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プロローグ

「奴隷を買いなさい!」

「断固拒否します!」


 ヒステリックに叫ぶ甲高い女性の声に間髪いれず拒否する年若い女の声。

 これが聞こえたらアドフィス学園三大名物鬼ごっこ、二年トップvs学園影の支配者の始まりである。


「今日という今日は逃がさないわよ!」


 気合の言葉と共に多重トラップの魔法を発動させる『学園影の支配者』の異名を持つ、魔法学科担当主任教師、フリージア。

 きっちり一つに纏められた栗色の髪と外されることの無いメガネが厳格な女教師の雰囲気を醸し出す、年齢不詳の美貌を誇る学園きっての実力者。

 人族なのに30年前から容姿の変わらない不老の魔女だとか、敵対者は灰も残さず燃やし尽くす煉獄の魔女だとか、昔は手のつけられないバトル狂であったとか、いろいろな噂と、その噂に拍車をかけている苛烈な授業内容で生徒のみならず、同僚の教師達からも恐れられている御仁である。

 ただいま彼女ご自慢の年齢不詳の美貌は、獲物を狩る獰猛な獣の如き嗜虐的な笑みで彩られ、彼女に呼応して輝く魔力がその身を飾るのと相まって、免疫を持たぬ者なら迷わず逃げ出したい衝動に駆られるほどの気迫に満ちていた。


「いや逃がして下さいよ!」


 声は焦っているものの、仕掛けられたトラップや後ろから放たれる魔法攻撃を危なげなく冷静に回避していく身のこなしには一切の無駄が無く、しかもまだまだ余裕がありそうに見受けられる姿が、彼女が周囲から実力者と評され認められる所以。

 二年トップことシシーユ・アーラ・アノーノル。愛称シシー。

 透き通るような緑の緩く波打つ長髪と、目に藍色の細長い布を巻いて隠しているのが特徴の少女だ。

 一度、誰かが冗談まじりに聞いた『フリージア教官と本気でやり合ったら、勝てるか?』との問いに、特に気負うでもなく平然と『アイテム制限無しで周囲への被害を考慮しなくてイイのなら』と答えた猛者である。

 他の誰かが言ったなら噴飯ものであっただろうが、シシーなら本気でやれそうで怖いと、話を聞いた全員が思ったことである。


 魔法を駆使して追いかけるフリージアに対し、ひたすら逃げに徹するシシー。

 巻き込まれて怪我をしたくない、進路上にいた一般生は直ちに物陰に避難し、多少の怪我は授業料がわりと思う野次馬根性丸出しの一部の生徒は観戦するのに絶好のポジション取りに走り、残りの生徒は「またやってるなぁ」と苦笑交じりに呟いて自分の日常に戻る。

 それというのもこの二人、毎回鬼ごっこをするルートは決まっており、通行人は巻き込まずに極力回避、校舎や備品の損壊は言語道断、野次馬は自己責任と暗黙の了解で決めており、ほか二つの名物鬼ごっこに比べたら極めて安全で良心的なのである。

 また、実力者二人の身のこなしは戦士科や騎士科、魔法科の生徒にとって非常に参考になるため観戦者は多かった。


「今日は戦闘服じゃない、ただの私服なんですから、す、こ、し、は、手加減しましょう、よ!」

「笑止! だからこそ、全力で、仕留めるんじゃない、の! こんな好機を逃がしてなるものですか。いい加減に諦めて奴隷を買いなさい!」

「だから、お断りしますって! 何度も言いますけれど、家は、危険物の宝庫なんですよ! 先生も知ってるでしょう! ホイホイと人なんて、入れられませんよ!」


 シシーユ・アーラ・アノーノル、所属は錬金術学科。専門は薬剤と爆発物であり、店舗と工房を兼ねた自宅は文字通りに危険物の宝庫である。

 なお、なぜ魔法教師のフリージアが錬金科のシシーを追い掛け回しているのかというと、シシーの担当教師がやらないからだった。錬金術師としては非常に優秀で尊敬できるのだが、いかんせんサボり魔で扱いづらいという欠点を持っている男で、いっそ給料泥棒と呼んでも差し支えないほど。

 いくらフリージアが肉体言語でお説教しても堪えない筋金入りで、無駄に頑丈で生命力のある男なのである。

 それゆえ学園経営にも携わり、シシーに実力負けしないフリージアが出張ることになったのである。


「だから、予備知識の有る者を、揃えてあげると言ってるでしょう!」

「それが嫌だと、言ってるんです!」


 火と風の魔力属性を持つフリージアの攻撃は屋内であるために威力は出せないが、そこは積み重ねてきた経験と技術でカバーしており、逃げているのがシシーでなければ秒殺(捕獲の意味で)出来たのだろうが、相手が悪かった。

 羽でも生えているかのように軽やかに右へ左へ飛び退いては攻撃を躱し、避けきれないものは同量の魔力を纏わせた腕や足を繰り出して相殺する、曲芸じみた動きをしていながらも逃走速度を落とさない様は、もはや名人芸である。

 そんなシシーを捉えるのは、いかにフリージアであっても難しい。

 周囲への被害を度外視して範囲攻撃でもやれば簡単だがそういう訳にもいかない。修繕費用が馬鹿に出来ない額になると知っていれば尚更に。


 強みを活かせないフリージアにとってこの鬼ごっこは不利なのであった。


 結局、今日もシシーは逃げ延びた。

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