14.モッサモサ
クィンズプリシアに近づくにつれ、異常な高さを誇る街壁の高さに度肝を抜かれる。
遠目でもスゴかったけど、近づくつれてビシバシ凄味が増してくる。
少なくとも50m以上はあるだろう。ホント威圧感とか半端ない。
右を見ても左を見ても切れ目なくそんな壁が続いてるんだ。
高くそびえる壁があまりに荘厳すぎて街の全体像なんて全くわかんねぇけど
恐らくクィンズプリシアという街はこの高い壁に周囲をグルリと覆われているんだろう。
隙間どころか綻び一つない堅牢な壁には出窓すら付いていない。
よく知らねぇけど、普通こういう要塞みたいな壁って弓兵が攻撃したり、外の様子を伺ったりする為の出窓とか付いてんじゃねぇのか?
しかし、そんなものは見渡す限りどこにもない。唯一の例外は目の前に見えるデッカい門だけだ。
正に壁。壁オブ壁。堅牢であること以外の一切を除外した鉄壁の守りを誇る壁。
シシリに背負われたまま俺は改めてスッゴイ場所に来ちまったもんだと実感した。
☆.:*:・' .:*:・'゜☆' .:*:・'゜☆' .:*:・'゜☆'
街へ近づくにつれ色々なものが変わっていった。
相変わらず他人には出会わなかったが、剥き出しの地面だった道がいつの間にやら石畳に代わっている。
俺は二人の靴音の変化でそれに気がついた。
あまりにも圧倒的すぎる街壁を見上げっぱなしで、その他が目に入らなかったみたいだ。
森を出てからクィンズプリシアへ向かう道中はずっと壁を見上げてた気がする。
我ながら情けねぇ話だ。『壁スゲェ!』という情報しか取得できてねぇぞ……。
イヤ、そもそも『壁スゲェ!』は感想であって、情報ですらねぇんだよな。
馬鹿二人の愉快な追いかけっこのおかげで進行速度がメチャメチャ速くなった所まではうまくいったのにな。
なかなかままなんねぇもんだな。ホント。
俺は小気味よいカツカツという靴音を聞きながら自嘲気味に溜め息を吐いた。
改めて前方を見やる。デッカい門にはアゼルの服を簡略化させたような服装の男が10名くらい立っていた。いわゆる門番ってヤツだろう。
向こうも俺たちに気がついたのか2人の男が出迎えるようにコチラを見ている。
他の隊員は道の両側に沿って、棒のようなものを片手で地面に突き直立している。
間違いない。門番だ。絵に書いたような門の番人さんたちだ。
門番のうち数名はアゼルと同じように獣耳と尻尾を生やしていた。
ケイコク宿の自己紹介で『見ての通り猫の獣人だ』とか言ってたから、獣人ってのは『ココ』では割とありふれた存在なんだろうとは思ってたが
実際にアゼル以外の獣耳、尻尾を見るとやはり感慨深いものがあるな……。
茶トラ柄のアゼルとは違い、明るい黄色の耳をした男。
ヒョロッとしたアゼルの尻尾とは違い、フッサフサの尻尾を持つ男。
他にもいねぇかな。好奇心に駆られシシリの背中越しに1人づつチェックしていると
突然、衝撃的な男の姿が飛び込んできた。
何だアレ……。
他の門番と同じ服を来て、同じ格好で立つ"男"の顔を凝視する。
鋭い眼光。
大きく裂けた口。
――そしてフッサフサのタテガミ。
何だアレ…………。
同じ疑問が頭の中でリピートされる。
いやいや落ち着こう。そう取り乱すな。
俺は自己暗示をかけるようにそう自分に言い聞かせた。
目を閉じる。そして開く。
もう1回だけ閉じる。今度は先ほどより強く目を瞑る。そして開く。
でも、まぁ当然の話なんだが
視線の先にある"男"の顔が変わることはなかった。
その男の首から上は
何というか非常に個性的で
ぶっちゃけ――
"男"の顔は完全にライオンだった。
それが普通の人間のようにビシッと直立している。
胸をポリポリ掻いたり、風にそよめくタテガミを撫で付けたり、仕草は完全に人なのが逆にスゲェ。
あれも獣人なのか?何の種族かなんて愚問だ。なぜなら完全にライオンだからだ。
んで性別はオス。あの立派なタテガミが全てを証明している。
俺は視線を逸らすことすら出来ずにただただライオン門番を凝視し続けた。
あのライオン門番のケモケモしさに比べれば、アゼルなんてただのコスプレ兄さんだな。
あれを見たあとじゃ耳と尻尾だけが猫のアゼルがただの子供騙しに思えてくる。フッサフサ門番マジっぱねぇ。
俺はまだまだ飽きることなく目の前の斬新な生物を凝視した。
カッチリした服装なので頭部しか見えない。せめて手袋がなければ手首から先が見えたのにな。
いや、でもよく見るとアゼルの服と違って襟元が開いてんな。
元々そういうデザインなのかわざと着崩してるのか知らねぇけどソコから首元が伺えた。
見るとフッサフサの毛で覆われている様が見える。
俺は思案した。
頭部もモッサモサ。
首元もモッサモサ。
――だとしたら
と、そこまで考えたところで唐突にガキの頃動物園で見たライオンの姿が脳裏に浮かんだ。
歩いてる姿が見たかったのにライオンは寝てばかりだった。しかも仰向けだぞ。仰向け。
毛むくじゃらの腹を晒しながら気持ちよさそうに寝るライオン。全身モッサモサのオスライオン。
以上の事から推測する。……ってことは服の下もモッサモサなのか?
動物園で幸せそうに寝てたライオンのようにあいつもそうなんだろうか?
どこもかしこもモッサモサのフッカフカなんだろうか?
それともタイガーマスクみたいに服に隠れている部分は肌色の素肌をしているのだろうか?
意識して胸元から下を眺めてみればプロレスラーを思わせる肉々しい体格をしている。なるほどその姿からは獣らしさは欠片も感じられない。
少なくとも首から下の骨格はマッチョマンのそれだ。
どっちなんだ?
少々冷静さを欠いた頭で再び考える。が、どちらの可能性も捨てがたく考えがまとまらない。
首から上はまごうことなきライオンだ。ガオーッとか鳴きそうだ。
風にゆらめくタテガミは昼の強い日差しを浴びてキラキラと黄金色に輝いている。
だかしかし
首から下はまごうことなき成人男性の骨格だ。コブラツイストとか仕掛けてきそうだ。
猫背でもなければ、不格好な前傾姿勢でもない。獣臭さなど微塵も感じさせない立派な体躯のマッチョマン。
こういうの何て言うんだっけか……。二律背反?違うか。
微妙にズレた思考のまま、そんな事を考える。当然欲しい答えは得られない。
いっそのこと馬鹿二人には超有効だった少女パワーで『脱いでください』ってお願いしてみるか?
一番手っ取り早い上に確実性の高い解決方法だ。
好奇心は猫をも殺すと言うじゃねぇか。
『殺されるよりは剥かれる方がなんぼかましですよね』とか言って迫ればギリいけんじゃね?。
いやいやいやいや。
どんな変態要求だよ……。
ズレに拍車がかかり大脱線を起こした思考を何とか押しとどめる。
いかんな。あの馬鹿二人のノリに毒されてきてる気がする。
徐々に近づく門。そしてライオン門番。
ちょっと冷静になろう……。
俺は軽く目を伏せるとシシリに気づかれないようにゆるゆると頭を振った。
声の届く距離まで近づくと、こちらの様子を伺っていた門番の片割が手を上げ挨拶してきた。
「お疲れ様ッス」
残念なことに挨拶してきたのは普通の男だった。アゼルよりもいくらか年若に見える。
邪気のない爽やかな笑顔で俺達を迎える。
ライオンは相変わらず棒を持って後方でつっ立ったまんまだ。
雰囲気から察するに、挨拶してるヤツが門番隊のお偉方で、棒構えたまま持ち場を動かないライオンは下っ端なんだろう。
こりゃライオンと話すチャンスはねぇだろうな。
名前だけでもいいから知りたかったが、それも難しそうだ。
まぁ、いいか。『ライオンヘッドの獣人もいる』って情報だけで今は我慢しとこう。
呼称は『スーパーアゼル』とかでいいだろ。
立場的には下っ端みたいだけど、俺の中ではアゼルの上位互換的存在だ。
主に獣成分的な意味でだけどな。
俺がそんな結論を出終えた頃、スーパーじゃない方のアゼルが片手を上げ門番へ応答していた。
「お勤めご苦労さん。異常はねぇか?」
「はい、こちらは異常なしッス。警国調査はどうだったッスか?」
「こっちは幾つか報告することがあるな。
ただちょっと訳アリで報告が遅れっから、その旨使いをだしといてくれ」
アゼルの返答に門番の男が一瞬言葉に詰まる。
状況から察するに、ホントだったらすぐにガブルの残党狩りの戦果を上司に報告しなきゃいけねぇんだろう。
けど訳アリなアゼルはすぐには報告が出来ねぇから、門番たちを上司へ使いっぱさせたいってことか。
で、『訳アリ』ってのは間違いなく俺の事なんだろうな。
ややあって、門番が遠慮がちに尋ねてきた。
「警国院への伝言は任せてくださいッス。
ただ、簡単でいいので何があったか説明してもらってもいいッスか?
報告が遅れる理由も併せて伝えないと、後々ちょっとウルサイ事になりそうッスから……」
「あ、そういやそうだな。
それじゃ、"メヒルの森の出口にガブルが12匹いたんでフッ飛ばしといた"って伝えといてくれ。
詳細については明日直接報告するからってよ。そんでな――
そこで言葉を切るとシシリへ目配せする。するとシシリは俺を背負ったままその場で90度回転した。
門番から見て横向きになったおかげで、それまでシシリの背に隠れてた俺の姿が晒される。
どうやら門番は、この時初めて俺の存在に気がついたようだった。
突然姿を現した俺を食い入るような視線で見つめてくる。
ビックリしたんだろうな。ビシバシ飛んでくる視線は痛いほどだ。
不躾な視線にちょっと居心地の悪い思いをしてると、再びシシリが動いた。
90度程回転する。但しさっきとは逆方向に。
つまり、門番から見れば再び俺の姿がシシリの背中に隠れてしまった格好だ。
シシリの肩越しに前を見やると、視線の合った門番の身体がピクッと反応する。
そして再び絡みつく視線。痛い。何つーか、非常に痛い視線だ。
そんな俺達の様子に気がついたのだろう。
シシリがムッとした様子で短く告げる。
「見んな。減る」
何がどう減るかなんてこの際どうでもいいんだろう。
大事なことはそんな事じゃねぇ。大事なのはシシリの発想がちょっとキモイって事の方だ。
「何だと?テメェやらしい目で見てたんじゃねぇだろうなぁ?」
シシリの尻馬にのってアゼルも門番に詰め寄る。
「ち、違うッスよッ。やらしい事なんて考える訳ないじゃないッスかッ!
ただ、俺はその子どうしたのかなと思って見てただけッスッ!」
ようやく俺から視線を外した門番が、自分の顔の前でブンブン両手を振りながら全力で否定する。
その様子に警戒を収めてアゼルが告げる。
「そうだな……。
上には森の中で保護したって伝えてくれ」
随分とスッキリした説明だが、いいのかそんなんで?
嘘じゃねぇけど、明らかに言葉が足りてねぇ。言われた方は困るだろうなと思い、門番へ視線を向けると案の定小首をかしげている。
そんな門番の様子を見てアゼルは苦笑混じりに続けた。
「すまねぇな。兎に角そういう訳で報告は遅れるって伝えてくれるだけでいい。
後はコッチでなんとかすっから」
アゼルから改めてお願いされた門番は表情を笑顔に変え元気よく頷いた。
「わかったッス。それじゃアゼルさんの指示通り警国院へは伝言しとくッス。
あ、一応規則なんでお嬢ちゃんの名前だけ教えてもらっていいッスか?」
「コータだ」
俺が答えるよりも速くシシリが門番へ答える。
思いがけない所からの返答に面食らった門番が
「コータダ?」
馬鹿丸出しで俺の名前を繰り返す。
薄々そうじゃねぇかなぁとは思ってたが、やっぱコイツもアホの子だ。
"ダ"はいらねぇんだよ"ダ"は。
シシリが訂正するかなと思ったが数秒待っても全くアクションを起こす様子を見せないので、俺は直接門番へ告げた。
「あの、私コータって言います。
"コータ"までが名前です」
ニコリと笑って訂正すると、呆けたような門番と視線が合う。
ポカンとした表情のせいでますますアホっぽく見える。甚だ不本意ながらアホの子としばし見つめ合っていると
「だから見んな。減るッ」
先ほどより若干語気を強めたシシリのツッコミが入る。
もう俺から言うことは何もねぇよ。ただ今無性にアゼルに背負われたい気分にはなってるが。
シシリの声に反応して門番はようやく行動を再開させた。
「あ、ゴメンね。
えっとお嬢ちゃんの名前はコータっていうんスね。了解ッス。
それじゃ保護対象としてコータちゃんの通行を許可するッス」
性懲りもなく俺へと告げる門番。
シシリのツッコミなどどこ吹く風で、人好きのする笑顔で元気よく告げてくる。
どうしよう。想像してたよりもずっとアホの子じゃねぇかコイツ。
そこで何かに気がついたのか、門番が何でもない事のように続ける。
「あ、保護対象として扱う場合、保護者も1人決定してもらわないといけないんスけど。
アゼルさんと、シシリさん、どっちで登録し――
「「オレだ」」
門番が言い終わるよりも速く、アゼルとシシリが異口同音で返答する。
どちらかともなく見つめ合う。アゼルの視線とシシリの視線がピタリと揃う。
どこかしら真剣味を感じさせる馬鹿二人に、俺は1つだけ確信した。
あ、これダメなパターンのヤツだ。かくなる上は
「あの、私――
そこまで言えた所で俺の訴えはかき消された。
「いつもいつもテメェの思い通りになると思ったら大間違いだぞ?」
「その割に、いつもいつも俺の思い通りになってる気がすんだけどなぁ?」
かくして『でしたらお二人共保護者として登録しとくッスね』とアホの子が提案するまで
馬鹿二人の不毛な言い争いは続いた。
いや、街入れよ。
まさかの寸止め。
だって、ライオン門番が書きたかったんや……。
剣と魔法のファンタジーに入る前にどうしても書きたかったんや…………。




