9. ガブル戦 (1)
メヒルの森の出口へ到着した。
目の前には見渡す限りの草原が広がっている。
俺達の足元から舗装されていない細い道が1本伸びており
それを辿ってさらに草原の奥に目を転じれば、要塞のごとくそびえる高い高い塀が見えた。
まだまだ遥か遠方にあるにもかかわらず視認できるということは相当高い塀なんだろう。
クィンズプリシア
恐らくあの塀の向こうにあるであろう街の名前を頭の中で反芻する。
そして――
ガブル
ちょうど森と草原の狭間辺りをうろつく緑色の生物の名前を想像する。
大きさは1mらしいが正直遠すぎてよく分からん。ブッサイクらしいのも左記同様。むしろ分かりたくもねぇけどな。
どうしてこうなった……?
茂みの中に身を隠しながら俺は陰鬱にため息を吐いた。
☆.:*:・' .:*:・'゜☆' .:*:・'゜☆' .:*:・'゜☆'
頭があり、胴体があり、手足がそれぞれ2本づつ。
緑色した小さな生物は、猿よりも流暢に二足歩行をしていた。
目の前にたむろしている生物――ガブルは
おおよそ人型と呼んで差し障りのない姿形をしている。
想像してたのとチゲェ……。
てっきり獣みたいなヤツだと思ってただけにガブルの姿に驚愕した。
俺は森の出口近くの茂みに身を伏せたまま生まれて初めて見る異形の生物に目を奪われていた。
茂みには俺の肩を抱くように身を伏せたシシリがいる。
アゼルは近くの大きな木の影に隠れていて、二人共ガブルの動向に注視しているようだ。
俺の視界からでもチョロチョロと動き回るガブルが確認できる。
ガブル達は森と草原の境界線をウロウロしていた。
目的があるのかないのかは知らんがとにかくこちらに近づく気配はないようだ。
「さてとどうすっかなぁ」
腰に差している剣に手をかけアゼルが面倒くさそうにボヤく。
しかしその横柄な口調とは裏腹に目線が鋭い。一瞬たりともそらされないソレは視線だけでガブルを射殺さんばかりの鋭さだ。
「オイ、アゼル」
俺に覆いかぶさるように伏せているシシリが不満げにアゼルの名前を呼ぶ。
「一人で突っ走ってんじゃねぇよ。何が見えた」
「数は12。4匹が大人で残り8匹はガキだな。武装は全員握り槌。
様子は見ての通りだ。まったく厄介なタイミングで成人しやがって……」
目はガブルの方を睨みつけたままアゼルが答える。
何が『見ての通り』なのかは分からんが、はっきり言って異常な報告だ。
改めてガブルを注視してみるが、小指の先ほどの大きさをした緑色の生物がいることしか確認できない。
言われてみると確かに何か握っているようだが、とてもじゃないが正確な数や大人かガキかなんて分かる距離じゃない。
「あ、あの・・・」
シシリの服を軽く引っ張り声をかける。
装う必要もなく眉根が寄る。今の俺はさぞかし情けねぇ顔してんだろう。
シシリは優しく微笑むと、俺の肩口を抱き寄せていた手で頭をグリグリ撫でてきた。
「スマンなぁコータ。怖い思いさせて。
最後の最後で遭遇することになっちまった」
撫でる手が止まり今後は頭を抱き寄せられる。
「でも安心しろ。数は大したことねぇからスグ終わらせてやるよ。
半人前の子猫ちゃんだけだと危なっかしいから俺もサポートしてやんねぇといけねぇけどな」
「聞こえてんぞ」
「そりゃ聞こえるように言ったからな。
コータには俺から説明しといてやっから、安心してお前はお仕事してろ」
実に楽しそうにシシリが告げる。
アゼルも反論したいんだろうが状況が状況だ。ケイコクチョウサインとしてのプライドかどうかは定かじゃねぇがこの場は黙る事を選択したようだ。ガブルを睨みつける視線がさらに鋭くなったのは勘違いじゃないだろう。
その怒り全てガブルにぶつけてくれりゃ俺としても万々歳なんだがな。
「馬鹿の相手はこんくらいにして、コータ。今から大事な事を話すからよく聞けよ」
俺の頭を抱き寄せたままシシリが告げてくる。
『はい』と答えると抱き寄せられる腕にさらに力が入った気がした。
「まずは状況だけど、見ての通りガブルが出やがった。
アゼルの確認では全部で12匹。うち4匹が大人で8匹が成人したばっかのガキだな」
『成人したばっかのガキ』とは矛盾した表現だが言いたいことは伝わる。
つまりまだまだヒヨッコってことだ。
「ガブルってのはアゼルみたいな可哀想なオツムしてんだよ。
だから成人したガブルはまず親の引率で森の周りの地形を覚える遠征に出る。
そうしねぇと外に狩りに出た後自分の巣まで帰って来れねぇらしい。スゲェ馬鹿だろ?
アイツらはその遠征に出てたのが戻ってきたところみてぇだな」
なるほど。偶然にも騎士団討伐のあった期間は遠征に出てて討伐されずに済んだってことか。
確かに厄介なタイミングで成人してくれたもんだ。もう少し親のスネかじっててくれりゃこんな所で土臭い思いをせずとも済んだものを……。
いやいや、今はそんな仮の話に不満を持ってる場合じゃねぇな。
この状況で分からない事はまだ山ほどある。本当にままならねぇなこの身体になってから……。
頭をモゴモゴ動かすと抱き寄せていた腕の力が緩む。
そのままモゴモゴと首を動かしてシシリの顔を覗き込むと、俺は質問した。
「あの、あそこのガブル達が遠征帰りだということは分かったんですが
あんなに遠くにいるのに大人とか子供とか……アゼルさんはどうして分かったんですか?」
目があったシシリが苦笑する。
「まずガブルの大人とガキの見分け方だけどな、額から生えるツノの長さで判別するんだよ。
ガブルの場合ツノが少しでも生えたら成人と認められる。ガキの頃は生えてねぇからな。
身体の成長は成人すると止まるらしいが、ツノは死ぬまで成長し続けるらしい。
つまり額に生えるツノの長さで見分けてるんだよあの野郎は」
思わず茂みの向こうにいるガブルに目を転じる。豆粒のようなサイズの小っこい生物がチョコマカと動き回っているのが分かる。知っている。さっきも見た光景だ。俺の目では額にツノが生えていることすら判別がつかない。
「スゴイんですね……アゼルさん」
思わずつぶやくと、シシリが素直に同意してくる。
「ああ、アイツの唯一の長所だ。
猫科の獣人の視力自体俺達とは比べもんになんねぇけど、アゼルはその中でも飛び抜けて優秀だ。
唯一の長所だな。唯一の」
珍しく褒めてると思いきや、実はそうでもなかったみてぇだ。
3回も念押しされてしまった。
しかしおかげでようやく今の状況が把握できた。
『親子連れのはぐれガブルをアゼルが見つけた』言ってしまえばこれだけの事か。
理解するのに時間がかかったのは一重に俺の知識不足が原因だ。
「それでだ。これからどうするかだけどな
さっきも言った通り俺とアゼルであそこのガブルをブッ飛ばす」
『ブッ飛ばす』の部分に殊更力を込めてシシリが言う。
恐らく俺が不安にならないように『大丈夫だ』と励ます意味もあったんだろう。頼もしい限りだ。
二人を疑うわけじゃねぇが正直不安はかなりデカい。
何せ俺は二人がどれだけ強いか知らねぇし、まして初めて見たガブルの強さなんてもっと分からん。
"未知への恐怖"なんてカッコつけるわけじゃねぇけど、やっぱり誰だって知らないことは怖い。
だけどこんだけ自信満々な所を見せられるとなぁ……。
空元気って風でもねぇし、恐らく二人にとってガブルなんてマジで雑魚なんだろうとは思う。
だからかもしれねぇな……。
不安を感じながらも全く俺は取り乱していない。
"二人が勝つこと"を確信していて、だからこんなにも凛としたクリアな思考でいられるのかもしれない。
もしくは『今までの常識』が邪魔をして"今から魔物討伐をする"という
『今までの常識』では推し量れない出来事に対して現実味を感じれてないのかもしれない。
二人がやられれば自分の命もないという状況なんだけどなぁ……。
思わず苦笑が漏れそうになる。こんな綱渡りな状況今まで体験したこともない。
俺は知らず握り締めていた両手に気がつくと力を抜いた。
手のひらはジットリと湿っていたらしく、開くとサッと熱が奪われる感じがする。
冷静な頭ん中と違って、身体は正直に緊張しまくってるようだ。
なんだかなぁ……。頭と身体が全く違うというのが我ながら不気味だ。
自分の事なのによく分からない。もどかしくはあるがどうしようもない。
それがまたもどかしくて・・・完全な悪循環だ。止めよう。突っ走りそうになる思考を止める。
どうせあれこれ考えた所で俺に出来ることはなんもねぇしな。
それならせめて二人を信じてジッとしてよう。
腹をくくると少し不安も和らいだ。
「頑張ってください」
笑えることに声が微かに震えている。ホントに身体の方は正直だ。
シシリは一瞬だけピクリと反応した後、優しそうに笑った。
「コータは危ねぇからここでジッとしててくれ」
言われなくともそれ以外に出来ることなんてねぇよ。心の中で悪態をつく。
口を開くとまた情けねぇ声が出ると思うしな。
シシリは優しい笑顔のまま改めて俺の頭を抱き寄せた。
「ただ、見てて楽しいもんじゃねぇから目ぇ瞑ってた方がいいかもしんねぇな」
遠いとはいえグロテスクな光景を少女に見せるのは躊躇われるんだろう。
俺を和ませるためにあえておどけた調子で告げられる。
ここで『いいえ興味あるんで見てます!』何て言って困らせるのもアレなんで素直に頷いておく。
「はい、わかりました」
今度は震えずに言えた。
「ホントにいい子だなー。コータ」
愛しげに名前を呼ばれ、頭に回されていたシシリの手が剥がれる。
自由になった頭をシシリに向けると、彼は明らかに先ほどまでと違う真剣な顔をしていた。
きっと俺の声はもう届かない。
そもそも口を出せる雰囲気ではない。
「アゼル。コータのためにもちゃっちゃと片付けるぞ」
真剣な表情に似つかわしくないいつも通りの声音でシシリが告げる。
とっさに違和感を感じてしまったが、そういえば先ほどアゼルも射殺すような視線のまま普通に喋っていたことを思い出す。相変わらずの視線でガブルを見つめたままアゼルが口だけで笑う。
「んなことテメェに言われなくてもわかってる。
いつも通り俺が切り込むから、後ろから援護頼む」
「ビビッて尻尾振り回すなよ?目障りだったらガブルごと消し炭にしてやっからな」
アゼルがゆっくりと剣を抜く。
シシリもゆっくりと中腰に姿勢を変えながら、腰のホルスターから警棒のようなものを抜く。
お互いに目配せすらしない。
二人はただガブルの方を見つめている。
「じゃ、サクッと終わらせるぞ」
アゼルのその一言を合図に二人は駆け出した。
そういえば挨拶してませんでした。
JISと申します。
処女作の稚拙な作品ではございますがご愛読頂けますと幸いでございます。
プロローグから数えて10話目。しかも後書きでの挨拶。
非常識かい?フッ最高の褒め言葉さ。




