40 判明。
女たちの追及を逃れるためなら、先輩は結構何でもやる。
今日判明したその事実を消化するのに、時間が掛かった。
頭を抱えたまま夕食を終え、風呂を済ませ、それぞれのベッドに納まった。そして枕元の電気スタンドを消そうとしたところで、はっとする。いや、ダメだろ。
「知らない女の子はともかく、家の人にまで付き合ってるとか言っちゃまずいんじゃないですか」
家庭に持ち込むと、男子校のノリでは済まなくなる可能性がある。
二段ベッドの下の段に寝転んで、オレが見上げる天井は上の段では床板だ。そこには先輩が寝ているはずで、唐突な問いに答える声はやっぱりその上から聞こえてきた。
大丈夫だ、と。自信ありげに先輩は言う。
「うちでは皆、お前を女だと思ってる」
「先輩、それ全然大丈夫じゃないです」
何でそんな危ない橋を、自信たっぷりに渡れるのか。
大体、あの写真をどう説明したんだろう。
先輩が家族に見られたと言うのは、折仲が撮った文化祭の時のあれだ。あんなウェディング的なドレスを普段着にする女は、まずいない。それか、その女には友達がいない。
いや、何よりも。いつも眉間にしわを寄せ、不機嫌な顔しかできないこの人がどんな顔で。どんなふうに、オレと真剣交際などと。
考えていたら、何だかおもしろくなってくる。うひひ、と笑い声をこぼしてしまい、さすがに先輩を不審がらせた。
「だから、説明しようとはした」
オレの疑問に、宗広先輩はそう答える。
自分から言ったことはない。相手が勝手に勘違いして、こっちの話を聞いてくれない。面倒になって、つい肯定してしまう。
「付き合ってくれないのは、やっぱりまくらちゃんが恋人だからですか?」
まず、そう問う女子高生に。
「ここに写ってるのって、もしかして恋人? 真剣に?」
次に、姉たちに問われて頷いた。
うわー、バカー。完全に、ろくでもないほうへ流されてるな。
「ほんと、お姉さんとかに弱いんですね。意外です」
「そうか?」
「何て言うか……。先輩って、ずっと先輩って感じがしてて。昔からここにいて、生まれた時から先輩みたいな気がしてました」
何だそれはと、あきれたみたいな声がする。
「で、この先もずっとここにいるのか? 卒業させろよ」
「ですよねー」
そう言ってオレは、うまく笑えたと思う。
意外だったけど、それなら解った。自分で言い出したわけじゃないのか。
「まくらちゃんとか、絶対言いそうにないですもんね。先輩」
その辺に納得していると、返事がない。
枕元にあるスタンドは、そんなに光が強くなかった。一部を照らし、あとは段々と夜の暗さになじんで消える。
普段よりぼんやりと狭い視界の中で、見上げた低い天井がぼそりと呟く。
「そうでもない」
「言うんすか!」
「うるさい」
思わず声のトーンが上がったオレを、叱り付ける。そうだな。もう、消灯時間だ。ボリュームには注意しよう。
先輩がうるさがったのは、それじゃないって気もするが。
見えないはずだったけど、目を輝かせたオレの好奇心が伝わったようだ。ぼそぼそと話す声は、しぶしぶ、としか表現できない。
「ミスコンのあと、お前をあぁ呼ぶ奴が増えただろ」
「まくらちゃん?」
「……それ。無意識に聞いてるらしくてな、倉持って呼ぼうと思ってるのに、つい」
まくらって言いそうになる。
そう聞かされた瞬間、とっさに口を押さえて吹き出しそうになるのをこらえた。どんだけ影響されやすいんだと声を出さずさんざん笑って、ああそうかと解った気がする。
何か言いたげにこっちを見るのに、口を閉じて黙ってしまう。寝ぼけて「ま――」と、言い掛けたのはこれだったのか。
「別にいいですよ、呼んだって」
「言えるか。馬鹿」
おもしろいけどなあ、オレは。
ま。ま――、か。思い付きで、聞いてみる。
「先輩、オレの名前知ってます? 下の」
「真樹?」
「そうですよ」
「そうか」
そうなりました。




