【第十四話】鶴の昔話
少し時間が遡る。白臣は落ち着かない面持ちで立ったり座ったりを繰り返し、かと思えば意味もなく部屋の中を歩き回ったりしていた。
「白臣様、ごめんなさい」
「え?」
「私の所為でこんなことになってしまって」
「柚月さんが謝る事じゃありません。もとはといえば、瀬快という者が柚月さんを攫おうとしているのがいけないんですから。大丈夫です、宗志は必ず勝ってここに戻ってきます」
そう自分に言い聞かせるように白臣は力強く答える。だが宗志の身を案じて、彼の帰りを今か今かと待ちわびる様に戸を落ち着かなく見つめていた。
「宗志様は大切な方なのですね」
「……はい。彼は僕の命の恩人なんです。何度も彼に助けて貰ってて。……でも、宗志にとって僕はただの足手まといでしかないんでしょうけどね」
「そんなことはないと思います」
はっきりとそう言い切った柚月に、白臣は戸から視線を移した。柚月はそんな白臣に微笑みかける。
「すみません、根拠はないんです。でも、宗志様も白臣様と同じ様に想ってくれていると思います。女性の勘は当たると、言いますでしょう?」
「……はい。そうだったらいいなって、そうだったら嬉しいなって、思います」
そこで暫くの間、ゆっくりとした沈黙が流れる。白臣は柚月に眼差しを遠慮がちに向ける。見れば見るほど花がふわっと咲いた様な人だと思う。
「白臣様、よければ昔話に付き合っていただけませんか?」
「昔話、ですか?」
「ええ。そんな大層なものではないんです。鶴の恩返しや舌切り雀などのちょっとした話です」
「はい、僕でよければ喜んで」
柚月は長い睫毛を伏せた後、灯明皿の揺れる炎を見つめる。そして桜色の整った唇で言葉を紡ぎ始めた。
「むかしむかし、あるところに晴という名前の少女がいました。彼女は美しい容姿で心優しい母と、妹想いの優しい兄と三人で蜜柑畑を営む小さな村に暮らしていました。父は少女が生まれる前に亡くなり、けっして裕福ではありませんでしたが毎日幸せに暮らしていました。……あの男達が来るまでは」
複数の灯明皿の小さな火が煌めきを交わす様にゆらりと揺れた。
「もう……やめて……やめてよ……っ!」
晴の側では大好きだった兄の亡骸が血の海に沈んでいる。そして母親は男達の足元に倒れており、笑みを浮かべた男達に蹴り続けられていた。
あちらこちらに昨日まで明るく笑っていたはずの村の人達の死体が転がっている。晴が大好きだった村、蜜柑畑には火が放たれ、その様子は彼女が寺で見た地獄絵巻と恐ろしいほどに重なった。
一番偉そうにしていた一人の男がしゃがみこみ、母親の前髪を掴み無理矢理顔を向けさせる。そして耳障りな笑い声を上げた。
「殺すには惜しい女だなぁ。もう少し若ければ俺の妾にしてやったものなんだが」
「……あんた、みたいな……汚らしい、下品な男……こっちから、願い下げ……だ、よ」
「この農民風情が! なんと生意気な!」
母親の頬に振り下ろされる拳。鈍い音が轟々と燃えさかる炎の中で、微かに晴の耳に届いた。
「まあいい。安心しろ、お前の娘はこの俺が立派に育て上げてやろう」
「子育て、なめんじゃ……ない、わよ。晴を道具……としてしか、見て、ない、くせ……に」
「相変わらず口が減らない女だ。まあいい、最後に情けをかけてやろう。娘に言い残したいことでもあるならば、今言うがいい」
母親は泣きじゃくる幼い娘に安心させる様に笑いかける。
「晴、いつまで……泣いている、んだい? 晴、よく、お聞き。人生は辛いことも、あれば、同じぶんだけ、良いこともあるもん……さ。だから、死に急……ぐんじゃ、ないよ。そんな罰当たり……なこと、したら、あの世で口きいてやらない……んだから。晴、強く生きなさい」
「やだよ、お母さんっ……! 一人にしないで、よ……!」
「大丈夫、晴は一人じゃな……」
「お母さああああん!」
白い肌を朱に染めている母親。何度も名前を呼んでも、笑いかけてくれることは二度となかった。
その後、晴の新しい生活は知らない国の大きな屋敷で始まった。今まで着たことのない贅沢な着物、今まで食べたことのない贅沢な食事。白米など正月でも食べられなかった晴だったが、母親と兄と隣で食べた粟や稗の方がずっと美味しく感じられた。
晴は何度も死んでしまおうと思っていた。だが、あの日母の〝生きなさい〟という言葉が、死に急ごうとする晴を思いとどまらせていたのである。
そんな死んだような生活が半年ほど経ってしまった時、涙はもう出てこなくなった。外に出してもらえない晴は明障子を開けて、夜の空に浮かぶ月を眺めるのが日課となっていた。
ここに来てから何年経ってしまったのだろうか。それは風が強い日の事である。晴はいつもの様に何をするでもなくぼんやりと月を眺めていた。
「なんで君はそんな悲しそうな顔で月を眺めているの? まさか、かぐや姫だったりするのかな?」
声のする方に目を向けると、庭の中に誰かがいる。それもなぜ今まで気づかなかったのか不思議なほど割と近くに。
「ごめんごめん。驚かせちゃった? 俺はそんなに怪しい者じゃないんだ。って、勝手に庭に入ってる奴に怪しくない奴なんていないか。それにこんな容姿だしね」
「貴方は……?」
「俺? 通りすがりの者ってとこかな。この編み笠が風に飛ばされて君の家の庭に入っちゃてさ。大丈夫、すぐ出てくから」
おやすみ、と告げて背を向けた少年の背中に晴は思わず声を掛けてしまった。
「待って! もう少し、もう少しだけここにいて。……駄目かな?」
「別に駄目じゃないけど、俺なんかみたいのと関わると家の人が良く思わないんじゃないの?」
確かに少年の言うとおりだ。下手なことをすれば、この少年にまで危害が及んでしまうかもしれない。
「分かった分かった、ここにいてあげ……」
「やっぱ帰って!」
「君、言ってることめちゃくちゃだよ」
くすくす声を殺して笑う少年に、晴はひどく羨ましく思った。彼女は笑い方さえ故郷の村に置いてきてしまったのだ。
「君って面白いね。え、そ、のごめん……、もう笑わないから泣き止んでよ」
「え……?」
一瞬、晴は少年の言葉が理解出来なかったがその意味をすぐに理解する。気づけば視界がぼやけ、頬に熱いものが伝うのを感じた。もう枯れ切ってしまったと晴が思っていた涙である。
「俺のせい、だよね? ごめん。何でもするから泣き止んで」
「……何でもして、くれるの?」
「うん、何でも」
「だったら、友達になって欲しい」
「え? 別にいいけど、俺なんかでいいの?」
「うん。貴方がいい」
「そっか。じゃ、よろしくね。でも、君なら家柄の良い者同士の方が話が合うんじゃないの?」
「私、外に出た事無くて……友達とかいないんだ。話し相手もいなくて。貴方が良ければ外の世界のことを教えて欲しい」
少年は少し驚いた様な顔をした後、溢れる様な笑顔を晴に向けた。
「教えてあげる、君の知らない事たくさん。だけど今日は長居しすぎたからね、もうここを出ることにするよ」
「うん……」
「そんな顔しないで。俺はちゃんと明日の夜に来るからさ」
「本当?」
「本当」
「明後日も来てくれる?」
「必ず行くよ。明後日も明々後日も、その次の日も」
少年は無邪気な笑顔を浮かべて晴に小指を突き出す。それにぎこちなく晴は自分の小指を絡めた。
それから毎晩、少年は晴に会いに来る様になった。少年はいつも気配なく現れては気配なく去って行く。そのせいか家の者に気づかれてしまう事はなかった。
少年は晴に外のことを身振り手振りを使って話して聞かせた。野良猫に子猫が産まれたこと、風が気持ちよかったこと。そんなたわいのない話が、晴にとっては大切で、そのために生きていると言っても過言ではなかった。晴は忘れかけていた笑顔を取り戻しつつあったのだ。
しかしそんなささやかな幸せさえ、そう長くは続きはしなかった。
それは晴と少年が出会ってから一年と数カ月経った日の事である。
「遅いなぁ……」
晴は夜空を見上げてぽつりと呟いた。いつもならもう少年が晴に会いに来る時間であったのだ。風邪でもひいたのかな、と晴が心配に思って眉を顰めた時。彼女の頬を嘗める気味の悪い風が吹いた。
その時すっと襖が開く音が耳に入る。晴が振り返ると、あの男、晴の新しい父親が立っていた。
「どうなされたのですか?」
「……お前に客人だ」
その男が連れてきたのは、縄で縛られたあの少年だった。
男はその後、引き摺る様にして少年と晴を無理矢理倉に連れ込んだ。そして少年を縄で吊るし上げ、倉の隅に転がっていた角材を手に取ると、少年の背中を殴りつけた。薄暗い倉庫に少年の痛みに耐える様な呻き声と少年の背中を殴りつける鈍い音で満ちる。晴は涙をぐっと堪え、男に縋りつく。
「待ってください! 私が悪いの! 彼は何も悪くないの!」
「そんなことは分かっているさ。もちろんお前もきっちり罰を受けてもらう。楽しみにしているがいい」
「やめろよ……俺が勝手に、晴につきまとってた……だけなんだ」
「晴? ああ、こいつのことか。俺はそんな田舎臭い名前を使うなと言ったはずだが」
男は縋りつく晴を突き飛ばす。そして鴉の様な高く不快で耳障りな笑い声を上げる。
「しかし、とんだ野良犬を招き入れたものだ。いや野良犬なんて可愛らしいものじゃない。化け物だ」
「化け物の……俺なんか、より……ずっと、あんたの方が、醜い……。俺は、晴に、こんな……顔させ、ない」
「黙れ化け物が!」
「ぐあ"あああああああ」
少年の背中は青黒く腫れ上がり、ところどころの肉が裂け、抉れてしまっているところもあった。男はそれでも少年の背中に角材を振り下ろす。
どれほどの時間が経っただろうか。少年が呻き声を漏らす力さえなくなった時。晴の泣き声が掠れて出なくなった時。男は角材を振り下ろす腕を止めた。
「さて、どうやって止めを刺そうか。殴り殺すのもいいが、それでは芸がないよなあ。火炙りってのはどうだ?」
男は気味の悪い笑い声を上げ、少年の顔にべっとりとした視線を注ぐ。少年は力なく男の顔を睨みつける。
男は鼻歌を歌いながら倉の中をごそごそとあさりはじめる。しかし、すぐに手を止めて残念そうに大袈裟な溜め息をついた。
「しまった。油が切れてしまったようだ。屋敷に戻るしかないな」
大人しくしていろよ、と一言残し男は倉から出ていった。それを見届けて、晴は涙を拭うと倉にしまい込んである、鉈を一本引っ張り出す。
そして箱を引き摺り踏み台にすると少年を吊るし上げている縄を鉈で切る。
「晴……?」
「大丈夫、私にまかせて」
晴は少年の手足を縛っている縄を切る。そして倉の小さな裏戸を開けると、少年を倉の外に連れ出す。そして屋敷の裏戸に少年を誘導する。
「ここから逃げて。本当に……ごめんなさい。私のせいで……」
「泣かない、で。俺……人より、傷治る、の早いから……大丈夫。ねぇ、晴も、一緒に、行こう……」
「それは出来ない。私が一緒に行ったら、あいつはどんなに大金使っても、どんなに犠牲を出そうとも、どんな手段を使っても死に物狂いで私達を探しに来るわ。その時には確実に貴方は殺されてしまう」
「でも……」
納得のいかない様子の少年の言葉に、晴は言葉を重ねる。
「貴方一人なら、あいつはそこまでして探しに行かないはず」
「でも、俺を、逃がした……って、なった、ら晴が……」
「私なら大丈夫。あいつは私を殺せない。自分の道具を無駄に壊す様な事はあいつはしないわ」
その時、倉の中から晴の新しい父親の怒り狂った声が聞こえた。どうやら、二人がいないことに気づいてしまったらしい。
「さあ、早く! 見つかってしまう」
少年を急かす晴。少年は悔しそうにぎりっと音が聞こえてきそうなほど強く歯を食いしばってから、晴に小指を突き出した。
「約束……しよう? 俺は、強く、なって……戻って、くる。そして、晴を……この檻から、出して、あげる。絶対に。そしたら……蜜柑畑、を作ろう。晴の故郷に、負けない……ぐらい、大きな、蜜柑畑、を」
晴はその小指にしっかりと自分の小指を絡めた。少年は優しく笑うと、ふらふらと夜の闇に消えていった。
晴は夜空を見上げる。
無数の小さな滲んだ星が煌めきを交わす様にゆらりと瞬いた。
「柚月さん、その晴って……」
「はい。晴とは私の本当の名でございます。皮肉な事に〝柚月〟で過ごした年数の方が多くなってしまいましたが」
「じゃあ、その少年は……」
「……瀬快、でございます」
柚月はそう言ってから深々と頭を下げた。雫が瞳から零れ畳にじんわりと染みを作る。
「申し遅れて申し訳ございませんでした。瀬快が……瀬快が、私を此処から出してくれるのではと望みを持っている自分がいたのです。でも、それは間違いでした。宗志様を……貴方の大切な人を奪って自分だけが自由になるなんて、そんな卑怯な事はあってはならなかった。行ってください、白臣様。行って二人の殺し合いを止めてください。私が、晴が、瀬快という名の男など、あの日の約束など、覚えてなどいないとお伝えください……!」
涙声で叫ぶ様な声音で柚月は途切れ途切れで白臣にそう告げた。白臣はそんな柚月に顔を上げる様に促がし、ゆっくりと口を開く。
「柚月さん、いや、晴さん。一つお聞かせください。なぜ久野大蓮という男は貴女に執着するのですか?」
「私を大国を治める大名の元へ嫁がせ、子を産ませ、ゆくゆくはその大国を外祖父として自分のものにするつもりなのでしょう」
だから美しい容貌の晴を家族を殺してまで自分の手元に置いていたのかと白臣は理解した。
彼女の翡翠色の瞳に鋭い憎悪の光が宿る。
「もしかして、晴さんはこの部屋に……」
「はい。あの日以来ずっと此処にいます。もう六年ほど」
それを静かに聞いていた白臣はすっと立ち上がった。
「晴さん、僕が貴女と瀬快さんを会わせてあげます 」
「そんな……! そんなの無理です……!」
「大丈夫、僕に任せてください」
「考えを改めください、白臣様! もしそんな事をして捕まりでもしたら貴方は……」
「僕の心配はいりません」
白臣はしゃがんで晴に目線を合わせ、安心させる様にそっと手を握る。
「女の子の不幸の上に成り立つ栄華なんてあるわけがない、あっていいはずがない。万が一捕まった時には僕が貴女を勝手に攫おうとした事にしてかまいません。どうか僕を信じていただけないでしょうか」
「白臣様……駄目です、そんなの……」
「貴女は一人で十分に戦いました。もうこんなところで、陽の光さえ届かないところで孤独に耐えている必要はありません」
「でも……」
「僕を信じて。瀬快さんに会いたいのでしょう?」
「……いたい、瀬快に会いたい……!」
晴はぽたりぽたりと雫を零しながら掠れた声で、でもはっきりとそう言った。
白臣はゆっくりと晴の手を握る力を弱めてそっと手を離す。そして、晴が涙を拭った時を見計らって口を開く。
「すみません、長い髪が邪魔になってしまうかもしれないので束ねていただいてもいいですか?」
「はい、直ぐに束ねます」
押し入れを開けた晴は細かな装飾の施された木箱を取り出すと、結紐を手に取り長い髪を一つに束ねる。
晴の準備が整ったのを見て、白臣は滑りの悪い戸を開けた。
二人は暗い廊下を走り出す。静まり返った廊下に二人の足音が小さく響く。
隠し扉までたどり着き白臣は開けようと試みるが、扉はぴくりとも動かない。晴は静まり返った廊下でも聞き取りづらい程の小声で話す。
「この戸はこちら側からは開かないようになっております。私が逃げ出せないように」
白臣はその言葉に無言で頷くと、少し戸から離れ助走をつけて肩を使って体当たりをする。晴もそれに合わせて同じ様に体当たりをし始めた。だが、扉は開く気配はない。そんな時、白臣にある一つの考えが浮かんだ。
軽く戸を叩く。乾いた軽い音がする。この様子だと戸にそれ程の厚さはないようだ。
(これなら僕でも斬れるかもしれない)
白臣は晴に下がってもらい、刀を抜く。そして刀を握る手に力を込めて振り上げ、一気に振り下ろした。
暗闇に光が細く差したかと思うと、光が波のように二人を飲み込んだ。二人は眩しさのあまりに目を細める。白臣が光に目が慣れてきた時。
「気づかれてたか……!」
目の前には二人に刀の先を向ける大蓮の家来が十数人程。そしてその家来の後ろには大蓮が気味の悪い笑みを浮かべて立っていた。
「そりゃ気づくに決まっているでしょう? あんなに戸からゴンゴンゴンゴン音がしていたら誰だって気づきますよ。あーあ、どうしてくれるんですか、この隠し扉。斬ってしまうなんて野蛮の極みだ」
そう嫌味ったらしい丁寧な口調で大蓮は、やれやれと大袈裟な溜め息をついた。見れば見るほどの悪人づらである。白臣が何故今まで気づかなかったのか不思議になってしまう程に。
白臣は晴を背に庇い、刀を構える。
「一応尋ねておきますが。今すぐに柚月を連れてあの部屋に戻ると言うのならば見逃してあげ……」
「断る!」
「頭の悪いお方だ。仕方が無い、お前ら柚月に傷つけるなよ? この餓鬼を……殺れ」
大蓮は鴉を思わせる不快な高笑いをしながら部屋から出て行った。
「晴さん、下がっててください」
「はいっ」
晴の返事に間髪入れず目の前の敵が斬りかかる。それを白臣は刀で萎やす。そして鳩尾に蹴りを入れる。その男はがくりと膝を折り倒れて動かなくなった。
他の者達は白臣の動きを窺っているのか、なかなか斬りかかってこない。
「悪いが僕達には時間がない。一瞬で終わらせる」
「何を、生意気……」
その時には家来達の視界には白臣はいなかった。家来達の後ろからかちゃり、と刀を鞘に納める音がする。それと同時にばたばたと家来達は倒れていった。
「お、お強い……」
「全然そんな事はありません。さあ行きましょう、晴さん」
白臣は晴に手を差し出す。その手を晴はしっかり握る。そして白臣は晴の手をひいて屋敷の中を走り出した。
「止まれ! 止まらんか!」
二人の行く手を阻もうと刀を持った者達が立ちはだかる。白臣は走る速度を落とさずに片手で刀を抜く。
「邪魔だああああ!」
そして容赦なく薙ぎ倒していく。二人は止まることなく屋敷を駆け抜けた。
そして玄関先にいた男達を蹴り倒し、草履を引っ掛ける様にして履くと屋敷を飛び出した。
「止まれ! 止まらないと斬るぞ!」
斬りかかってくる門番を白臣は一太刀で薙ぎ倒す。そして屋敷の敷地に出ると辺りを見回し宗志の姿を探す……が見当たらない。すると屋敷から少し離れたところに血溜まりが見えた。
駆け足で近づくと、転々と血の跡が続いている。
「晴さん大丈夫ですか?」
「……大……丈夫、です……」
その言葉とは裏腹に晴の呼吸は激しく乱れている。四年もあんな部屋に閉じ込められていたのだ、体力が衰えていても不思議ではない。むしろ今まで走りきれたことが奇跡に近い。白臣は刀を鞘に納め、しゃがみこんで申し訳なさそうに口を開いた。
「すみません、気が利かなくて。さあ、僕の背に乗ってください」
「そんな、申し訳……」
「早く! 追っ手が来てしまいます!」
「はいっ」
白臣は晴を背負うやいなや血の跡を辿りながら走り出した。この先に宗志達がいることを願って。
(どうか無事でいてくれ……!)
早朝の街に地を蹴る音だけが響いていた。