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39 こじらせました。

 実家の用事は終わったらしい。二段ベッドの上側で、宗広先輩が爆睡している。

 同居人が戻ったとも気付かず眠るそばへ、オレはそっと忍び寄る。ベッドの柵にあごをのせ、夕方の薄暗い中で観察すると先輩はいつもとちょっと違う。

 右手を伸ばして頬に触れると、手の平がちくちく細かに刺された。

 おお、じょりじょり。ブショーひげ。

 どうせなら、こう言う男に生まれたかった。

 でっかい体で、凛々しい顔立ち。余裕ある優しさ。ちょっと放置でこのブショーひげ。

 うらやましい。オレにないものばっかりだ。

 そんなことを考えながら熟睡中の頬をじょりじょりしてると、携帯が鳴った。

 オレじゃない。オレは携帯を持ってない。買った時の標準設定から変えてないみたいなこの着信音は、宗広先輩の携帯電話だ。

 それが布団の上にある。横になった大きな体の、肩の辺りで着信に画面を光らせている。

 ……そりゃ、起きるよな。

 ぼんやりしながら目を薄く開いた先輩は、オレを見付けてふと唇を動かした。

「ま――」

「え?」

 聞こえず、問い返す。するとそれで目が覚めたみたいに、眠たげだった顔がはっとした。

 しまった。寝ぼけてる間に逃げればよかった。今からでも一応、と思い可能な限りそっと手を引いてみる。余り意味はなかったが。

 先輩は何か言いたげに開いた口を一度閉じ、眉間のしわを指で押しながら電話に出た。

「……そうですか、解りました。いえ、こちらこそ。それじゃ、はい。失礼します」

 きっちりとした言葉づかいで会話を終えると、先輩はスイッチを探して電気を付けた。

 暗かった部屋がぱっと明るくなった瞬間に、自分の肩が反射的に震えたのが解った。椅子の上で背中を丸め、膝を抱いてびくつくオレを見下ろして言う。

「で? 寝込みを襲うのが趣味か、お前は」

「……人聞き! おそってないっすよ!」

 反論すると、通話の切れた携帯が頬にぐりぐりと押し当てられた。

「だったら何だ、さっきのは」

「ひげがっ、ひげがうらやましかっただけで……!」

 この悲痛な叫びを、どう受け取ったのか。先輩はオレの頬をぷにぷにつまむと、それから頭をがっしりつかまえ自分の顔を近付けた。

「ぎゃー! 変態!」

 ざりざりざりざり――。

 短いひげが生えた顔を思い切りすり付けられて、オレは大根おろしの悲哀を知った。

 くそー。こっちが一年だからって、いつまでもやられっ放しだと思うなよ。いや、一年だからって別に気を使った覚えもないけど。

 帰ってきた時に床に置いたままの鞄を拾うと、オレは中からクッキーの包みを取り出した。もらい物だ。くれたのは、末吉理保子。

 今朝、突然現れた彼女は当然のように楠野と一緒だった。めでたく付き合うことになりました、と言う報告と一緒にお礼のクッキーを受け取って、複雑な気分になった。

 すぐそばで副会長がおもしろそうに笑っていたのは、末吉の噂を聞いていたからだろう。

 まあ、無理もない。あの女はおかしい。

 彼女の手紙に、愛の言葉は一切なかった。て言うか、言葉がなかった。名前とフリーのメールアドレスだけを書いて寄越して、諜報部員の手口だと学校中の話題をさらった。

 そんな女に連絡を取った、楠野の勇気。どうかもと思うが、賞賛は惜しまない。

 しかしそんな女である末吉は、オレこそが変だとあきれ顔で言い切った。

「挙動不審で当然よ。だって恋人と一緒の部屋だなんて、私でも悩ましいと思うわ」

 そうして聞かされた話を踏まえ、オレは蛍光灯に白く照らし出された寮室で証拠でも何でもないクッキーを先輩に向けて掲げる。

「文化祭以降急増した女子からの告白を、――悪いけど、オレまくらちゃんと付き合ってるから……。とか言う恥ずかしい嘘で断ってるらしいじゃないですか!」

「あぁ、あったな。そう言う事も、何回か」

「あっさり!」

 いやいや、ちょっとは悪びれろ。その嘘は、オレの何かを侵害している。

 セリフ部分は声を似せたりした努力もスルーされ、納得の行かない認め方に震撼していると先輩が「それよりも」と顔を曇らせた。

「昨日家に帰った時、荷物に写真が紛れてたらしくてな」

 家族に聞かれた。お前が抱き上げているこのドレスの女は誰なのか、と。……それはまさか文化祭の。折仲撮影の。あの写真か。

「説明しようとはした。したが、色々あって最終的に、真剣交際と言う事になった」

 ならない。普通は。この人も、毒されてる。

「男子校……こじらせましたねえ、先輩」

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