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35 最後の。

 寮に戻ったのは、門限ぎりぎりのことだ。

 徒歩三分の夜道を一緒に急いだ寮生たちと廊下で別れ、自分の部屋にたどり着く頃には色んな疲れで体が重たくなっていた。

 ドアを開けるついでみたいに、重たく大きなため息がこぼれる。意外そうな声が言った。

「あれ、まくらちゃん。知らなかった。そんなに落ち込むほど優勝したかったんだ」

「違います!」

 どうしたら、そんな誤解を生めるのか。

 寮室でオレをむかえたのは、私服に着替えた折仲だ。いや、宗広先輩もいる。しかしそっちは机でノートパソコンに向かったまま、同室生の帰宅には目もくれなかった。

 宗広先輩は、ミスコンの件でかなり話題になっていた。逃げたのは知っていたが、さっさと寮に戻っていたのか。

「部屋にくるの、珍しいですよね」

 言いながら、折仲の近くに腰を下ろす。

「ああ、宗広に頼まれてさ。写真のデータ持ってきた」

「写真?」

「文化祭の写真。こんなの欲しがったこと今までないから、ちょっと意外だったけど」

「コピーできた。悪かったな」

 パソコンからメディアカードを抜き取って、椅子の上から手渡して言う。その宗広先輩を、床に座った折仲が見上げた。

「宗広も、さすがに今年は感慨深いだろ」

「感慨? 何の」

「花嫁略奪とか」

「……折仲」

「そうだ。これ、まくらちゃんの分」

 折仲は思い出したように言って、取り出した封筒をくれる。受け取る直前、宗広先輩が「受け取るな、後悔するぞ」と警告したが、そんなの余計に見たくなるだけだ。

 封筒の中身は写真だった。そして、忠告は正しかった。その写真を見て、オレは逆にちょっと笑うくらい後悔している。

 写っているのは、オレと宗広先輩だった。ただしオレはベール付きの白いドレスに身を包み、先輩はそのオレを抱えて全力疾走しているところだ。

 そうか。はた目には、こう見えていたか。

「これは……あれですね。完全に、結婚式場から花嫁さらって逃げてますね」

「そうなんだ。こんなの見たら、写真に残さなくてはと言う使命感が芽生えてさ」

 そんな使命感は、いらん。

 オレがそう思うのと同じタイミングでため息をついた宗広先輩の机の上には、やっぱり同じ封筒があった。

「最後の文化祭で、こんなの撮れるとは思わなかった」

 満足げにそう語る折仲の顔は、一仕事終えた男のものになっていた。ような気もする。

 しかしそのセリフに、一瞬きょとんとしてしまった。当然のことを、いまさら思う。

「……そっか。先輩たち、三年生か」

「何だと思ってたんだ、お前は」

 解らない。

 候補になって、宗広先輩と同室になった。それから、ほかの候補者の同室生ともよく顔を合わせたりして。オレには比較的、三年生の知り合いが多い。

 考えてみれば当然なのに、だから、かえって思わなかった。宗広先輩も折仲も、もうすぐオレを置いて行く人たちだ。

「まくらちゃん?」

「石巌川、どうすんだろ」

 座った床の上に視線を落としてぼそりとこぼすと、オレの顔を覗き込んでいた折仲が不審げに眉を歪めた。まあ、唐突だったけど。

 あんなに仲のいい二人でも、あと半年でばらばらだ。……そう言うのって、何か。解らないけど。どうしようもない気分になる。

 あんなに――。と思うのは、今日のことがあったせいだ。制服をつかんだ石巌川と、少し苦そうにほほ笑む郡司さん。

 知りたくなった。

 詮索されるのは嫌なのに、人のことは気になるなんて勝手なものだ。そんなふうに思いながらも、オレは同じ部屋にいる二人の三年生を見た。

「……香川か」

「そっか……。一、二年は知らないよな」

 二年前にミスコンで優勝した、香川と言う生徒を知っているか。

 尋ねたのはオレなのに、宗広先輩と折仲は呟くように言って互いを見た。

 どうしてだろう。その顔が、郡司さんに似ていると思う。少しだけ、苦しいみたいな。

「三年なら、誰でも知ってる。嬉しい話題でもないだろうがな」

 宗広先輩は椅子の上で腕を組み、難しい顔をして言った。それに、折仲が頷く。

「転校したって話だったけど、誰も信じなかったな。ほとんど辞めさせられたみたいなもんだって、みんな知ってたから」

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