表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/47

38 ミステリー。

 オレの暮らすこの寮には、とある洗濯物ミステリーが存在する。

 今日、その謎の洗礼を受けたのはオレだ。

 洗濯物の入ったバッグを肩に掛け、廊下を歩きながら手に持った靴下を見つめる。洗濯前には左右そろっていたはずが、乾燥まで終わってみると片方だけになってた。

 まあ、寮内ミステリーなんてこんなもんだ。

「そうですね、そろそろ……」

 そんな声がもれ聞こえた。寮室の扉を開くと部屋には宗広先輩が一人だけで、椅子に座って耳に携帯を当てている。

 だから誰と喋っていたのか解らなかったけど、大事な話だったのだと思う。オレが戻ったのを知って、会話は切り上げられた。少なくとも、そう見えた。

「じゃあ、その件は宜しくお願いします」

 携帯の通話が切られると、部屋の中が静かになった。それが何だか居心地悪くて、オレは無意味に靴下をいじる。

「すいません。邪魔しました?」

「いや、終わったところだった」

 こちらを向くと、先輩はあきれたように片眉を上げた。手元の靴下に気付いたらしい。

「だから、全部同じにしとけって言っただろ」

「ええー。だって、こんなになくなるとは思わないですよ」

 バッグを肩から下ろし、唇を尖らせる。

 謎としてはしょぼいが、洗濯物ミステリーは頻繁に起こった。オレもこれで五足目だ。

 靴下は全部同じにして置け。その内に、残った靴下でペアができる。

 ちょっとバカみたいな上級生たちのこの教訓は、今年の一年にも順調にしみ渡っているようだ。今のオレとか。

 十月もなかばになった。

 制服にはブレザーが重ねられ、校内の雰囲気をがらりと変えた。

 胸のポケット部分に校章の刺繍が入った黒い制服は、ちょっと目立つ。これを着た集団がぞろぞろ歩く朝の通学路で、誰かがオレの背中を軽く叩いた。

「おはよう、倉持君」

 制服をきっちり、そして優雅に着こなす旭副会長は今日もきれいにほほ笑んでいる。挨拶を返すと、オレを不思議そうに見た。

「一人? 多貴さんは?」

「さあ。何か、昨日からいないんですよ」

 学校が終わって寮に戻ると、宗広先輩が玄関にいた。あちらはすでに私服に着替え、会ったついでに「今夜は帰らない」とだけ言って出掛けて行った。

 それを聞いて、旭さんは「あぁ」と頷く。

「なら、実家だね。手伝いがあるとか言って、多貴さん月に一度は帰ってるみたいだから」

「……実家」

 学校に向かっていた自分の足が、勝手に止まった。朝の薄青いような空気に冷たく見えるアスファルトが、落とした視線の先にある。

 実家。実家か。お姉さんと、妹がいるって言ってたっけ。ご両親のことは聞いてないな。

 先月はどうだったか。夏休みの間に外泊があったのは覚えているけど、アルバイトだと思ってた。手伝いで毎月帰るって、先輩の家はどんなことをしているおうちなんだろう。

 立ち止まったオレに気付いて、副会長が振り返る。

「倉持君?」

「……宗広先輩のこと、何にも知らないんですね。オレ」

 先輩の様子がおかしい。

 最近、そう思っていた。だけど、本当にそうだったか? そんなことが解る程、オレはあの人を知っているか?

 オレの前では余りしないけど、電話の回数が増えたと思う。

 ふと、何か言いたげに口を開いてこちらを見ていることがあった。どうかしたかと尋ねても、ばくっと口を閉じて黙ってしまう。

 何でもない。そう言う先輩を完全におかしいと思っていたが、本当に何でもないのかも知れない。

「様子が変だと思ってたけど……。ただ、先輩を解ってないだけかな」

 ほとんど、ひとり言のつもりだった。旭さんには聞こえていると知っていたが、この人はなぐさめやアドバイスなんてしないだろう。

 だけど、あきれたみたいに声は言う。

 何を当たり前のこと言ってるの。

「そんなの、恋でしょ?」

 彼女はオレの後ろにいた。

 ピンク掛かった甘いブラウンの制服は、この場での違和感が半端ない。通学路にあふれる黒い上着に囲まれて、一人だけ明るい色の、しかも女子は文字通り異色だ。

 忘れられない顔だった。

「すえきちさん?」

「いや、すえよしだから」

 オレの間違いを即座に訂正する末吉理保子は、合成写真みたいに浮いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=976022547&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ