表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/60

敵を知る 後編

 果たして蜂殺迷宮の魔物は呼吸をするのであろうか?

 殺虫剤が有効であるためには呼吸をして薬剤を体内に取り込む必要があるのだが、シシーがいる最深部は極端に空気が薄いように感じてならない。

 この極端な薄さ、送風機的な役割を果たすものが無いせいでもあろうが、そもそも支配種族が空気を必要としていないのではないかとシシーは思う。

 呼び込んだ獲物を死なせない、最低限の空気だけを何らかの方法で確保しているのだと思う方が自然であった。


「可能性は高いよなぁ……せっかく御あつらえ向きに新作の殺虫剤あるのに、試せないなんて無念」


 それは無論、シシーが錬金術で作ったものだ。既存のレシピにアレンジを加えて改良を重ねた代物で、予想される効果は即殺である。


「あ、でも殺虫剤が無効なら嗅覚探知能力を持たない証明にはなるか」


 新たな使い道を思いついたものの、そのためだけに高価な錬金術のアイテムを使うのは間違っているかと次の瞬間には思い直したために、無事にこの案は却下された。もし実行していたら「勿体ない事をするんじゃない!」とシシーの友人達から小1時間は説教されただろう。すでに同じような事をやらかした前科がシシーにはある。

 ずれた思考を元に戻してシシーは蜂の亡骸を軽くノックするように叩いてみる。すると金属質な音が返ってきた。それを確認すると、次に両手を空けるため道具袋に仕舞っておいた長弓を取出して槍のように構え、両先端の鋭い刃状になっている部分の片方で亡骸の頭部を切りつけてみる。

 案の定、固い外殻に阻まれ甲高い音を立ててはじかれた。


「なるほど。ただ外殻を金属質に変異させてあるだけじゃなく、魔法で硬化させてるのか」


 これでは力任せの攻撃など通用しないわけだ、硬化してある外殻を切るには熟練した技が必要になってくるのだから。

 Bランクの者でも苦労する相手だろうな、とシシーは思いながら再度切りつけると、今度はバターに包丁を入れるが如く、簡単に亡骸の頭部は縦に切断された。

 シシーは長弓をまた仕舞い、かわりに1本の特徴のないナイフを取り出す。

 剥ぎ取りナイフ。

 その名の通りに倒した魔物にナイフを突き入れると、傷の無い綺麗な素材だけを残して、他は魔素の粒子に還す魔道具である。難点は普通では気付かない傷でも魔素に還してしまうため、残る素材が少ない事であろうか。

 その分、品質の良さは折り紙つきで買い取り額も高くなるのだが、万人受けはしない道具である。

 取れた素材は頭部からは牙、胴からは足、尾からは外殻、尾針、蜂酸嚢。

 個人的にシシーが欲しかった翅は魔法矢で損傷を受けたか、墜落時に傷めたのかして得られなかったが、それよりも気になったのは――蜂酸嚢。

 (のう)とは袋。つまりは酸の詰まった袋。その大きさは人の頭ほど。


「……毒じゃなくて酸…………毒よりえげつない……」


 錬金術の素材としては嬉しいが、酸を身に浴びれば大怪我、浴びなくとも防いだ武器や防具を腐食させ、気化すれば強い刺激臭で目は開けていられなくなり、呼吸の邪魔をすることだろう。尾針を刺されて身の内に注ぎ込まれれば耐え難い苦痛のなか、死神の迎えを待つしかなくなるはずだ。上級ポーションを持っていれば別だが。


「遠距離からの高火力攻撃で確実に仕留めた方が良いな、これは」


 高い機動性にまかせて酸をばら撒かれたら危険である。

 シシーが着ているのは戦闘服でなく、何の防御力も無いただの服、危険は避けるべきであった。

 剥ぎ取った素材は道具袋の中へ、手には再び長弓を持つ。


(にしても、ここに飛ばされたのが私だったから良いけど……他の生徒だったら死んでるぞ)


 戦士科や騎士科、魔法科の、将来は戦闘職に就く生徒ならば入学時でDランク(世間では一人前)の実力を持っているし、迷宮内での行動の心得もあるが、生産職や研究職に進む生徒ではそれも望めない。

 更に蜂殺迷宮はCランク。たった1つの違いだがDとCの間には越えられない壁が存在するのだ。その上、支配種族はBランクの探索者でも苦戦する相手だとシシーが判断した魔物……学園生の多くにとっては死地である。



「そもそも、飛ばされたのって私だけか? あの転移法陣、けっこうな大きさだったような…………」


 シシーは遅ればせながらも重要な事に今、思い至った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ