表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/47

37 女子成分。

 文化祭から一週間が経った頃、それは登校途中に突然起こった。

「まくらちゃん、……だよね」

 オレを呼び止める声は、目の前にいる制服姿の女子高生から出たものらしい。

 ちょっと意味が解らずに、首をかしげる。

 ここは、男子校だ。男子校の、校門前だ。ホルモンバランスの悪い思春期男子が見渡す限りにあふれている、そう言う場所だ。

 男のみの校内が他校の女子と言う女子で埋め尽くされる奇跡の二日間は、つい先日、男たちの夢や妄想と共に幕を閉じた。だから、こんな所に女子がいるわけがない。

 ああ、まぼろしか。

 女子成分が欠乏し過ぎて、ついにオレもこのレベルまで達したか。

 周囲に集まり始めた男子たちも、この結論に到ったらしい。オレたちは「なるほど」と一様に頷きながらその女子を見た。


「一つ訊くけど……倉持君は、ばかじゃないよね?」

 昼休み。二年の教室までわざわざ訪ねてきた後輩に、これはない。

「その顔で言われると通常の二倍傷付くので止めてもらっていいっすか、旭さん」

 手の中の写真から視線を上げて、旭副会長は優しくきれいなほほ笑みを浮かべた。まるで、かわいそうな子を見るかのようだ。

「これは楠野くすのだね。隣のクラス」

 生徒会データベースである旭さんの情報通り、写真の生徒はすぐ隣の教室にいた。

 自分の席に着き、うつらうつらと軽く船をこいでいる。いい気なものだ。そんな日常が、今日で終わりを告げるとも知らずに。

 ククク、と笑いたいのをぐっとこらえ、教室の入り口から楠野を呼んだ。

 ――ひれ伏せ! そんな勢いで、オレは四角い封筒を男に突き付ける。

 十月になって、ぐっと秋の気配が深まった。

 自分が校舎の裏手に呼び出された理由を、ひんやりとし始めた風に吹かれて彼はやっと理解したらしい。

 薄いピンクにハートマークがプリントしてある封筒は、解りやすいラブレターだ。

 あっけに取られたような顔で楠野は目の前のそれを見つめ、周囲からは地響きのような低いうなり声が生まれた。

 いや、待て。周囲って何だ。

「バカだなー、倉持。ラブレターなんか預かるなよ。預かっても、渡さずに捨てちゃえよ」

 ひどいことを平気で言って、あきれた顔でオレを見る。その槻島に、オレもあきれた。

 うなり声の正体は、校舎の陰に隠れていた二年生たちだった。大体は楠野のクラスメイトだが、隣のクラスにも関わらず、まざっているのは槻島寮長と副会長だ。

「旭さんまで。何やってるんすか」

「うん、あのね、面識のなかったまくらちゃんに急に呼び出されて手紙渡されて、凄くびっくりしてるところに実は女の子から手紙預って来ただけって言うオチが付いた時、人間ってどんな顔するのかなって言う、興味?」

 人として、いかがなものか。

 発言内容はそう思わせる。だが胸の前で両手を合わせ、知的好奇心に目を輝かせてほほ笑む副会長は特に今日、美しかった。

「何か……すいません」

 受け取った手紙で顔を隠し、うつむく人にオレはとりあえず心から謝った。

 つまり、副会長が最初に「ばかじゃないよね?」とオレに聞いたのもこのせいだ。槻島と同じく、別のヤツへのラブレター預かるなんてバカじゃねーの、と。

 オレも最初は、預かるつもりじゃなかった。めんどうだったし、朝、彼女がオレに声を掛けた時点では相手の名前さえ解らなかった。

 楠野のことは、文化祭で知ったらしい。でも、名前も知らない相手のどこが好き? そう尋ねると、優しいところだと彼女は言った。

 優しくない男には、生きている価値もない。だけど優しい男なら、愛するだけの意義がある。そう言い切る末吉理保子すえよし りほこのハードボイルドさに、オレはちょっと震えたのだ。

 て言うのは、きれいごとで。

 名前も学年も解んなきゃ探せねーよと主張するオレに、末吉は楠野の盗撮写真を扇のように広げて見せた。その大量の犯罪証拠にまずドン引きし、犯罪も恋心で包めば素敵な愛のメモリーですけど何か、みたい感じで言い包められた。

 ……そんなの、逆らえるわけがないだろう。

「オレ、女には一生勝てない気がします」

 夕食を食べながら、ふっとそんなことが口からこぼれた。宗広先輩は眉をひそめたかと思うと、自分のプリンをオレのトレーにのせてくれた。

 姉二人と妹一人に挟まれて育った。そのことが、この人に高校受験で男子校を選ばせた理由だったとこの夜知った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=976022547&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ