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1. 森の迷子

気づいたらオレはここにいた。

見渡す限りの森の中。相変わらずな。んで生き物の気配は全くなし。相変わらずな。


「で、この状況でオレにどうしろってんだよ」


思わずボヤく。こっちも相変わらず少女のような声音だ。

この声は決して俺の知ってる『俺の声』じゃない。どう頑張っても18歳の男子高校生の声ではありえない声。


「俺って実は少女だったのか」

そんなクソ笑えねぇ自虐が頭に湧いてくる。

これまで生きてきた18年の人生を否定し、さらには男であることまで否定されている気分だ。

マジで笑えねぇぞクソッ。


仰向けに寝転がった俺の腹を風が容赦なく撫でる。

そのせいか知らんけど、お腹がキュルキュルと情けない音をたてた。

痛くないが、このまま冷やしておいたらいずれ痛くなるだろう。そう遠くない未来に。


とりあえず寝っ転がってても仕方ないのでオレは腹筋を使って勢いよく上半身を起こ――

そうとして失敗した。


「……ん?」

意味がわからない。

みぞおちから上が少しだけ浮いたかと思うと再び仰向けの姿勢に戻る。

もう一度同じよう腹筋を使って上半身を起こそうとしてみたが、全く同じ結果になってしまった。


「……意味がわからない」

今度は声にだして言ってみる。

試しに両手を地面に添えて全身の力で上体を起こしてみると今度は普通に座ることができた。


これはアレか?

腹筋の力だけじゃ起き上がれなかってことか?


思わず腹に手を当てて視線を向けると、小さな白い手が目に入った。

まるで少女の手みたいだ。強く握れば骨が砕けてしまいそうな細い手。


腹を撫でようと手を動かすと、その小さな手が労わるように腹を撫でる。

目の前にかざし握ったり開いたりするとその小さな手がニギニギと動く。


間違いない。俺の手だ。

だけど俺の知ってる『俺の手』とは随分と違げぇんだけど……

嫌な予感しかしない。


手を見つめたまま眉根を寄せてるとゴウッと強い風が吹いた。

地面を撫でるように吹いた風に煽られて着ていた制服が揺れる。


風は袖口から、喉元から、ボタンの隙間から容赦なく入ってきて

スカイダイビングでもしてんじゃねーかってくらいゴワゴワと制服のシャツを揺らすのだ。そして気がつく。


これ、服のサイズがやたらとデカイのか?

まるで小さな女の子に大人の服を着せたような。そんなアンバランスさを感じる。

冗談じゃない。サーッと血が下がっていく。


「マジで冗談じゃねーぞ」

一声叫び、全身をチェックするため首を回して視線を右肩へと向ける。

頭を動かした勢いで、風にたなびいていた髪が顔にかかった。

まるで顔にまとわりつくような髪の色は少しくすんだアッシュブロンドだ。


これは……俺の髪か?

それ以外考えられないのに、視界を覆う優しげな色に目眩がする。


だってオレは生まれてこの方髪を染めたことは一度もない。靴墨のように黒々とした髪だったはずだ。

それに風になびく程長くもなかった。

顔にまとわりつく髪を両手で乱暴に払うと身体のあちこちに手を這わせた。


まずは肩。そして胸。脇腹。腹と触っていくがどれもこれも細すぎる。

まるで少女だ。いや、そんなレベルじゃねぇ。少女にしたって細すぎる。

針金細工とまでは言わねぇが、どこも儚い程に細い。


小学校時代の記憶を引っ張り出すがこんなに細い娘はいない。

過去の同級生たちはもっと柔らかくふっくらとした体つきをしていたはずだ。


上半身に続いて腰に視線を向けるとさらなる驚きに目を見開いた。

まず見覚えのある赤いベルトが目に入った。

よく覚えてる。なんたって学校のある日は毎日見てるベルトだ。

驚いたのはベルトに対してではなくて


「細せぇ……」

思わずつぶやく。スラックスの中におさまる腰は上半身以上に細く見えた。

こぶし何個分の隙間があるか測る気も起きない程スラックスの中はガッボガボだ。

少女だ。こりゃ容赦なく少女だ。


ってことはだ……


おそるおそる腰に手を伸ばす。

嫌な予感がする。さっきから感じてたけど改めて嫌な予感がする。


腰に伸ばした手を更に奥に進める。最後の確認だ。

恐る恐るスラックスのファスナーの上から股間を押してみる。が手応えがない。


いやいやいやいや……


そのまま少しずつ握り込むように力を込めていくがやはり手応えがない。

見知ったブツの手応えがないんだ。


いやいやいやいや…………

これはマジでヤバい。


両手を添えて抱えるように握り込む。

やはりなんの手応えもない。


これって

つまりは――――――――


「チンチン、もげてる……」


ガクリと肩を落とし

オレは叫ぶ気力もなくただただ陰鬱につぶやいた。



☆.:*:・' .:*:・'゜☆' .:*:・'゜☆' .:*:・'゜☆'



ハァと溜め息を吐く。

訳わからなすぎて全く実感が追いついてこない。


「どーすっかなー」

木々の間から見える狭い空を見上げボヤく。


目覚めたら知らない森の中に放置されてて、さらにチンチンもげてるってのに

泣き叫ぶとか、暴れまわるとかそんな気がサッパリおきない。

もしかすると突飛すぎる出来事の連続で、夢やゲームのようなノリで捉えてしまっているのかもしれない。


「でも、まぁ、せっかくだし前向きに捉えるか」

我ながらタフすぎる精神構造だとは思うが、ひとかけらの混乱もない状況で今後について思考できるのは

間違いなく僥倖だ。こんなところで座っていてもどうしようもないんだから。


そのまま立ち上がれば確実に脱げてしまうスラックスを両手でしっかりと掴みオレは立ち上がった。

まず感じたのが視線の低さ。もともと188cmあった身長が随分と縮んじまったみたいだ。


まぁ、この程度のこと今更って感じだけどな。

それにある程度予想はしてたことだ。立った状態で身体を見てみると、さっき確認した時より更に細く見える。ウヘェ……。結構本気で鍛えてたんだけどなぁ。わかっちゃいたけど改めて凹みそうになった。


いやいや逆に考えよう。この細さで188cmの身体は絶対に支えられないんだから、身体のバランス的には縮んでよかったと思おう。


「前向きに……前向きに考えるんだ……」

自分に言い聞かせるようにボヤくと改めて周囲を見渡した。

立ち上がって視線が高くなったから、何かしら見つかるかと思ってのことだったが特にめぼしいものはない。

木。木。木。それに木。木。木。ああもう嫌になってくるぜ。いったいぜんたいどっちに進めば森を抜けれんだか……


東西南北どちらを向いても代わり映えのしない景色なんで進む方向は勘で決めるしかない。

よく『遭難したときは歩き回らない方がいい』っていうが、あれは助けが来ることが前提の話だ。

助けが期待できない状況でただ何もせず無策に待ってたんじゃただの馬鹿だ。いずれ弱る。


「じゃ、こっちにするか」

悩んでもしょうがないんなら、悩まない方がいい。オレは追い風になる方角に向き直りその先を見つめた。

向かい風で歩くより追い風で歩いた方が楽そうだしな。決めた理由なんて至極単純だ。


1歩踏み出す。どうにも歩幅が小さいがそれは仕方がない。

両手でベルト部分を抑えてはいるが、スラックスが足にまとわりついてきて歩きにくいこのこの上ない。

厚手の靴下履いてるから足の裏は大丈夫そうだ。

しっかし歩きずらいな……


オレは隙あらばずり落ちてくるスラックスに苦戦しながらも

風に背を押されながら少しずつ歩き出した。


相変わらず代わり映えのしない景色の中歩く。歩きだしてから10分くらいたったか?

ようやくずり落ちてくるスラックスを制し上手く歩けるようになった頃

前方にいくつかの切り株があるのが目に入った。この大自然の中でようやく見つけた人為的な光景に柄にもなくニッと口角が上がる。


切り株があるってことは、木が伐採されたってことだ。

つまりここで木を斬った人がいるってことだ。


近づいて切り株の断面を点検すると、刃物で斬られたような跡があった。

間違いねぇな。これは人が斬った木だ。


切り株の辺りでキョロキョロと周囲を見渡すとかなりの遠方に川らしきものが見えた。

『近くに山小屋があって煙突から煙が出てる』的な展開がベストだったんだけどな。まぁ無いものは仕方ない。


念のため切り株の周りを散策して小屋や人がいないか確かめてみたが空振りに終わった。わかってはいたさ。

足跡なんかも全くねぇし、伐採されたのはかなり前の話なのかもしれないな。


川が見つかっただけラッキーだと思おう。遠目にもわかるくらいだからそこそこでっかいだろうし。

でっかい川なら森の外まで流れている可能性は高いはずだ。ならば川に沿って進めば森を抜けられるはずだ。


森の途中で途切れている可能性は考えない。考えてもしょうがないことは考えない。

前向きに、前向きにだ。


オレは川を目指して再び歩き出した。

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