10. ガブル戦(2)
遠くでドゴォと派手な音をたて炎が舞い上がる。
炎というよりは爆炎だ。爆心地からかなり距離があるにも関わらず爆発音が俺の耳に届く。
不幸にも爆心地に佇んでいた数匹のガブルが
理不尽ともいえる突然の爆炎に飲まれ宙高く巻き上げられていた。
豆粒程の大きさのガブルが景気よく吹っ飛ぶ光景はまるで――
「……ポップコーンみてぇだな」
呆然とつぶやく。
突如として発生した大惨事の原因はとりあえず置いておくとして
それが馬鹿二人とガブルとの開戦の合図だった。
☆.:*:・' .:*:・'゜☆' .:*:・'゜☆' .:*:・'゜☆'
不幸な事件で仲間を失ったガブルたちはすぐに馬鹿二人の存在に気がついたようだった。
『姿を見せれば問答無用で襲いかかってくる』という前情報通り、ガブルたちは二人へ向けて突撃してきた。
アゼルはそれまで隠れいていた木陰から、100m程離れた草原で立ち止まっている。
コチラに背を向けた状態なんで判りにくいが、剣を両手で握り直し剣先をガブルへと向けたようだ。
腰を落とし肩を怒らせた姿勢で待ち構えているところを見ると、その位置でガブルを迎え討つつもりらしい。
シシリはアゼルが立つ草原と、俺が身を隠す茂みのちょうど中間辺りで立ち止まっている。
アゼルとの距離は50m以上あるだろう。
『サポートをする』なんて言ってたから、てっきりアゼルと肩を並べて共闘するもんだとばかり思ってたがどうも違うようだ。
シシリの持つ50cmにも満たない金属棒では、投げつけでもしない限り物理的にアゼルの元へは届かない。
じゃあ、どうやってサポートするのか。
その答えこそが、先ほどの大惨事の原因なんだろうな。
俺は理不尽な惨劇により絶命したガブルを見やった。
先ほど宙に投げ出された哀れな魔物たちは全員地面に倒れている。
何故宙を舞う事になったか。それは突然ヤツらの足元で爆炎が上がったからだ。
では何故ヤツらの足元で爆炎が上がったのか。それは爆発物が勢いよく地面に突き刺さったからだ。
その爆発物が何かといえば、シシリが金属棒の先端から生み出したバスケットボール程の大きさの朱い玉であり
何故シシリが朱い玉を生み出すことできたかといえば、それは――
それはきっとシシリが魔道士だからだ。
つまりガブルを爆殺した朱い玉はシシリの『魔法』だったのだろう。
「にしたってなぁ……」
堪らずボヤく。
今しがた一部始終を目撃したにも関わらず現実として受け入れられない。
頭ではわかってんだよ。けど感情が追いついて来ないというか何というか……。
きっと今の俺は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてるんだろうな。
突然巻き起こった爆炎はあまりにも非現実すぎて俺はすっかり呆けてしまっていた。
惚けた思考のままシシリの後ろ姿を見つめる。
右手に握られている金属棒は俺の記憶と違い先端は光っていない。
もう1回光んねぇかなぁ。
そんな益体もないことを考えていると、クルリとコチラを振り返ったシシリと視線があった。
シシリは右手の金属棒をクルンとプロペラの様に1回だけ回転させると
そのままこちらへ向かって走り出した。
「……え?」
走る方向逆じゃね……?
漠然と思う。ガブルと戦うなら俺じゃなくてアゼルの方へ走らなければ。
どういうことだ?
しばし考え、ある可能性に思い至る。
まさか俺の背後にもガブルが……?
もしそうなら笑えない。嫌な予感がして肩ごしに後ろを確認したが
ガブルどころか虫1匹いやしなかった。
だとしたら何なんだ?
すっかりわからなくなって再び前方へ視線を戻すと、茂みを挟んだ目の前に到着したシシリと目があった。
「お、お帰りなさい」
何のために戻ってきたか知らんが、とにかく挨拶する。
シシリはホルスターに金属棒を仕舞うと腰をかがめた。
地面にうつ伏せている俺の両脇に手を差し入れるとそのままグイッと持ち上げる。
ちょうどガキが『たかいたかい』されるような格好で持ち上げられ
中腰になったシシリと目線の高さが揃う。
いつもよりは鋭い目つきををしているが
先ほど感じた話しかける事すら躊躇わせる剣呑さは消えていた。
地に足が届く高さまで持ち上げてもらってたので、俺は遠慮なく立ち上がった。
「ただいま。コータ」
俺の脇から手を離しシシリも立ち上がる。
改めて右手でホルスターから金属棒を抜き構え直す。
イマイチ状況が飲み込めず眉根を寄せていると
頭上からシシリの声が聞こえた。
「アゼルが帰ってくるまで、俺と一緒に留守番してような」
「……留守番してていいんですか?」
思わず聞き返す。
だってアゼルは剣構えて臨戦態勢のままだし、そのアゼル目掛けてガブルも突進中だ。
どう見ても継戦中だというのに、ここでお留守番するとは職務怠慢なのではないのか。
ますますもって状況が分からない。
さらに眉根を寄せた俺の表情を見てシシリが苦笑する。
彼はニッと口角を上げると優しげな声音で"戻ってきた動機"を語った。
「いつまでもこんなとこに
コータ1人置いとくわけにはいかねぇだろ?」
一瞬返す言葉を見失う。
ホント、なんて優しい馬鹿共だろうか。
「全く……目ぇ瞑ってろって言ったのにしっかり見てんだもんなぁコータは。
デッカい音したの怖くなかったか?」
あぁ、そういえばそんな事言われてたっけな。
初めて見る『魔法』のインパクトに意識を根こそぎもってかれてスッカリ忘れてたわ。
「で……」
シシリは優し――くない
どこか期待に満ちたような声で続けた。
「俺……カッコよかったか?」
ちょっと何言ってるかわかんないッスね。
思わず口から漏れそうになった言葉をギリギリ飲み込む。
そして思い出す。そういえば俺は"魔道士に憧れる少女"って設定だったけな。
つまりはさっきガブルたちへ大惨事をお届けした爆炎の魔法を見た感想を求められているのだろう。
「遠くてちょっとよく分からなかったです……」
正確には『魔法なんて非常識なものをどう捉えていいかよく分からなかった』となるのだがここで正直に告げる必要もないだろう。
多少脚色してそう伝えると
「そっか……」
俺の言葉を聞いたシシリは明らかに落胆したようだった。
元々俺に魔法を見せるつもりはなかっただろうに何なんだこの反応は。
というかシシリにズルズルと流されちまったが
そもそもこんな話をしている場合ですらねぇんだよ。
忘れるな。100m先の平原にはガブルとの交戦に備えてアゼルが剣を構えているぞ。
「あの、それよりもアゼルさん大丈夫なんでしょうか?」
おずおずといった雰囲気を装って尋ねる。
「あぁ。俺のカッコイイ魔法でだいぶ数減らしたからなぁ。
もうアゼル1人で大丈夫だぜ。」
『カッコイイ』の部分をはっきりと強調される。あぁ久々にシシリがウゼェな。
何を根拠に大丈夫と主張しているかは知らんが、こんだけ堂々と言い切られてしまうと二の句が継げない。
ホント大丈夫なんだろうかアゼルの野郎は?
そんな事を考えていると、シシリに頭をグリグリ撫でられた。
「そんな不安そうな顔すんなって」
そんな事言われても不安なもんは不安なんだよ。
困ったような視線を向けると、シシリが苦々しい表情に変わる。
「だから、そんな顔すんなよコータぁぁ……」
「前へ――」
「……あっ?」
「だから、アゼルさんに万が一の事があるといけないので
もう少し前に行きませんか?」
そう、結局俺はヤツの事が心配なんだ。
シシリが俺を守ってくれるってんならもう少し前へ進みたい。
アゼルに何かあればすぐに助けに入れる距離へ。もっともっと近くに行きたい。
あれ程小さく見えていたガブルの姿も今じゃかなり大きく見える。
アゼルと交戦するのも時間の問題だろう。だからこそできるだけ急いでアゼルの近くへ。
「ダメだ……
コータ。そんなのダメだ」
「危険だからですか?」
我ながら意地の悪い質問だと思う。
危険だと認めてしまうと『じゃあ加勢しなければ』と押し切られて
だからといって危険ではないと否定すれば、『じゃあ近づいても問題ないですね』とこれまた押し切られてしまう。
シシリが押し黙る。
質問の意図を理解し答えに窮しているんだろう。
どう答えても俺に押し負けてしまう。それが分かるから答えられない。
シシリは俺の質問に答える代わりに
「……反論とか受け付けねぇからな」
そう前置きして早口にまくしたてた。
「俺の魔法であらかた吹っ飛ばしてやったから後はアゼル一人で大丈夫だ。
何度でも言うぞ。アゼルへの加勢はいらねぇ。アゼルへ近づくのももちろん却下だ」
『これは決定事項だ』そう締めくくると口を挟む間もなく続ける。
「それにこの後、さらに別の魔物に出会う確率も0じゃない。
それを考慮すると魔力は出来る限り温存しておきてぇところだ。
何度でも言うぞ。アゼルへのサポートも必要ねぇ。アゼルへ近づくのももちろん却下だ」
『これも決定事項だ』そう締めくくると口を挟む間もなく続ける。
「けどまぁ、コータが不安に思うのも理解は出来る」
そこで一端言葉を切ると、シシリは俺の右腕を鷲掴みにした。
空いているもう片方の手で自分の頭をガリガリと掻き
何やら決意した様子でシシリが叫ぶ。
俺にではなく――
100m先のアゼルの背中へ叩きつけるようにだ。
「アゼルーッ!!テメェが弱そうに見えるせいでコータが不安がってるぞ!!
気合い見せてみろッ!!こんちくしょーがッッ!!!」
耳が痛い程の大絶叫。先ほどまで苦虫を噛み潰したような顔をしていたくせに
何だ、その晴れやかな顔は。
シシリは叫び終えると再び俺へと視線を寄越した。
嫌な予感がする。
何やら言い知れない嫌な予感が。
「コータ。スマン。
というわけで俺は力づくでお前を拘束することにした」
晴々とした表情のままシシリに宣言される。
シシリにガッチリと掴まれた腕は、どうあがいても振り切ることなどできないだろう。
ああそういうことですか。
コンチクショーめ。
「実力行使とか酷いです」
精一杯の恨みを視線に込めてシシリを見上げた。
「大人を言いくるめようとするようなガキ相手に四の五の言ってらんねぇよ」
あぁその笑顔が憎いぞ。シシリ。
「よく見てろよコータ」
それはそれは優しげな声音でシシリが告げてくる。
『ホントは見せなくねぇんだけど、コータ納得してくんねぇから』とかも聞こえるが
意味が分からないので無視する。
「アゼルは確かに救いようのない馬鹿野郎だけどな
コータの不安を払拭するくらいの甲斐性は見せてくれっからよ」
それはそれは優しげに笑う。
俺は陰鬱に溜め息を吐いた。
それと同時に100m程先の草原では、猫の獣人の青年がガブルに向かって駆け出した。
どんだけガブルで引っ張る気だよ。
本気で話進まないじゃないですか。やだ───!




