41 楽しかった。
「真樹、荷物」
届いていたと、宗広先輩が段ボールを抱えて戻ってきた。
「すいません」
「実家からみたいだな」
広くない寮室で、戸口までむかえに行った足元に箱が置かれる。立ったまま、ぼんやりそれを見下ろした。
確かに、送り主は父さんの名前だった。そりゃそうだ。ほかに、オレに荷物を送るような人はいない。
十分後、届いた段ボールと向き合って正座したオレは周りをぐるりと囲まれていた。
「なんで開けないんだと思う?」
「まぁ、倉持君の荷物だから。槻島が急かす事じゃないだろうけど」
背後で、寮長と副会長がひそひそと話す。その横に困り顔で並んでいるのは石巌川で、さらに隣は郡司さんだ。
「あの……」
体をねじって後ろにいる人たちを見ると、もっと後ろから声がする。
「開けてやれ。中に食い物がないか、ハイエナが狙ってるぞ」
宗広先輩は机の上にヒジをのせ、頬杖みたいに拳にあごをのせていた。体を少しこちらに向けて、それで椅子が少しきしんだ。
「え、まじすか」
「槻島はね」
「旭だってついてきたじゃん!」
さらっと自分を売った副会長にわめく横で、ぶんぶんと首を振っている二人は無実だろう。石巌川は槻島が引っ張ってきて、郡司さんはそれを追ってきただけだ。
妙なプレッシャーに背中を押され、箱を封じたガムテープをはがす。
中身は、大体が冬物の服だった。
その中に埋まるように、地元の銘菓がいくつか出てきた。高校生が好みそうな物ではないが、一人や二人で食べるには多い。どうも、誰かに配れと言うことらしかった。
「倉持くん、ボクほんとに……」
「いや、どうせ石巌川には持って行ったよ」
困り果てた顔で遠慮する石巌川に菓子を押し付けていると、槻島が急に声を上げた。
「倉持、大変だ! これを見てくれ」
言われるままに目を向けると、両手に何かを持っている。それは透明の袋に入った、白くて長い――。
「ハイソックス。沢山入ってるねぇ」
副会長までが箱を覗き込んで言うので、オレも慌てて確かめた。まさか。いやいや。でも、うわあ。ほんとにいっぱい入ってる。
「あの人は……、高校生の息子を何だと」
「いや、倉持。これは意外に行けるかも知れない。ちょっと待ってろ。誰かにブルマ借りてくる! 二枚!」
誰がそんなものを持っているのか。そう突っ込む余裕すらない。借りてくる、でオレが服をつかみ、二枚! と言ったところで郡司さんが槻島の肩を押さえた。
「離せ、離せよ! ハイソックスにブルマは世代を越えた男の夢じゃないか……!」
「その夢を後輩で叶えようとするのが、槻島らしいところだよね」
副会長はほほ笑みを浮かべていたが、完全に見下して言っている。
やばい。自尊心が崩壊しそうだ。オレ悪くないのに。
ぎゃあぎゃあ騒ぐ槻島が、軽く蹴られた。バランスを崩した背中をぐっと踏まれ、ぐえ、と喉から変な音が出る。足と床の間で潰れてやっと、おとなしくなった。
「……宗広さーん。これは、ないですって」
「黙れ変態。人の部屋で騒ぐな」
足の下からの苦しげな抗議は、聞くつもりがないらしい。宗広先輩は槻島を踏んだまま、オレに向けて手を突き出す。
「どっちがいい?」
手には、柄も何もない封筒とハガキ。
「何ですか?」
「荷物が届いたら、礼くらいするだろう」
そう言うものか。
携帯を持たなくなって、メールを使えなくなったのが不便だった。話すのは緊張する。でも、そうか。手紙でいいのか。
先輩の手からハガキを受け取ると、床の上で槻島が反省のない声を上げた。
「倉持。ハイソックスありがとうございましたと、ぜひ一筆書かせてくれ」
この人、一貫性だけはあるな。それ以外は何もないけど。
廊下に放り出される槻島に、また何か言って追い討ちを掛ける副会長。郡司さんと石巌川は困ったみたいに笑い合い、興味を失った様子で中に戻ってくる宗広先輩。
楽しかった。――だから、間違えた。
最初から、そんなはずはなかったのに。大丈夫ってつもりになって、忘れたような気になって。オレは、間違えてしまった。