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45 ぼろぼろ。

「親父さんと話してて、思ったよ。早く大人になりたくて、もう充分大人になれるつもりで、だけど全然ガキなんだ。俺達は」

 何を言おうとしているか、今度は解った。

「殺したんじゃない。生かされただけだ」

 言われたくない言葉だった。

 オレのせいだと責められたかった。

 だけどそれはどうしてか、胸の中にしみ込んだ。

「うちの父さんってね、結構適当なんですよ。服とかその辺にあるのを何でも着ちゃって、しわとか全然気にしないんだ。母さんがいないと……母さんがいないから」

 そうしたのはオレなのに。

 一生絶対好きだって、一目で解るくらい大事な人を死なせたのに。父さんは、どうしてオレを許したのか。

 解らない。解るわけがない。

 だけど宗広先輩の声になってしみ込むものが、胸の中でひどく熱い。心臓からどくどくと血と一緒に送り出されて、やがてあふれた。

 それがやっと流せた涙だと、気付くまでに時間が掛かった。目を閉じてあえぐように吐き出す息が、嗚咽みたいに少し震える。

「酷い事なんか、何もなければいいのにな」

 呟く声は、静かだった。

「馬鹿な事して馬鹿みたいに笑って、それだけで過ごせればいい。でも、そうじゃない。だから、俺達は、一人なんかじゃないんだろ」

「……卒業するくせに」

 目蓋を開くと、カメラがこちらに向けられていた。その後ろに、真剣な顔。

「卒業したら、最初からいなかった事になるのかよ。俺は」

「ならないです」

 涙が止まらず、ぼろぼろこぼれる。なのにその確信は、薄くオレを笑わせた。

「ならないですよ」

 どうしようもない何かを閉じ込めるみたいに、宗広先輩がシャッターを切った。


「怒ったか?」

 宗広先輩がそう聞いたのは、帰りのバスの中だった。

 確かに、オレの知らないところでどんな話をしていたのかは気になる。けど父さんがこの人を信頼したと言うことは、ちょっと笑えるくらいに納得できた。

 でもそれを、今は正直に言いたくない。

 ぼろぼろに泣いたのなんか、久しぶりだ。人前ってなったら、もしかすると幼稚園以来じゃないかと思う。さすがに気まずい。

「まあ、多少」

 軽い嫌がらせのつもりで言うと、隣に座った先輩の体がぎくりとしたように固まった。

「文化祭の時、俺が親父さんを送っただろ? あの時、アドレス交換した」

 父さんがきてると知って、会いたくないと先輩に言った。あれを聞かれていたらしい。

「真樹がわがままを言うのは珍しいから、甘えてるみたいだとか言われて……。何かちょっと、悪い気はしなかった」

 宗広先輩は追いつめられると、人間が素直になるようだ。オレが問うまま何でも答えるその姿に、お姉さんたちに勝てない理由がよく解った。

 完全に手の平で転がされ、父さんと連絡を取り合っていたらしい。電話の回数が増えたのも、様子がおかしかったのもそのせいだ。

 靴下が行方不明になる寮内ミステリーを明かしたところ、あの大量のハイソックス事件につながったとやがて先輩は告白した。

「……宗広先輩。いい加減にしないと、その内に責任感で死んじゃいますよ」

「別にそんなんでやってねぇよ」

「じゃあ、何ですか?」

「こっちからちゃんと連絡取ろうと思ったきっかけは、お前の例え話だな」

 ――オレが人を殺したって言ったら、どうします?

 文化祭が終わった夜に、そんなことを先輩に言った。例え話にしてたけど、あの時は……。いや、理由なんかないな。甘えただけだ。

「すいません。あんなこと、オレ……」

「謝るな。あれは、正直焦った。何も言えなかった自分にな。誰かに相談したくなって、考えたら、話せるの親父さんだけだった」

 だったら。と、唐突に思った。

 だったらこの人が、母さんのことを知ったのはいつだろう。父さんはいつ、話したのだろう。いつから、この人は待っていたのか。

 バスがガタガタ揺れるたび、隣に座った先輩とオレの膝が少しぶつかる。その距離の近さに、めまいのようなものを覚えた。

 いつもこんなに近くにいて、どうして気付かなかったのか。

 先輩は、全部知ってて待っていた。オレが話すのを。自分から言うのを。全部解って、チャンスをくれて、待っていた。

 あとはただ、オレが信じるだけだった。

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