08 カフェオレ。
午前中は補習を受けて、午後は寮に戻る。週一回は、リハビリのための通院もあった。
オレの予定が完全に決まり切っているのに対し、ルームメイトの宗広先輩は不規則な生活としか言いようがない。
まだ暗く夜中に近い早朝に出掛けたり、夕方出たきり夜も戻らないって日もあった。
寮長の点呼をどうごまかすかオレは相当悩んだが、事前に外泊申請が受理されていたとオチが付く。落ちたのはオレだけだったけど。
「単発で割のいいバイト選んだら、どうしても不規則になるんだろうな」
カフェオレの紙パックを平たくなるまで飲み干して、ストローを噛みながら折仲はオレの頭にぽんぽんと手を置く。
「金、貯まりそうだって?」
「さあ。相当高いレンズ欲しいみたいですから、頑張ってるんじゃないですか」
「写真部より熱心だよな、宗広は」
日差しのせいか、話題のせいか。薄暗い校舎の中から外を見て、眩しそうな顔をした。
自虐的、と言うべきだろうか。三年になって引退したが、折仲はずっと写真部だったとついさっき知った。
補習を終えてふらつきながら帰ろうとしていると、どこかで誰かを呼ぶ声がした。誰か、だと思うのは呼ばれているのが極めてふざけた呼称だからだ。
「まくらちゃーん。おーい」
どこまでも、悪気なく。
何気なく見上げたオレ目掛け、校舎の窓から手を振っているバカがいた。
「くらもち、まさき。ほら、上手いこと並べ替えたらまくらになるし」
昇降口で靴を脱ぎ捨て、靴下のまま三年の教室に飛び込んだオレに折仲は言う。
どっからきたんだ、その発想は。
「そんな、うまくもないし、もちと、さきが、余ってます」
「そうかあ?」
三年の特別講習ともなると学校も気を使うのか、休憩中の教室は空調が効いていた。
それでも汗と息切れの止まらないオレに、折仲は紙パックのカフェオレを二つ取り出した。自分の分と、オレの分。どんだけ好きなのかは知らないが、折仲の鞄は絶対重い。
椅子に座らせたオレの前の机に腰掛け、パックにストローを刺してくれる。そのついでで、いつの間にか宗広先輩の話になった。
噛んでガタガタになったストローを離し、折仲はふと、記憶を探るように遠くを見た。
「宗広に写真教えたの、おれなんだ。二年でクラス一緒になってさ、何が面白いんだって言うからむきになって。そしたらあいつ、ハマっちゃってさ。上達も早かった」
自分よりうまくなってまいったと、しかし素直に悔しいふうでもなく言った。
「あいつの写真見た? ちょっと凄いよ。才能って、こう言うことだって解るんだ」
「才能なんて、見えるわけない。写真が、好きってだけじゃダメなんですか」
そう言うオレを、腕を組んだ折仲が見る。
「趣味なら、それでいい。……けど、どうかな。宗広が来年どこ行くか知ってる?」
専門学校だとしか聞いてない。首を振ると、写真の学校だと教えられた。
「写真で食って行きたいってあいつは言えて、おれは思えない。それだけだ」
もらった紙パックはもう空になっている。
砂糖の入ったカフェオレを飲んで、甘いはずの口の中が何だか少し苦いと思った。
夜、バイト帰りの宗広先輩をつかまえて、写真を見せて欲しいと頼む。
「あ? 何だ急に」
「カフェオレ先輩が凄いって言うから、どんなかと思って」
「誰だそれは」
ああ、そうか。変なあだ名を付けられたから、まともな呼び方はしないと一人で勝手に決めたんだった。
いきなりまくらちゃん呼ばわりされたことを報告すると、あいつは頭がおかしいからなと先輩は妙に深く納得した。
写真のことをもう一度ねだるが、面倒そうに「そのうち」といなして着替え始めた。背中を向けて、全然相手にしてくれない。
「見たかったのに」
ある意味で折仲を砕いた、才能とやらを。
ふと、着替えを続ける背中に問う。
あの人は、どんな写真を撮るのかと。
「折仲の? ……あいつの写真は……、うん。優しい、だな。俺には撮れない」
宗広先輩は手を止めて、大切に選んだ。優しいと言う、その言葉を。
――おどろいた。こんなことを言う人なのか。どんなふうに? どんな顔で? 見てみたい。見たい。こっち向け。
そう考えていただけで、汗くさい服を投げ付けられた。どうも、何かを察知したらしい。