プロローグ3
時は少し遡る。
(うわ、やっぱ普通の服で来たのは軽率だった)
フリージアの猛攻から逃れたシシーは校門へ向かいながら今回受けた被害を視覚が封じられているため、かわりに手で触って確かめている所だった。
その姿は随分とくたびれてしまっている。
着ている服に破れや解れはかろうじて無いものの、肌触りと通気性の良さから、暑くなるこの時期に好んでシシーが着ていた木綿生地の白シャツは風魔法で傷んでしまい、ところどころに火魔法による僅かな焦げ跡もみられた。
傍目にはいくら、風に舞う花びらのようにつかみどころがなく、宙を舞う胡蝶のごとく華麗にフリージアの魔法攻撃の嵐を潜り抜けていたように見えても、魔法抵抗の無い普通の服では攻撃の余波でダメージを負ってしまうのだった。
普段彼女が愛用している戦闘服や錬金術の調合時に着る抗魔力製品の服ならば、魔法攻撃の直撃をくらっても大して布地は傷まないが、哀しいことにただの服ではこんなものである。
それでも被害は服だけで、身体にはかすり傷ひとつ負っていない所は流石であった。
(横着せずに着替えて来れば良かった)
後悔先に立たず。
今日のシシーは鬼ごっこをする破目になるとは思わず、上と同じく木綿製の黒のロングスカートに足もとはサンダルという軽装の出で立ちだった。むしろこの恰好でよくぞ逃げ延びたと思うべきだろう。
下手をすれば転んだところを捕獲され、奴隷市場に強制連行、その後売買契約を済まされて奴隷片手に帰宅するはめになっていたはずだ。あのフリージアの事だ、きっと1人だけでは済まさずに「義務だから」と言って4、5人くらいは体よく押し付けられただろう。
その考えに至ったせいか、それともどこかの年齢不詳、美貌の女教師か物騒な事を考えたせいか、シシーは悪寒に震える。
(あんな危険地帯に素人入れたら、3日ともたないって!)
シシーの脳裏をよぎるのは、憐れな奴隷が猛毒によって苦しむ姿や、そうとは知らずに爆弾を起爆させて黒焦げになっている姿である。
自重せずに物騒な物を現在進行形で作りまくっている自覚があるだけに、そんな想像をしてしまうのだった。さすがに即死級の物や広範囲に被害が出る物、効果がえげつないと判断した物は厳重に管理しているが、そうでないものは家の中で普通に転がっていたりする。
それ故、シシーの家では「これ何?」「毒薬だから中身ばらまかないでね」「りょうか~い」という会話が日常茶飯事である。
一つ重たい溜息を吐き出してからシシーは遅くなっていた歩く速度を上げた。
本来なら学園自慢の巨大図書館で参考文献を借りてから帰る予定だったが、予想外のフリージアとの鬼ごっこの後ではそんな気も起らない。万が一にも再びフリージアにつかまるのは嫌だった。
さっさと家に帰ろう、そうしよう。
そう思ったにもかかわらず、シシーは足を止めてしまった。
異変を感じ取ったためである。
(魔力が蠢いてる)
それは足の下から感じる。つまりは地面。
目隠しされた眼を地面に向けて魔力の流れを無意識に追うシシー。視界を封じていても、否、封じられているからこそ、余計な物が削ぎ落されてよく視える。
観るよりも視ることに長けた眼。
その眼は、あきらかに何かの法則に従って動く魔力を捉え、形作られていく“何か”の正体をシシーに教えた。
「転移法陣……」
呟いた次の瞬間、迸った強い魔力光にシシーの姿は呑まれた――――。
光が収まった後には誰も居なかった。