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09 駅のホームで回れ右。

まねしないでください。

 突然だった。

 パンをかじって電車を待つオレの前に、二人の駅員が立ちはだかる。

「君達、のつきの生徒だろ? はい、後ろ向いて」

 と言った時には肩に手を添え、ぐるりと反転させられていた。

 病院の予約が午後イチで、オレは補習が終わると寮に寄らず駅にきた。生徒だと言うことは制服で知れる。

 のつき、とはうちの学校の略称だ。しかしだからって、何でこんな扱いなんだよ。

「ファシズム! 差別だ!」

「すいません。こいつ寮生で、知らないんだと思います」

 ちょっと涙目になりながら抗議しているオレのことを、フォローするように誰かが言った。見ると、うちの制服を着たヤツが二メートル程離れた場所に立っている。

 そう言えば、駅員は「君たち」と呼んだんだった。

 そこにいたのは、クラスは違うが知ってる顔だ。あっちはオレより余裕があるのか毎日は見ないが、一緒の教室で補習を受けているんだからそれくらいは解る。

 オレが知らないだけで、同じ学校のヤツが承知しているなら仕方ない。おとなしくホームの壁に向いて立つと、やっぱり微妙な距離を置いて並んだ生徒に問い掛ける。

「なあ、どうなってんの?」

 説明を求めると、そいつは困ったようにオレを見た。しかし視線はすぐ離れ、目の前の壁に貼られた広告に戻る。

 そっちを見たまま、短く言った。

「悪いけど、俺お前嫌いなんだ」

 沈黙が下りた。――のは、オレたちの間にだけだ。

 背中を向けてて見えないが、反対側のホームには大量の女子がいるらしい。きゃいきゃいとうるさいくらいに騒がしかった。

「と、言うことがあったんですが」

 夕食の時間、六割が空席の食堂でオレは尋ねた。

 もちろん、喋ったこともない同級生に嫌われちゃってまいったねってアレではなくて、駅のホームで回れ右事件。何なんだあれは。

 長いテーブルの片側には宗広先輩とオレが並んでて、向かい側には槻島寮長とでっかい人が座っている。まずその人が口を開いた。

「最初はびっくりしたって、石巌川も言ってたな」

 石巌川。それで解った。見覚えがあると思ったら、あいつと同室の先輩だ。姿が見えない本人は、今は帰省しているらしい。

「宗広さん、倉持に教えてなかったんですか」

「このくだり、春にさんざんやったからな。忘れてた」

 寮長に言われて宗広先輩が答えるが、責任とかは少しも感じてないようだ。ああそうだったと言わんばかりに頷くと、何だ知らなかったのかとこちらを見つめる。

 じっと視線を注がれると、あれ、これって自分が悪いんだっけと不安になった。

 何となく、ずるい。そりゃ別に宗広先輩のせいではないが、オレだって無実だ。

 見兼ねたのか何なのか、解らないことは何でも聞いてと寮長が言う。嬉しげに。

 この人に教えを乞うくらいなら、オレは無知なままでいい。骨髄反射の速度で思うが、あいまいな笑顔でごまかした。


 ほとんど正体不明の伝説みたいな感じらしいが、この話は二十年以上も昔のことになるそうだ。

 うちの学校の男子が一人、駅で見掛けた他校の女子に一目惚れした。それはそれは激しい恋で、どれくらい激しかったかと言うと、ホームから飛び下りてしまうくらいだ。

 一つ補足して置くと、あの駅は今も昔も三十分に一本程度しか電車はない。十中八九その時も、構内に車両の姿はなかっただろう。

 空の線路を横切って、反対側のホームを見上げて彼は少女に求婚した。

「さすがにすんげえ怒られて、以来、のつきの生徒は他校の女子がいる時はホームの壁側向かなきゃいけないって決まりができたんだ」

 あきれた話をおもしろがっているように、寮長は笑いながら締めくくった。

 駅のホームで後ろを向かされた時、背後がやたらと騒がしかった。他校の女子とやらが、ちょうどそこにいたのだろう。ふざけてはいるが、だから確かに一貫性だけはあった。

 オレはしかし、急激に自分の体が冷えるのを感じた。なのに頭だけはぼうっと熱く、内臓の奥で何かがざわつき落ち着かない。

「倉持? どうした」

 心配したのか、宗広先輩が問い掛ける。

 どうかしたと言うなら、そうなんだろう。動揺して、混乱して、恥ずかしい。

 オレ、これにすげえ似た話をよく知ってる。

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