03 かわいくていい。
オレは背が低い。と言うか、ちっちゃい。
これは昔からのコンプレックスだが、母さんだけはかわいくていいと言ったりした。
しかし、そんなわけはない。オレが気にしないように、ただ当り障りなく言っていただけだ。
ずっとそう思っていたオレに、けれども今、意識改革が迫られている。
転入初日。つまり入寮の翌日だ。
寮を出て学校に着くまで。校門から職員室に入るまで。職員室から教室に入るまで。
オレは何度、かわいいと言う言葉を浴びせられたか解らない。
それは何の呪いかと疑いたくなる頻度だったが、通学途中は宗広先輩が横にいた。そして三十秒置きに、「うるせぇ!」と周囲にキレていた。
そのおかげだと思う。無理に呼び止められたり、つかまったりと言うことはなかった。
もしやあれが、噂に聞く守護神と言うものか。スゲー守ってくれそうだ。ゴールとか。
だから、これから自分が通うことになる教室に入った時はほっとした。一年生ならまだ、男子校の風潮に毒されていないに違いない。
「倉持真樹です」
よろしくお願いします、と。下げた頭を戻すと同時に、そんな期待は消え去った。
どうした、お前たち。
大きな期待を掛けるような、そのキラキラした目は何なんだ。
「持てるか?」
その声に振り返ると、宗広先輩がいた。
返事を待たず、オレの分のトレーを持ってさっさと先に行ってしまう。
昼食に集まった生徒たちで混雑する食堂の中、先輩を追い掛けてたどり着いたテーブルには先客があった。
副会長は相変わらず、花のようにきれいなほほ笑みを浮かべている。その両隣が埋まっていて、片方は槻島。もう片方は初めて見るが、なぜか制服ではなく着物姿の男だった。
その着物の男と槻島が、おどろきの表情で口をそろえて呟いた。
「宗広さんが親切にしてる……!」
「うるせぇ、黙れ。息も止めろ」
ひでえ。
宗広先輩の荒れた空気にすっかり礼も忘れていると、副会長が自分たちの向かいの席を勧めながら問う。
「倉持君、困った事はない? 片手じゃ不便も多いと思うけど」
「あ、大丈夫です。クラスのヤツとか、凄い手伝ってくれて」
吊るした自分の腕を意識しながら、そう答えた。答えながら、ちょっとした疲労感に襲われる。
右利きだから、左手が使えなくてもできることは多い。でも、全てではない。
申しわけない気もするが、手助けは正直ありがたかった。重い物を運ぶ時や、荷物を持ったままでドアが開けられずにいると周囲が自然と手を貸してくれる。
それにオレは、ありがとうと礼を言う。
普通のことだ。しかしヤツらはまるでオレに何かしてもらったかのように、顔をパッと輝かせて嬉しげに笑った。
これは違う、絶対に逆だ。何かしてもらったのは、こっちだろう。
それに今は、七月も半ばだった。一週間もすれば夏休みになる。こんな変な時期に転入して、ここまで即座に受け入れてくれるとは思わなかった。
そうなるとやはり、自分に何が求められているのかを考えざるを得なかった。
「あの、候補のことなんですけど」
「嫌なら断れ」
やっと開いた口を、すぐ横から降ってきた声にふさがれる。宗広先輩だ。
見上げた横顔はどうやら不機嫌なのだと思うが、この人は昨日からずっと大体こんな顔しかしていない。不機嫌も過ぎると、かえって本心が知れないと学ぶ。
そこへ「うわあ」と着物の男が口を挟んだ。
「勝手だ! 倉持くん、まだ何も言ってないのに! 本人の意思を尊重しろとか言っといて、宗広さんが既に無視してるじゃないですか」
聞いて、素直におどろいた。
宗広先輩、そんなこと言ったのか。見かねて食事は運んでくれるわ、自由意志を尊重しようとしてくれるわ、何なんだあんた。
「コワモテの皮をかぶった貴公子か!」
「あ?」
声に出てたか。
どう言う意味かと見下ろす視線をうつむいて避け、オレは定食に付いてきたスープを行儀悪くすすった。