白臣は、我慢しきれずに叫んだ。
「さっきから何なんだ、君達は!」
「ハク、ほっとけ。あんな奴――」
「宗志がいなかったら蔵は全焼していたんだ! しかも死人だって出てた。それなのに何だ、その言い草は! 君達は宗志に助けてもらったんじゃないのか! そもそも宗志が蔵なんか燃やす訳ないだろう! それに僕も宗志も晴さんを食べちゃいない!」
「うるせぇ! 化け物が!」
そう怒鳴った髭を生やした体格のいい村人が、持っていた石を投げつけた。その石は真っ直ぐ白臣に飛んでいく。彼女は咄嗟の事に反応出来ない。石は彼女の右顔面に命中した。
「……い、っ……」
「ふん! ざまあみやがれ!」
白臣は右顔を押さえて俯く。一筋の血が彼女の腕を伝い、地面に小さな赤黒い班点を描いた。
その時。宗志の目に殺気が宿ったかと思うと、体格のいい村人との間空いを一瞬で無にした。それと同時にその村人の胸倉を荒々しく掴む。そして刃の様な鋭い眼光でその村人を貫いた。
他の村人達は悲鳴を上げて散り散りとなる。宗志に胸倉を掴まれた男は、さっきと打って変わり弱々しく視線をさ迷わす。
「おい、こっち見ろよ」
「ひっ……!」
「答えろ。あいつがてめぇに何かしたか」
「いや……えっと……」
「答えろって言ってんだよ。あいつがてめぇに何したって言うんだ?」
「何も……されて、ません……」
「へぇ。てめぇは何もしてきてねぇ奴に石投げるんだな。……じゃあ、俺もてめぇに何もされちゃいねぇが――」
「ゆ、許して、下さい……!」
「許す? 許すも何も俺はてめぇに何もされちゃいないぜ。……歯食いしばれよ……!」
恐怖で歪む男の顔。振り上げられる宗志の拳。その時だ。
「やめろ、宗志!」
「あ?」
白臣が宗志の着流しの袖を引っ張ったのだ。彼は苛立たしげに白臣を見た。白臣から流れる血は顎を伝って地面にぽたりぽたりと落ちる。
宗志は真っ直ぐな白臣の瞳から目を逸らした。これ以上彼女の翡翠色の瞳を見ることが出来なかったのである。そして舌打ちをして男の胸倉を荒々しく突き放す。
男はよろよろとふらつきながら走り去った。他の村人達はそれぞれ物陰から顔を覗かせている。そして口々に叫んだ。
「この村から出てけ!」
「帰れ! 帰れ!」
「ここは化け物が来る場所じゃねぇんだ!」
そう罵声を上げる村人達。鋭い眼光を飛ばし宗志が刀に手を掛けた時だ。白臣が宗志の袖を掴み静止する。
「もういい。宗志、この村を出よう」
宗志はちらっと横目で白臣を見る。彼女は唇を噛み、拳を固く握っている。宗志は苛立たしげに舌打ちをし彼女を小脇に抱えると、翼を生やすと同時に薄曇かかった空へ飛び立った。
少し程飛んだところで、宗志は草地の中にある道に降り立つ。そして丁度いい大きな石の前に立つと白臣に座るよう促した。彼女がおずおずとその石に座ると、宗志は彼女に視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
そして宗志は白臣の前髪をそっと上げる。右目の上に切り傷があるが、目に異常は無いようだ。彼は懐から手ぬぐいを出すと丁寧に血を拭い取る。
「お前何であん時、俺を止めた? あんな野郎、一発ぐれぇかましても罰は当たらねぇだろ」
「駄目だ。だって君の拳を受けたら、あの人はただでは済まないだろう。下手したら……死んでしまうかもしれない」
「……手加減するつもりだった」
「嘘つき。あの時の君の様子は手加減するようには見えなかった」
はあ、と宗志は溜め息をつく。そして白臣の額の傷口に付着している砂などを手ぬぐいで拭き取る。彼女は痛むのか小さく顔を顰めた。宗志はある程度したところで手ぬぐいを懐に仕舞い、溜め息と共に言葉を吐き出す。
「少しずれてりゃ目ん玉潰れてたんだぜ」
「でも潰れてないから大丈夫だ」
「……そういう問題じゃねぇんだよ。それに傷だって残るかもしれねぇ。お前の肌は白いから余計目立っちまうだろ」
「別に僕は気にしないから平気だ。それにこの位置なら前髪で隠れるし」
はあ、と宗志は本日何回目かの溜め息をつく。そして彼女の前髪から手を離しゆっくりと立ち上がった。白臣はけらっと笑った後、顔を曇らせる。どうしたのか、と宗志が訊ねると彼女はぽつりぽつりと話し始めた。
「何で、皆分かってくれないんだろう。宗志も僕も皆と同じなのに。人肉だって食べたりしないし、無闇やたらに人を傷つけたりしない、って」
「お前は人間だ。だが……俺は違う」
「違くない! 瀬崎さんや鳥野さん、瀬快さん、そして宗志だって皆と同じだ。皆、同じ人間じゃないか!」
「ああ。確かに時雨の馬鹿も、鳥野さんも、座敷童子の野郎も人間だろうな。だが、俺は違う。……人間なんてとうの昔に辞めちまったんだ。いや、最初から人間じゃなかったのかもしれねぇ」
白臣は何か言わなければと思うものの、上手い言葉が見つからず結局黙ってしまう。自分は宗志について何も知らない、ということを彼女は改めて思い知らされたのである。そんな自分が何を言っても宗志には届かない事が痛い程に理解出来たのだ。歯痒さが満潮の様に押し寄せてくる。
宗志はそんな白臣の心情に薄々感づいたのか、苦笑して彼女の頭をくしゃりと撫でてから口を開いた。
「で、お前はこれからどうすんだ? 行く当てでもあるのか」
「僕は――」
その時。白臣の言葉を遮るかの様に二人の名を呼ぶ声がした。二人は声のする方向に目を向けると、ある人物が村の方から馬に乗ってこちらへやって来る。近づいてくるにつれ、その人物が巫女装束を身に纏っているのが分かる。その人物は葵だった。
彼女は二人の傍まで来ると、手綱を引いて馬の駆け足を止める。そして馬から降りた途端に跪き額が地につくほど深々と頭を下げた。
「村の者が貴方達に失礼を申した事、心よりお詫び申し上げます。本当にごめんなさい」
「止めてください、葵さん。袴が汚れてしまいます」
白臣は立ち上がり葵に顔を上げて立つ様に促すが、葵は一向に顔を上げようとしない。
葵の姿を見ると、身を切る様な悲しみや行き場の無い怒りが再び湧き上がるのを白臣は感じた。同時にやはりこの胸を引き裂く様な悲しみや痛みは一生涯、少したりとも風化する事はないのだろう、と白臣は悟ったのである。何かをきっかけにしてこの感情はまた湧き上がってしまうのだろう。だが、それは葵も同じ事。それも白臣は分かっていた。
白臣は葵に近づいていくと、静かにしゃがみ込んだ。
「葵さん、昨日はすみませんでした。そして……ありがとうございました」
「何を……貴女が私に謝るべき事など、お礼を言うべき事など一つもないわ」
「いいえ。僕は自分ばっかり苦しい思いをしていると、自分ばっかり辛い目に合ってると、自分ばっかり自分ばっかりって思ってた。葵さんだって僕と同じぐらい悲しい思いを苦しい思いをしていたのに」
「白臣さん……」
「貴女と出会わなければ、僕はこの世に存在しない仇を生きている限り探し続けていたでしょう。貴女と出会って、貴女が本当のことを話してくれたから。僕は前に進めるんです。それに僕は葵さんに会えて嬉しいんだ」
ゆっくりと葵は顔を上げる。そこには太陽の様な笑顔を浮かべている白臣がいたのだ。
「僕、母の顔見たことなかったんです。幼い頃、父にせがんで母の似顔絵を描いてもらったりもしたんですけど、父には絵心が無くて。葵さんと母は双子なんですよね? だから母の顔が見れたみたいで嬉しいんです」
葵の瞳が潤み出す。その白臣は最愛の妹である椿に非常に重なって見えたのだ。
「ああ、やっぱり……貴女は椿の子だわ」
掠れた声で葵はそう言った。そして潤む瞳から雫が溢れないように、少し上を向いて数回瞬きをする。彼女の心に名付け難い感情が沁み広がった。
白臣はそんな葵に微笑みかけ、ゆっくりと立ち上がった。その後、葵にそっと手をさし延べる。彼女はその手をとると静かに立ち上がった。そして袴についた土埃を軽く手で払ってから口を開く。
「貴方方に渡し忘れた物があるの。良かったら受け取ってくれないかしら」
「これは……?」
葵が懐から取り出したのは小さな巾着袋だった。彼女がその中身を掌に出す。それは赤黒い丸薬のようだ。葵はそれを一つ摘んで見せた。
「竹取物語ってご存知?」
「はい。かぐや姫、ですよね? 知ってます」
「その物語はどのような終わり方をしたか覚えてるかしら」
「確か、かぐや姫は不死の薬と手紙を帝に残し、月に帰ったとか……」
「結局、その薬を飲む事を拒んだ帝は使者に天に最も近い山――今でいう富士山で焼かせちまったって話だったよな」
白臣の答えに宗志はそう付け加える。彼はそう口にした後、目をすっと細め葵を見た。
「まさか、それが不死の薬だとでも言うのか」
「いいえ違うわ。これは不死の薬ではない。これはその不死の薬を薄めたものなの」
「は?」
「信じられないのも無理もないわ。不死の薬を富士山で燃やすように命じられた使者の名は御瑠人。彼はその燃やすよう帝に命じられた薬を一つだけ燃やさずに家に持ち帰った」
「それを複製しようとした、ってことだな」
宗志の言葉に葵は頷いて肯定する。そして彼女は丸薬を指で弄びながら言った。
「けれど御瑠人はその試みに失敗し、不死の薬を薄めたこの丸薬を作った数日後、熱に魘されて死んでしまった。御瑠人の家族はかぐや姫の祟りだと恐れ、この丸薬を私達の神社に託したと伝えられているわ。ただ、実際には御瑠人が死んだのは偶然だって言われているけれど。この丸薬に呪いの念は感じられないから」
「……そんな夢物語信じろってか」
「信じるかは貴方方次第ね。でも、これを受け取って欲しい。こんなもの私達が持ってても意味ないもの」
「不死の薬を薄めた薬って、具体的にどのような効能があるんですか?」
首を少し傾け白臣はそう尋ねた。葵は薄曇が広がる空をちらっと見上げてから白臣へと視線を移す。
「どんな病も傷も治すことが出来るって言われてるわ。もともと、この薬は五つあったらしいの。一つは労咳を病んで血を吐いてしまっていた姫君に、もう一つは刀傷が深くて死にかけていたお侍様に、この薬をお売りしたんだとか」
「労咳だなんて……死病じゃないですか」
「ええ、そうよ。でも二人ともこの丸薬を飲んだ途端に、みるみる回復したと伝わってるわ」
「んなのただの伝説かもしれねぇだろ。あんたが見てないんじゃ信じるに価しねぇよ」
胡散臭そうに宗志は葵の手の中にある巾着袋を見る。
「これが作り話かそうでないのかは、神様だけが知っていらっしゃる。もちろん信じろとは言わないわ、ただ貴方方に受け取って欲しいの。そしてもしもの時は飲んでほしいの」
「その……、そんなに凄い薬なら他にいくらでも買い手はいますよね? しかもとんでもない額を出してくれると思うんですけど。何故、そんな物を僕達にくださるんですか?」
「身に余る財なんて災いの元でしょう? それに何より白臣さんには長生きして欲しいの。幼少の時から自由に憧れていた椿の分まで……沢山のものを見て欲しい。沢山のものに心を震わせて欲しいの」
「葵さん……」
「もちろん白臣さんが大切に想っている人のために使ってくれても構わないから」
白臣の顔を見ていた葵は、微笑みながら宗志の方に顔を向ける。彼はびくっと小さく動揺を見せ、くしゃくしゃと頭を掻きながら顔を逸らす。
そして葵はその巾着袋に丸薬を戻し紐を締める。それを白臣へと差し出した。
白臣は少しの間その巾着袋を見つめてから、それを受け取り丁寧に懐に仕舞う。
「ありがとうございます、葵さん」
「いいえ、構わないわ。話は変わるけれど、遠くに住んでいる巫女の友人が、ついさっきやっと到着したの。それで御潮斎の巫女について尋ねたんだけれど、その友人が神庫国の神社にいるって聞いたことがあるって言っていたわ」
「神庫国……ってどこにあるんですか?」
そんな白臣の問を葵の代わりに宗志が答える。
「神庫国っつうのは薩摩の隣にある国だ。薩摩は確か島津家が治めてたな。神庫国を治めてる大名の名は忘れちまったが、島津家とたいそう仲が良いって話だ」
「薩摩に行くには海を渡らなきゃならならないって聞いたんだけど」
「ああ。そうなるな」
その時、暖かい風が吹き抜ける。何かに撫でられているような温かさを感じさせる風だった。
葵はその風が止むと、ゆっくりと口を開く。
「さて、引き止めてごめんなさいね。私はもう村に戻ります。それと白臣さん」
「はい?」
「こんな私が言うのもなんだけれど、困ったらいくらでも頼ってちょうだいね。力になるわ」
「ありがとうございます」
ぺこりと丁寧に白臣はお辞儀する。葵は二人に礼をすると慣れた手つきで馬に跨った。
「宗志さん、白臣さん。お元気で」
そう言って葵は村へと馬を走らせる。小さくなっていくその姿をぼんやりと二人は見つめていた。
暫くそうしていると、白臣はちらっと宗志に視線を向ける。
「何だよ」
「ねえ、宗志。君はその神庫国に行くのか?」
「……ああ」
「あの、その……嫌だったら断ってくれて構わないんだけど……僕もついて行っちゃ駄目、かな……?」
宗志は無言で白臣に視線を向ける。彼女は視線をさ迷わせた後、取り繕うように付け加えた。
「もちろん、君に死ぬまでへばりつくつもりはないよ。だけど、僕帰る場所ないし……だから、その! 君が御潮斎の巫女を見つけて純人間になるまで、一緒にいちゃ駄目、かな? 大丈夫、自分の身は自分で守るし、君の邪魔はしない。とは言っても今まで君の足引っ張ってばかりだけど……やっぱり駄目だよね……」
最後の方の白臣の声は聞き取れるか聞き取れないか程度の声量だった。宗志はふっと口元を緩めると彼女に背を向けて歩き出す。そして二、三歩足を進めてちらっと振り返る。
「俺について来てもろくなことねぇぞ」
「構わない!」
「物好きな奴。……好きにしろ」
その宗志のいくらか柔らかい声音に、白臣は嬉しそうに笑うと彼の背中を追いかけて行った。




