32 パフォーマンス。
野谷は手にした大きなハサミで、ざっくりとためらいなくドレスを切り裂く。
「のののののの野谷ー! 何やってんの!」
「ウエスト広げてる。女の理想体型で作ったからな、さすがにそのままじゃ入らない」
クリエーター恐え。
自分で作れるものだからか、もったいないとか言う感情は持ち合わせてないらしい。じゃきじゃきと残忍にハサミを入れて、ドレスの背面からファスナーを切り取った。
「先輩、ひまなら倉持脱がせてこの白いの洗ってきてくださいよ」
「あぁ、解った」
針に糸を通しながら野谷が言うと、宗広先輩が普通に答えた。……解っちゃうのかよ。
クラスへ戻る金田とは途中で別れ、連れ込まれたトイレの水道でざばざば洗われた。トイレ……トイレか……。まあ、いいけど。
何となくほこりっぽい布で水分をぬぐわれ、被服室に戻るとまだ背中が切りっ放しのドレスを着せられた。
針が刺さりそうでスゲー恐いが、この状態で縫い目を閉じることにしたらしい。
邪魔だと言って、アームホルダーは外された。この衣装には手袋が装備されているので、今日はサポーターも外さなくてはならないだろう。ちょっと不安だが。
バカだバカだとまだ言い続ける宗広先輩に左手を預け、じっとする間に化粧とベールの装着が済まされた。ヒジの上まである手袋を苦労して着けた頃、野谷が完了の声を上げる。
「よし、できた。靴はこれ履け」
そう言って目の前に出された白い靴に、オレは何か心がすっと冷えた気がした。
「……野谷、お前何考えてんの?」
「大体、ファッションのことだけ考えてる」
「この靴、何センチヒールか言ってみろ」
「え? 九センチ」
それが何か? みたいな顔だが、ファッションバカ。
ちょっとはオレのスキルを考えろ。
忘れたのか? それとも解っててやってるのか? 五センチで音を上げたんだよ、オレは。リハーサルの時。
「九センチのヒールなんか履いて、動けるわけがないだろバカ!」
うわああ! 終わったー!
そんなテンションで叫ぶオレと時計を見比べ、ファッションに関して一切ゆずる気のない野谷は言った。
「これ。会場まで運んでもらっていいですか」
これ、と指さされたのは当然オレ。
運んで、と見つめられたのは宗広先輩。
好奇の視線を無数に受けて、オレはうめく。
「うう。先輩、オレもうお嫁に行けません」
「嫁に行けると思ってたのか、お前は。図々しい奴だな」
そんなふうに言いながら、宗広先輩はドレス姿のオレを抱えて校舎の階段を駆け下りた。
「あんだけ騒いで、優勝しねえし」
鼻で笑い、野谷は紙コップを口に運ぶ。
通常よりもよれよれで小汚さも増しているが、全てを終えた充足感で機嫌はよさそうだ。機嫌がよくても、この毒舌だが。
二日間に渡る投票のすえ、今年のミスのつきは石巌川修作に決定した。波乱なし。て言うかオレも、石巌川に入れた。
この妥当な結果を、しかし残念がったのは柔道部の白雪部長だ。打ち上げに大量のから揚げを届けてくれて、自らの無力さを詫びた。
冗談半分に思っていたが、どうやら実際柔道部の組織票は動いていたらしい。……運動部の統率力って、半端ないな。
「倉持君、パフォーマンス賞だってね」
そんなことを言いながら教室に現れたのは、執事の格好をした旭副会長だ。いつも通りのきれいな笑顔、に、見えるけど。何だかな。
「いや、あれは宗広先輩がもらったようなもんなんで。オレじゃないです」
「そう? それで、多貴さんは?」
本来は片付けのために残ったはずが、夕暮れの教室はいつの間にか打ち上げ会場になっている。わいわいと騒がしいその中に、宗広先輩の姿はない。そう、あの人はすでに――。
「逃げました」
ミスコンはもう始まっているし、抱えた荷物を早く舞台に上げなくてならない。
内心、焦っていたのだろう。先輩は会場でスタッフに誘導されるまま、ランウェイの先端から舞台に上がって観客を沸かせた。
……そりゃ、沸くだろうよ。
ノリの悪そうな男が不機嫌丸出しの顔で、ドレス着た男を抱えて舞台を歩けばさぞおもしろいだろうとも。人ごとならな。
その全てが計算だっただとは、ハイタッチして喜ぶスタッフを目撃して気付いた。
結果、今年のミスコン後半戦終了間際にいきなりパフォーマンス賞が新設され、見事それに輝いたのだ。ほぼ、宗広先輩が。




