表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/47

32 パフォーマンス。

 野谷は手にした大きなハサミで、ざっくりとためらいなくドレスを切り裂く。

「のののののの野谷ー! 何やってんの!」

「ウエスト広げてる。女の理想体型で作ったからな、さすがにそのままじゃ入らない」

 クリエーター恐え。

 自分で作れるものだからか、もったいないとか言う感情は持ち合わせてないらしい。じゃきじゃきと残忍にハサミを入れて、ドレスの背面からファスナーを切り取った。

「先輩、ひまなら倉持脱がせてこの白いの洗ってきてくださいよ」

「あぁ、解った」

 針に糸を通しながら野谷が言うと、宗広先輩が普通に答えた。……解っちゃうのかよ。

 クラスへ戻る金田とは途中で別れ、連れ込まれたトイレの水道でざばざば洗われた。トイレ……トイレか……。まあ、いいけど。

 何となくほこりっぽい布で水分をぬぐわれ、被服室に戻るとまだ背中が切りっ放しのドレスを着せられた。

 針が刺さりそうでスゲー恐いが、この状態で縫い目を閉じることにしたらしい。

 邪魔だと言って、アームホルダーは外された。この衣装には手袋が装備されているので、今日はサポーターも外さなくてはならないだろう。ちょっと不安だが。

 バカだバカだとまだ言い続ける宗広先輩に左手を預け、じっとする間に化粧とベールの装着が済まされた。ヒジの上まである手袋を苦労して着けた頃、野谷が完了の声を上げる。

「よし、できた。靴はこれ履け」

 そう言って目の前に出された白い靴に、オレは何か心がすっと冷えた気がした。

「……野谷、お前何考えてんの?」

「大体、ファッションのことだけ考えてる」

「この靴、何センチヒールか言ってみろ」

「え? 九センチ」

 それが何か? みたいな顔だが、ファッションバカ。

 ちょっとはオレのスキルを考えろ。

 忘れたのか? それとも解っててやってるのか? 五センチで音を上げたんだよ、オレは。リハーサルの時。

「九センチのヒールなんか履いて、動けるわけがないだろバカ!」

 うわああ! 終わったー!

 そんなテンションで叫ぶオレと時計を見比べ、ファッションに関して一切ゆずる気のない野谷は言った。

「これ。会場まで運んでもらっていいですか」

 これ、と指さされたのは当然オレ。

 運んで、と見つめられたのは宗広先輩。

 好奇の視線を無数に受けて、オレはうめく。

「うう。先輩、オレもうお嫁に行けません」

「嫁に行けると思ってたのか、お前は。図々しい奴だな」

 そんなふうに言いながら、宗広先輩はドレス姿のオレを抱えて校舎の階段を駆け下りた。


「あんだけ騒いで、優勝しねえし」

 鼻で笑い、野谷は紙コップを口に運ぶ。

 通常よりもよれよれで小汚さも増しているが、全てを終えた充足感で機嫌はよさそうだ。機嫌がよくても、この毒舌だが。

 二日間に渡る投票のすえ、今年のミスのつきは石巌川修作に決定した。波乱なし。て言うかオレも、石巌川に入れた。

 この妥当な結果を、しかし残念がったのは柔道部の白雪部長だ。打ち上げに大量のから揚げを届けてくれて、自らの無力さを詫びた。

 冗談半分に思っていたが、どうやら実際柔道部の組織票は動いていたらしい。……運動部の統率力って、半端ないな。

「倉持君、パフォーマンス賞だってね」

 そんなことを言いながら教室に現れたのは、執事の格好をした旭副会長だ。いつも通りのきれいな笑顔、に、見えるけど。何だかな。

「いや、あれは宗広先輩がもらったようなもんなんで。オレじゃないです」

「そう? それで、多貴さんは?」

 本来は片付けのために残ったはずが、夕暮れの教室はいつの間にか打ち上げ会場になっている。わいわいと騒がしいその中に、宗広先輩の姿はない。そう、あの人はすでに――。

「逃げました」

 ミスコンはもう始まっているし、抱えた荷物を早く舞台に上げなくてならない。

 内心、焦っていたのだろう。先輩は会場でスタッフに誘導されるまま、ランウェイの先端から舞台に上がって観客を沸かせた。

 ……そりゃ、沸くだろうよ。

 ノリの悪そうな男が不機嫌丸出しの顔で、ドレス着た男を抱えて舞台を歩けばさぞおもしろいだろうとも。人ごとならな。

 その全てが計算だっただとは、ハイタッチして喜ぶスタッフを目撃して気付いた。

 結果、今年のミスコン後半戦終了間際にいきなりパフォーマンス賞が新設され、見事それに輝いたのだ。ほぼ、宗広先輩が。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=976022547&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ