闘うその前に
シシーはアトリエ生という、特殊な立場の生徒である。
自らの工房を構えて運営し、依頼を受けてアイテム製作に励み、工房の経営ノウハウを学びながら即戦力となれる人材の育成を目的にした生徒だ。
「フフフ、違約金払うの初めてだ…………どうしてくれようか」
しばし顔を俯けて黄昏ていたシシーは不気味な笑い声と共に顔をあげると、まだ見ぬ犯人に向けて怨念の籠った言葉を吐く。
具体的にどうすると言っていない所が怖ろしい。
蜂殺迷宮。
そこはシシーが在籍しているアドフィス学園のあるレクソトーラ王国の遥か彼方、西方大陸の東南端に存在する。レクソトーラ王国も同じ西方大陸に存在しているが位置は北西部であり、地図で見れば大陸の端と端に在るのがわかるだろう。帰還にはどれだけかかることか……。
これで強制校外実習の線は完全に消えた。もともと可能性としては一番低かったのだが、万が一、という事もあり得るので消さないでいたのだ。
本っっっ当に極わずかな可能性だったが。
商売は客との信頼関係が重要である。
いくらアドフィス学園の教育方針が『いつ何時も備えを怠るな、油断するな!』であり、それに則り学園教師が不意打ち大好きであっても、アトリエ生の活動への妨害行為などしない。もし仮にそんな事をして「学園の妨害を受けたせいで依頼の品を用意できませんでした」などと依頼主に告げられたら、たちまち学園の評判は地に落ちるのだから。
「かくなる上は、素材採取有るのみ。タダで帰ってたまるか」
吐き捨てるように言葉を放つと、シシーは有言実行すべく獲物を探す。
迷宮の支配種族は、最深部においては迷宮主と兵隊に遠慮してあまり近づかないものだ。なので、戦闘で多少うるさくしても気付けば四面楚歌なんて事も無いだろうと、シシーは考える。
それを思えば案外、良い位置に飛ばされたものだとシシーには思えてきた。それが一般論かは別として。
とりあえず、狙うは単体で行動している魔物だ。どの程度の戦闘スペックを有しているのかを実際に確かめたい。
感知スキル【気配察知】で探る。
「……いた。……と、その前に」
見つけた獲物を狩りに行く前に、済ませておかなければいけない事がある。
シシーは道具袋から一冊の本を取り出した。探索者の必需品、マッピングブック。それを適当に開き、地面の土を掴んでその上に乗せる。
「蜂殺迷宮マッピング、開始」
言葉に応じる様にして乗せていた土が本に吸収されていき、蜂殺迷宮の地図ページが作成されてマッピングが始まる。これで自動的に迷宮内でシシーが歩いた場所が記録されていくのだ。
ちなみに目隠ししているシシーがどうやってこれを見るのかというと、【透視】というスキルを使う。このスキルを使えば、目隠しした状態でも文字の読み書きが普通に出来るのだ。ただ、シシーはこのスキルとの相性が悪いようで、非常に疲れる上にそれ以上の事は出来ないので必要最低限にしか使わない。
開始をきちんと確認してからマッピングブックを道具袋に戻し、静かに移動していく。
歩き始めてしばらくは、懸念した通りに何度かデコボコの道に足を取られそうになったものの、2~3分経った頃にはコツを掴んだのか、危なげなく進んでいる。
(物理防御力が高いってことは固い外殻に覆われてるんだろうな。鍛冶師系の錬金術師に需要が有りそうだし、いっちょ頑張りますか。帰るための路銀も必要だし)
不遜な事を考えながら、足を止めておもむろに弓を構えて矢を番えるシシー。
足を止めた場所は長い直線が続く通路。魔物の姿は近くに無い。だがシシーには明確に視えている。何も知らずに飛んできている、恰好の獲物の姿が――。
「破壊の力を纏った破道の弓術、とくと御賞味あれ」