33 ポーカーフェイス。
二日間の文化祭が、ついさっき終わった。
各教室ではあと片付けだか打ち上げだか解らない騒ぎになっていて、うちの教室も当然そうだ。
集まった生徒はクラスも学年もごちゃごちゃで、逆に姿の見えないクラスメイトも多かった。今は学校全体がこうだから、みんなどこかではこの騒ぎに参加してるだろう。
「ちょっといいかな、倉持君」
何気ないようにそう言うと、副会長はオレを教室から連れ出した。
静かな場所――と言っても、人がこない廊下の端だが。そこでこちらを見下ろした顔に、少し、違和感があった。
笑っているわけではない。眉をひそめているわけでもない。かと言って、無表情と言うのとも違う。それでも、だから、今日の副会長はどこか変だ。
「穏便に、と言う事になった」
「穏便、ですか」
まあ、そうだろうな。
峰岸の話だ。すでに生徒でもないあいつの処分を、学校側は「穏便に」と決めた。
正直、そんなに期待していなかった。今日、峰岸の身柄を預けた時点で、学校側が介入するだろうと何となくは思っていた。
寮長と副会長だ。この二人の立場で、報告しないわけにも行かないだろう。そして学校と言うのは、穏便と言う言葉が大好きだ。
仕方ないとオレは思うが、副会長は不満を抱いているようだった。……いや、違うか。不満、ではない気がする。
何なんだろう、これは。
背の高い相手を見上げてよくよく考えると、今日、この人はずっとそうだったと思い出す。ピリピリして、余裕がない。
きれいな顔は何も教えてくれないが、ふと、瞳の陰が深いと思った。
「旭さん。実は今、落ち込んでるでしょ」
何となくだ。何となく思い付いた瞬間に、声になって口からこぼれた。
空には夕日の色が残っていたが、もう屋内には届かない。暗くなった校舎の中に誰かが付けた蛍光灯がまたたいて、嘘くさい程に明るく照らした。
人工の白い光の中で、整った顔が心底おどろいたようにオレを見る。
「顔に出てたかな」
ポーカーフェイスには、自信があるのに。そんな事を呟いて、首をかしげる。
やった。見破ってやったぜ。
「心がないみたいな事は、良く言われるんだけどね」
「確かに。旭さんは、本心見せないですからね。だけど、見えないから、何もないってことにはならないです」
好きでもないんだと思う。解ったようなことを言われるのは。だけど副会長はオレをとがめず、少しだけ悲しむような笑い方で言う。
「あの直前、騒ぎがあっただろう?」
「あー。何か、白い煙は見ましたけど」
文化祭の客と写真を撮った直後。金田と、人ごみの中に立ちのぼる白煙を見た。
「あれは、個人的な嫌がらせでね。……困らせたくて、文化祭を壊したかったそうだ」
「もしかして、やったの女の子っすか」
個人的。誰に対して? 頭に浮かんだ疑問は、そう形を変えて声になった。直感だ。
それに、頷きで肯定が返される。
夏に交際を断って、どうしても諦めてくれない子がいたのだと。説明されて、ああ、と思う。多分オレ、その現場見てるわ。
短いスカートと、つるんとした足。「どうして」と明らかな非難を帯びる高い声。夏休み、補習を終えて帰る途中でそう言うものを見聞きした。
あの子が、屋台の周辺で消火器の中身をぶちまけたらしい。
しかし、それだけではなかった。この人が落ち込んでいるのは、そのせいだ。
「どうも彼女は峰岸と繋がっていて、最初から騒ぎの間に君を連れ去る計画だった様だ」
……いやいや、そこは繋がるなよ。
復讐に燃える人間は、どこかで響き合ったりするものなのか。
ちょっと頭が痛くなったが、何となく解った。彼女が峰岸と手を組んでいたせいで、オレにまで責任感じてるんじゃないか、この人。
「つなげて考えないで下さいよ。やったヤツが悪いに決まってるんだから、落ち込んだりしないでもらえます? 旭さん解りにくいから、周りが迷惑しますよ。それ」
なぐさめ、と呼ぶには乱暴過ぎるオレの言葉に、旭さんはぽっかりと目を開けて見た。
「……凄いね、君は。会長と同じ事を言う」
何も思ってないわけじゃないくせに、本心を見せなくて周りに迷惑。
あー、確かに。会長なら言いそうだ。
ほめられているらしいが、ごめんなさい。それ全然、嬉しくない。




