6. 男たちのつまらない戦い
あーもう失態だわぁ。
態を失うと書いて失態だわぁ。
俺はアゼルにしがみつくような格好で抱っこさせられたまま
ヤツの胸に顔をうずめひたすら羞恥に身悶えていた。
恥ずかしすぎる。
穴があったらこの二人を埋めて証拠を隠滅してしまいたいくらい恥ずかしすぎる。
そんな俺とは対象的に馬鹿二人はメタメタに上機嫌だ。死ねばいいのに。
上機嫌なのには理由がある。二人には覚悟があるからだ。
『やっかいなガキだったらどうしよう』なんて疑惑を持つヤツはこんな風には笑えない。
こういうのは優しいからとか強いからとかそういうベクトルの話じゃねぇんだ。
優しいヤツなら不憫なガキがいりゃ悲しそうな顔で同情するだろう。
けど例えばそのガキの抱える"事情"がとても自分の手に負えないものだと分かれば気の毒そうな顔をして手を離すだろう。
耳障りのいい謝罪の言葉を吐いて心を痛めながらも手を離すだろう。
だからってコイツが別に酷いヤツってわけじゃない。むしろこれが普通なんだ。
けど目の前の馬鹿二人は違う。
俺の境遇がどんなものであれ受け入れる覚悟があるから笑っていられる。
デキたヤツらだよ。ホント忌々しい……。
こんな器のデカさをまざまざと見せつけられるとマジでいたたまれない。ホント死んでほしい……。
声にならないうめき声を必死に叫びながら
俺は自分の矮小さをつくづく自覚してただただ羞恥に苛まれるしかなかった。
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「そんでこれからについてなんだがな」
少しだけ真面目なアゼルの声でその話は開始した。
「俺たちは明日この警国宿を発ってクィンズプリシアに帰る」
【ケイコクヤド】は『宿』というくらいだからこの小屋のことだろう。未だにケイコクというのが意味不明だが些細な問題だ。
今大事なのはここが宿ってところだ。つまりここは宿泊施設だったのか。
【クィンズプリシア】っていうのは話の流れからして街の名前か何かだろう。
『あぁ全く聞いたことない街だなぁ』と思うが、もうこの程度じゃ驚きも起きない。我ながら図太くなったもんだ。
「街までは5刻くらいだから明日の朝発てば昼過ぎには着く。その後の事は街についてから考える」
これにも返事はせずに大事なことだけを頭にメモる。明日の昼過ぎには街へ着くと。
俺朝弱いんだけどちゃんと起きれんのかな……。
そんな俺の考えを見透かしたように背後からシシリが声をかけてきた。
「あ、俺が背負っていくからコータは寝たままでもいいからな」
あ?俺シシりに背負われて運ばれるのか?
確かにこの身体スローモーションみたいなふざけた速度しか出ないヘッポコボディだが
背負われるのは嫌なんだが……。
「いやシシリは荷物持てよ」
またも俺の考えを見透かしたように今度はアゼルが苦言を呈す。
コイツらの荷物がどんだけあるか知らんが、話から察するに荷物を持ったまま俺を背負うのは難しいんだろう。
顔を伏せたまま心の中でアゼルに加勢する。いけアゼル。シシリの野郎をブッ潰せ。
しかしアゼルも敵だった。
「コータは俺が背負っていく」
そうじゃねぇ。そういうことじゃねぇよバカヤロー。
何なんだコイツら。ってことは俺が背負われるのは既に決定事項なのか?
いつの間にそんな取り決めが……。
さすがに黙っていられないので抗議の声を上げる。
「あの……私自分で歩けますよ」
「ダメだ」
「ああ、それはダメだな」
何この無駄に息の合った返答は。
お前らは喧嘩してろよ。こんな時に結託するなんて詐欺だ。
「コータ。その格好じゃまともに歩けねぇだろ?」
ガボガボの服の事を言っているんだろう。シシリが指摘してくる。
お言葉を返すようですがねぇ、この格好でここまで歩いてきたっつーの。
「それに靴も穿いてなかったし、足怪我すると危ねぇだろ」
心配してくれるのは嬉しいが別に大したことねぇよ。
靴下があれば特に問題ないのは実証済みだ。森と街じゃ多少は違うかもしんねぇけど。
「大丈夫です。現にこの格好でここまで歩いてこれたわけですし……」
不満の色をにじませ再び抗議すれば、今度は頭上からアゼルの声が降ってきた。
「歩いてきたって言ってもボロボロだったじゃねぇか。
ここに着いたとき足にガタが来てただろ?コータの足に合わせてたらいつまで経ってもクィンズプリシアに辿り着けねぇよ。だから大人しく俺に背負われとけ」
そこを突かれると返す言葉がない。
30分で音を上げたヘッポコボディで『朝から昼過ぎ』まで歩けるかと言われれば恐らく不可能だ。
スマン見栄を張った。絶対不可能だ。
それをわかった上で『自分で歩きたい』と希望するのは、ただの我が儘でしかない。
当然街への到着時刻は遅れるし、そのことで二人の予定も狂わせちまうんだろう。
それは出来ねぇよなぁ……。
苦々しい思いで決断していると頭上で馬鹿共の戦いが再燃していた。
「どさくさに紛れて何言ってんだよ。コータは俺が背負う」
「ダメだ。討伐後とはいえ魔獣の驚異が0じゃねぇからな。
魔獣から人々を守るのも俺たち警国調査員の仕事だ。邪魔すんな」
アゼルの得意げな態度に、シシリがハッと嘲るように息を吐き出す。
この時点で俺はシシリに背負われることになるだろうなと漠然と予感していた。
言い争いでアゼルが勝てるビジョンが全く浮かばない。
「その調査員様のサポートするために俺が派遣されてる事実を調査員様ご自身はご存知ですかねぇ?
魔物が出た時はテメェが先陣切って食い止める事になんだろ。俺はその崇高な調査員様の業務に支障がでないようサポートすんのが仕事なんだよ。つーわけでコータは俺が背負うからな」
「ダ、ダメだ。サポートするって言うならいつも通り荷物運べばいいじゃねーか」
「なるほどなぁ。そんでいざ魔物が出た時は背中のコータ投げ捨てて魔物に斬りかかるわけか。
保護対象が危険すぎる。サポート役の魔道士として許可できねぇな」
「テメェ……」
「そんな目で睨んでも無駄だぜぇ?お前は荷物を持つ。俺はコータを背負う。これで決まりだ。
あ、有事の際荷物は放り捨ててもいいぞ。サポート役の魔道士として俺が許可する」
そしてニヤリとシシリが笑う。
いやアゼルの胸に顔を預けているから実際には見えねぇけど、そんな気配がする。ビシバシ感じる。
きっと悪どい顔をして笑っているんだろう。証拠にアゼルの尻尾が荒ぶっとる。荒ぶっとる。
「コータ……お前はどっちがいい?」
もう勝負はついているだろうにアゼルが俺に尋ねてくる。
往生際っていうのは大事だぜ。俺も腹を決めたんだから、お前も腹決めろ。
「アゼルさんの迷惑になるといけないのでシシリさんにお願いしたいです」
ゆるゆると顔を上げてアゼルを見つめながら告げると、アゼルがグッと息を詰まらせる。
『お前の負けだ。もう騒ぐな』という無言の訴えに気がついているだろうに
「め、迷惑になんてなんねぇぞ」
往生際悪ぅぅ……何だその揚げ足取りみたいな反応。
「これじゃどっちがガキだかわかったもんじゃねぇな」
そんなアゼルを、からかう気を微塵も隠さずシシリが茶化す。
気持ちはわからんでもないがもうちょっと黙っとけ。具体的には俺がアゼルを丸め込むまでは黙ってろ。
「私の事守ってくれるんですよね。頼りにしてます」
ニコリと笑ってお願いすると
目の前のバカヤローは肩を落とし弱々しく『任せとけ……』とつぶやいた。
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宿というだけあってここには簡易ながらも一通りの設備が揃っていた。
入口を入ってすぐがリビングキッチン。奥には風呂、トイレ、ベッドが付いている。
普通に暮らそうと思えば暮らせそうなハイスペックな小屋だ。
聞けば二人とも既に風呂に入った後らしくラフなTシャツとゆっくりとしたズボンを身に着けている。
俺も風呂を勧められたので大人しく従った。風呂には浴槽はないものの温めながらもお湯が使えたのでザッと全身を流した。
慣れない長い髪に手間取ったが何とか無事に入浴を終えると二人に貸してもらったシャツに袖を通す。
スゲェでかいが文句言える状況でもねぇしな。
ズボンとして渡されたのはアゼルのものだというハーフパンツで腰紐で縛るタイプだった。
ウェストを自由に調整できるので普通に着ることできる。これでベルトを持ったまま歩くなんて苦行からは開放されたわけだ。まぁ明日は背負われるわけだけどな。
それにしても『その格好じゃ歩けねぇだろ』なんてシシリの野郎は言ってたが
端からそのまんまの格好で歩かせる気なかったんじゃねぇか。文句言っても仕方ねぇけど。
勝手がわからなかったので幾分もたつきながらズボンを穿くと、アゼルにとってはハーフパンツらしいソレがぴったりとカカトまでの長さになった。切ない。
股上はさすがに余りまくったが歩きにくいと感じる程じゃない。嬉しい。
風呂に入る前はまだ日も高かったんだが、風呂から出ると既に宵の口といった暗さになっており
落日の早さにかなりビビった。
全てを終え、ダイニングキッチンへ戻るといい匂いが鼻についた。
テーブルの上を見るとうまそうな湯気をたてた皿が配膳してある。二人は既に食い始めており風呂から出た俺に気がつくとシシリが手招きした。
「コータ。飯作ったから食え」
「作ったのは俺だ」
「ああ、だからマズい。けどとにかくコッチ来て食え」
いきなり食う気なくすような事を言うなよ……。
内心ゲンナリしつつ席へ着くと『肉の煮込み』としか形容できない料理が深皿に盛られていた。
隣の皿には、これまた硬そうなパンが1つ乗せられている。見るとテーブルの中央に同じパンが盛られたバスケットがあり、どうやら足りなければ各自勝手に取って食えという趣旨らしい。
「いただきます」
律儀に手をあわせスプーンを手に取ると肉の煮込みにスプーンを突き立てる。
意外にもホロリと崩れ落ちる身は柔らかで和牛のような風情だ。崩れ落ちた肉を改めてスプーンで掬い取り俺は一口頬張った。
マズい。
まず頭に浮かんだのはその言葉だった。
もぐもぐと咀嚼する。やはりマズい。
ゴクンと飲み込むとようやくマズさから開放された。
なんとも形容し難い味だ。
決して吐き出すような強烈なマズさではないが、これを毎食食べて過ごす人生を思うと思わず神に懺悔したくなる程度にはマズい。
『ギリギリ飲み込めるくらいのマズさ』とでも言えばいいんだろうか
『食えるか食えないかのまさに瀬戸際の味』とでも言えばいいんだろうか
とりあえず、作ったヤツを殴るくらいは許されるな……。
俺はそんな物騒な事を考えながら二口目を口に運んだ。食いもんに罪はない。全ての罪は調理したアゼルが負うべきだ。
「な、マズいだろ」
もりもり食いながらシシリが言う。
「マズいけど、ちゃんと食えよ」
言い返すかなと思ってたアゼルもそんな事を言う。
作ったのお前だろ。作ったのお前だろ。
「そんなことないですよ」
これほどあからさまな嘘もないだろう。
本来なら『美味しいですよ』と続けるのが常識なんだろうがそれは出来なかった。言えば俺は間違いなく地獄へ落ちる。
その代わりに俺はもくもくと肉を腹に収めていく。
俺の返事がよほど以外だったのか、二人は一瞬食べる手を止め俺の方を見つめる。
カチャリとスプーンが皿をこする音がした後にシシリがボヤいた。
「コータはいい子だ……」
見るとシシリがスプーンに乗せた肉を見つめている。
先ほどの音はシシリが肉を掬った音だったらしい。
しばしスプーンの上の肉を見つめた後に頬張ると『どうしたってマズい』と毒づく。
元凶アゼルはシシリの言葉に反応するでもなく
心配そうな顔で俺を見つめていた。
「マズいだろ……?
コータ、やっぱりどっか悪いんじゃねぇか?」
だからお前が言うな。お前が言うな。
そんな顔向けられて俺はどうすりゃいいんだよ。
やさぐれた気持ちのまま固まっていると肉を食む作業へと戻ったシシリが手を止め
「コータはお前に気を使ってるだけるだけだ。
なに明後日の方向にブッ飛んでんだよお前は」
それだけ言うと再び肉を食む作業へと戻る。
「そうか、ならいいんだ。ありがとうなコータ」
ホッと安心した笑顔を向けられ頭をガシガシ撫でられた。
その態度に何だか釈然としないものを感じながらも俺も肉を食む作業へと戻った。
案の定パンの方もクソ固い上にマズかった。
☆.:*:・' .:*:・'゜☆' .:*:・'゜☆' .:*:・'゜☆'
飯を食い終わった時には既にあたりは真っ暗になっていた。
俺が着ていた制服を仕舞うのに使えとシシリが革製のリュックサックを貸してくれたので遠慮なく使わせてもらった。
ドロドロになった靴下はアゼルが洗って干してくれたので、明日の朝忘れず取り込まねぇとな。
あと二人共俺のベルトに異様に食いついていた。
お気に入りのベルトが褒められて俺もかなり嬉しかった。
それなりの所に持っていけば結構な金になるらしく、大事にしろと笑ってくれた。
これからどうなんだろう……その不安は尽きない。
ホントは男だって事とか、濃紺の目の事とか、こんなに良くしてくれる二人に俺は秘密ばかりを作っている。
『明日は早いから』と二人に促されてベッドに入ったが
なかなか眠気は訪れなかった。
もう6話も書いてるのにいまだ森の中なんだぜ、、、
どうした、笑えよベジータ。