8.ガブル
ケイコク宿を出発してから1時間程。
俺達の進行はすこぶる順調だった。
日はあっという間に昇り、出発した時と比べると葉の隙間から溢れる日差しは随分と明るい。
『清々しい朝』のお手本みたいな雰囲気だ。ラジオ体操の音楽でも流せばさぞかしマッチすることだろう。
シシリに背負われながら過ぎ行く森を眺めていると、同じく森を眺めていたらしいアゼルと視線が合った。いつもの優しい顔で微笑まれる。
「騎士団様々って感じだな」
騎士団……?
あぁ、そういえば先週騎士団の魔物討伐があったんだっけか。
昨日の話を思いだし納得する。なるほど、この平和な状況はそのお陰ってことか。
ちょうどいい機会だ。この会話に便乗して
昨日聞けなかった『騎士団』や『魔物』なんかについて追加の情報収集しとくか。
ヘラヘラと締まりなく笑うアゼルの馬鹿面を眺めながら俺は思案した。
内容によっては『何当然のこと聞いてんだコイツ』的な不審を抱かせるかもしれねぇけど、警戒しててもしょうがねぇしな。
『不審に思われないよう』『それでいて情報をもぎ取れるよう』警戒モードで頑張ったのに易々と看破され羞恥に身悶える事になったのは昨日のことだ。忘れもしない。つーか数時間前の出来事だ。忘れられるわけがない。死にたい。
なるべくボロは出さないよう注意するが、昨日ほど神経を尖らせる必要もねぇだろ。
『ガキなんでなんも知りませーん』ってスタンスで望めばいいんだ。
「普段はもっと危険な感じなんですか?」
直球ド真ん中の疑問を投げかけると、アゼルは『んー……』と少し考え込んだ。
魔物討伐後の調査なんて仕事をしてるくらいだから知らねぇってことはねぇだろう。
それでも迷う素振りを見せるのは恐らくどう伝えればいいか迷ってんのか?内容的に血生臭い話になりそうだしな。ややあってアゼルが口を開く。
「そうだなぁ……メヒルの森ってのは昔っからガブルの巣になってんだよ。
今回の討伐でも森ん中にウジャウジャいたみてぇだな」
「ガブル……?」
思わずつぶやく。
俺がガブルを知らないことを察したのだろう。アゼルが説明してくれた。
「ガブルってのは身の丈1mくらいのブッサイクな魔物だ。
無駄に好戦的で歩いてるだけで集団で襲ってくるから、討伐は楽だな」
つまり歩いてるだけで襲ってくるから返り討ちにするってことか。
凄まじくワイルドな討伐方法だ。
「集団で襲いかかってくるのに楽なんですか……?」
「おう。ガブル自体は弱ぇからな。討伐隊みたいに人数揃えりゃ負ける事はねぇぞ」
つまり人数揃えないと数の暴力に屈服することもあるってことか。
アゼル。ちょっと今の我がパーティーの人数をデッカい声で言ってみろ。
「……大丈夫なんですよね?」
思いっきり不安そうな声音で確認すると、アゼルは自信満々な様子で頷いた。
「大丈夫だ。ガブル程度軽くブッ飛ばしてやんよ」
いや、そうじゃねぇよ。
俺は心の中で壮大にツッコんだ。
まずは『もうガブルは全部討伐されたから』とか言って俺を安心させろ。
その上で『もし生き残りがいても俺達が吹っ飛ばしてやんよ』とか言ってくれ。
『話を聞く』事と『実際に見る』事の間には大きな開きがある。前者は知識で後者は体験だ。
怪談を『聞く』のは平気でも、幽霊を『見る』のは怖い。例としては微妙だがそういうことだ。
ガブルなんてよく分からん『異常』な生命体がいるって知識は受け入れれるが
実際、好戦的だというソイツらに襲われちゃたまらんぞ。
しばし考え込んでいたらしがみついているシシリの背中が振動した。
どうやら笑ったらしい。呆れたような声でアゼルに告げる。
「アゼル。コータがテメェの下手くそな説明で怖がってんぞ」
「ん……?」
どうやらアゼルは何の事を指摘されているか分かっていねぇようだ。
その様子を見てシシリはうんざりと溜め息を吐くと『面倒くせぇ』と小さくボヤいて続けた。
「だから、テメェの話じゃまるでガブルが襲って来るみてぇな口ぶりだったじゃねぇか。
まずこの森にゃ戦えるガブルなんざ残ってねぇって説明をしろ。
そういう気遣いのできねぇガキみたいなところが子猫ちゃんなんだよテメェは」
今のシシリのお説教でようやく気がついたらしいアゼルと目があう。
猫耳をピクピクさせバツが悪そうにボソボソと話し出す。
「あー……スマン。怖がらせちまったか?
でもシシリの言う通りもうこの森に戦えるガブルなんざ残ってねぇから安心しろ」
安心するには気になる単語があるわけだが。
『戦えるガブル』はいねぇってことは、『戦えないガブル』はいるってことか?
「戦えるガブル……?」
聞き返すとシシリが豪快に笑った。
こんなにデッカい笑い声始めて聞いたぞ。いつものニヤニヤ笑顔とのギャップがスゲェ。
なんにせよシシリが上機嫌なのは間違いなかった。
「エライエライ。どっかの子猫ちゃんよりよっぽどしっかりしてるわ」
「……ウルセェ」
アゼルは、よほど居たたまれないのか反論は自重したようだ。
背負った俺を覗き込むシシリのいたずらな横顔が目に入る。
「そうだぞコータ。"戦えるガブル"はもう残ってねぇ。
けど"戦えないガブル"と"戦わないガブル"は残ってる。意味わかるか?」
「戦えないのは赤ちゃんや子供のガブルってことですか?」
想像が付く範囲で答える。が、戦わないガブルの方はよく分からない。
ニュアンスから察するに『戦えるけどあえて戦わない』って意味なんだろうが理由が想像できない。
言い淀んでいるとシシリが上機嫌のまま続けた。
「そうだな。戦えないガブルが子供のガブルってのは正解だ。
んで、戦わないガブルってのはメスのガブルの事だ。
ガブルの世界じゃ人の世界以上にメスは貴重だからとんでもなく大事にされてんだよ。
アイツらは絶対に巣穴から出てはこねぇんだ。
どんだけオスのガブルが殺されようと巣の奥でジッと動かない。
メスのガブルの大半は生涯巣穴から出ねぇらしいから筋金入りのヒキコモリだな」
なるほど。戦わないガブルってのはメスのガブルか。
シシリの説明から察するにガブルってのは男女比率が極端に偏った生き物なんだろう。
確か蜂なんかがエラく偏った比率だった記憶がある。ガブルってのも似たようなもんなのかもしれない。
それとは別に気になる事が1点。『人の世界以上にメスが貴重』って言い方が引っかかる。
言い方を変えると『人の世界でも貴重だが、ゴブリのメスは更に貴重』という意味にとれる。
まさか、人の男女比も偏ってんのか……?
正直ガブルの男女比なんて興味ない。
森に残ってるのがガキとメスのガブルだけで、襲われる心配はないって情報だけで俺的には大満足だ。
だが人の男女比については別だ。コッチは非常に気になる。
何の後ろ盾もない今、女ってだけでアドバンテージがとれるなら願ってもないことだ。
「ガブルって人に比べるとそんなにメスの数が少ないんですか?」
ガブルの事についての質問を装い、さり気なく聞いてみる。
「人なんて比べもんにならねぇらしいぜ。
メスのガブルはほとんど姿を現さねぇから、確かな比率は分かってねぇけど
通説ではメス1匹に対してオスは1,000匹とも2,000匹とも言われてんな」
つーことは単純に考えてメス1匹でその程度の子供を出産すんのか?
胎生か卵性かは知らんが、体長1m近くまでデカくなる生物ということを考慮するととんでもない数だ。
別に興味はなかったがガブルの予想を超える男女比に少し驚く。スゲェなガブル。
そしてシシリはやっぱり俺の聞きたいことを答えねぇな。ダメなヤツだなシシリ。
「人の男女比は正確に分かってるんですか?」
改めてそう尋ねるとシシリが頷く。
「ああ、つっても正確に分かるのはクィンズプリシアの統計だけだけどな」
そう前置きして語り出した話はハッキリ言ってガブルの話より衝撃的な内容だった。
「クィンズプリシアでは男5人に対して女1人くらいの比率だな。
まぁ男女比なんて他でも大して変わりゃしねぇだろうから、どこも同じくらいだと思うぜ」
こりゃまた極端な比率だなオイ……。
思わず目の前にあるシシリの横顔を見つめていると
「だから女の子はこうやって大事にしねぇといけねぇんだぜ?」
ニヤッと笑い気障なセリフを吐かれた。
うへぇ……似合わねぇ……。
そういうセリフは王子様みたいな線の細いサワヤカ系の得意分野であって
お前みたいにゴッツイ上にふてぶてしい面した男には全く似合わねぇぞ?
「そんな調子のいい事ばっかり言ってると逆に嫌われちゃいますよ?」
ニッコリ笑って忠告すると、シシリがグッと言葉を詰まらせる。
黙ってしまったシシリの代わりとばかりに、アベルが俺に告げてきた。
「シシリが嫌いになったらいつでも言えよコータ。俺の背中はいつだってウェルカムだからよ」
俺の尻馬に乗ってシシリをからかうつもりかと思ったが、どうも違うらしい。
口調は柔らかいが目がマジだ。
「アゼル。ちょっと黙れ」
「俺はコータに言ったんだぜ?」
「訂正だ。直ちに黙れ」
「短気な男はモテないぜ?」
「さらに訂正だ。俺が直々に黙らせてやる」
いやいやいや、何考えてんだよこの馬鹿二人は……。
あれか。俺に『私のために争わないで』とでも言わせたいのか?
冗談じゃねぇ。そんな事言おうものなら今度こそ羞恥で死ねる。
険悪な雰囲気でメンチ切りあってる二人に向けて俺は両手をバタバタと振った。
馬鹿二人の視線が集まる。俺は両手の動きを止めると無慈悲に言い放った。
「すぐ喧嘩するような乱暴者はモテないですよ?」
言外に『これ以上くだらない言い争いすれば嫌う』というメッセージを嫌というほど込める。
「「……」」
どうやら俺の真意は無事伝わったらしい。
黙り込む二人に対して俺はニコリと微笑んだ。
もっと剣と魔法のファンタジーになる予定だったんだけどな(困惑)
このままでは無駄に細かく設定したアゼルとシシリの戦闘能力が無駄になる(焦燥)