06 一週間。
夜になって部屋でうつらうつらしていたところを、電話だと宗広先輩に起こされた。
オレは携帯電話を持ってないから、館内放送で呼び出されたようだ。
寮に掛かってきた電話は、寮監が受けて保留している。だから寮監室に行けと言う指示に、寝ぼけた頭をこくこく振って部屋を出た。
時計を見ると、まだ八時にもなってない。だが眠い。やたらと眠い。これが成長期と言うものか。ぜひとも身長に反映して欲しい。
一階玄関脇の寮監室を訪ねると、受け付けみたいな小さな窓から受話器だけを手渡される。
眠気にぼんやりしていたせいか、相手が誰かは考えもしなかった。
「もしもし」
『真樹?』
耳に付けた受話器から、聞こえた返事は父親のもの。
――一週間。まだ、それしか経ってない。
家を離れたばかりだと言うのに、まるで知らない声みたいだと戸惑った。
「戻らないから」
そう言ったことだけは覚えている。
夏休みの間どうするか、聞かれたのだろう。最初から、決めていた通りの答えだった。
ほかにも、いくつか言葉を交わした気がする。でも、よく解らない。気付くと、知らない男に手を引かれて階段を上がっているところだった。
「折仲」
ドアを開け、宗広先輩がおどろいたように呼んだ。それはそうだろう。電話をしに行っただけのヤツが、こんなふうに誰かに連れられて戻ればびっくりもする。
「風呂上りに通りかかったら、相沢さんに送ってやってって頼まれてさ。顔色悪いみたいだし、大丈夫か聞いても返事しないし」
「……すいません」
返事以前に、話し掛けられたことさえ覚えてない。
宗広先輩が折仲と呼んだ人に謝ると、彼は手の平をオレの頭に軽くのせた。
「気分悪いなら、ゆっくり寝ときな」
「そうさせる。悪かったな、折仲」
宗広先輩は引き取ったオレを二段ベッドの下側に押し込み、それから一度部屋を出た。
しばらくして水のペットボトルを片手に戻るが、それは横になったオレの布団に投げられる。
「あ」
「寝てろ」
「すいません」
広い背中に向けた謝罪はどこか上滑りしたようで、相手に届いていないと感じた。
宗広先輩は黙り込み、二段重ねの寝床とは逆側の壁に二つ並んだ机に向かう。高そうなカメラやレンズがごろごろ転がり、ノートパソコンとプリンターまでそろっているのが先輩の机だ。
写真が趣味だと聞かされた時の、意外だと思った印象は今も同じで変わらない。しかし大切に道具を手入れしたり、熱心にカメラをいじる姿は好ましかった。
隣や廊下から声や気配が低く聞こえてくるほかは、静かな部屋の中で考える。
夕食は食べた。風呂はパスして、もう寝てしまおう。
そう決めて、枕元の小さな引き出しから薬を出す。病院で処方された痛み止めは、頭がぼんやりするようで苦手だった。けれども今は、むしろそのほうがいいかも知れない。
「電話、家からだったんだろう」
ペットボトルの水で薬をのどに流し込んでいると、落ち着いた声で先輩が言った。
腰掛けた椅子の背もたれにヒジをのせ、体をよじるようにしてこちらを見ている。その顔から、オレはゆっくりと自分の手の中に目を移した。
よく冷えた水の温度に、自販機は一階にしかなかったと思い出す。ここの寮監はまだ若く、名前は相沢だったと思う。先輩は、あの人と何かを話しただろうか。
「倉持」
父親の電話に動揺したと、悟っただろうか。
「俺は何か、知って置いたほうがいい事はあるか」
「オレのせいで」
考える前に、言葉がこぼれた。
オレのせいで? 自分の口から出た音が、頭に響いてぞっとした。体が冷えた。
「倉持?」
「……すいません、寝ます。今日はぼーっとしてるみたいだ」
たった一週間だろう。
そんな時間しか知らない相手に、オレはぶちまけたくなってしまった。誰にも明かせず、誰にも話したくなんてなかったのに。
どうして宗広先輩に言ってしまいたくなったのか、自分が一番解らなかった。