46 色々。
自分がいない間に色々あったと知ったのは、翌日のことだ。
階段から突き落としたら、すっきりするかもなー。とは、オレも思った。いや、峰岸の話だ。やらなかったけど。
その代わりみたいに郡司さんが切れて、峰岸を殴った。――と、言うことらしい。
三年生。十一月。この大事な時期に、面倒なことに巻き込んでくれるな。
郡司さんの担任が嫌味まじりに言わなかったら、オレは知らないままだった。
「いや、先生。こいつらに、大事じゃない時期なんてないですよ」
そう言って、助けたのは渋谷だ。
オレの担任は教師として、ちょっと変わっているのかも知れない、と思う。
「渋谷! どうしよう。郡司さん、処分とかされちゃうのかな」
「倉持、取りあえず、名前に先生って付けてみようか」
文句を言いながら、教えてくれた。
反省文は提出したが、学校からそれ以上の処分はない。ただ本人が、自主的に謹慎しているらしかった。
訪ねた寮室で床に正座し、コンビニで調達したジャンクフードのつめ合わせをそっと差し出す。そのオレに、ちょっと困ったような表情を見せた。
「おれが勝手にむかついただけだから、倉持に気にしてもらう事ないんだけど」
そう言った顔に、あざがある。唇は切れ、端が赤黒く変色している。完全に殴り合いの痕跡だ。原因はオレ。無理だ。気にする。
コンビニ袋の向こう側で、郡司さんは姿勢正しく正座していた。言葉を選んでいるように、視線を伏せて膝に置いた両手を見る。
「自分のためだった。ずっと悔やんでいる事があったから、何かを取り戻したかったんだと思う。だから、倉持のためじゃないんだよ」
「……取り戻せました?」
尋ねると、郡司さんは一瞬おどろいたように目を開き、それから少しほほ笑んだ。
「後悔は、増えなかったかな」
郡司さんのそばで、石巌川が小さく息を吐いた。その安心したみたいな様子にオレも、悪くないのかなと少し思えた。
しかし、教師や学校がいくら穏便が大好きとは言っても、この処分は軽かった。授業をさぼって学校から逃走したオレも、担任から注意を受けただけで済んだ。
……まあな。あるよな、裏が。
「がんばりました」
顔の横で拳を作り、そう言ったのは生徒会長の梨森だ。十月の終わり頃から着物は寒いと言い出して、最近は普通に制服を着ている。
和菓子と抹茶の礼を言いに、生徒会室に足を運んだ。だけの、つもりだった。しかしその中でオレはつい、もやもやしたものを思い切ってぶつけてしまった。
「……梨森さん、疑問なんですけど」
「はいはい。何かな、まくらちゃん」
「生徒会の意見で、職員室の決定が変わるとか……あるんすか」
「それは、ほら。ね、旭」
「そうですね、会長。色々と、手を尽くせば」
尽くしたのか。何を、どう。
うっかり追及してしまいそうなのを、ぐっとこらえる。副会長の笑顔が、とんでもなく美しい。絶対ろくなことじゃないはずだ。
重い息を吐きながら生徒会室を出るオレに、旭さんが言った。
「そうだ。君からも、楠野に礼を言って置いてくれるかな」
「楠野さん? いいですけど、どうしてですか?」
「昨日、楠野の彼女に倉持君を探す手助けをして貰ったんだよね」
――末吉理保子。何を、どう。
うっかり追求しそうになる自分を、必死でおさえた。
数日が経っていた。
会ったのは、偶然だと思う。オレを視界にとらえた瞬間にはっとして、気まずそうに目を揺らす。あっちは避けていたのかも知れないと、その態度に思った。
「魚住」
呼ぶと、相手は明らかに動揺した。
「お前は、前のままでいいよ。母親がいないから、事故にあってるから、嫌いじゃないなんて言うのは、何もかもどうでもいいって言うくらい、ふざけた話だと思うよ」
嫌いなら嫌いでいいと言ったら、また怒られるかも知れないと思った。
だけど魚住は少しの間オレを見て、それからただ「解った」とだけ言って返した。
色んなヤツがいる。学校には。どこにでも。
自分を受け入れるヤツも、そうでもないヤツも。好きなヤツも、嫌いなヤツも。
そのことを、オレはやっと解った気がする。