28 腹黒クイーン。
去年のミスコンで優勝を収めたのは、現生徒会副会長の旭さんだと聞いている。あの腹黒クイーンが、一体どんな手を使って全校生徒を上履きで踏み付けにしているのか。
趣味と実益を兼ねた好奇心を刺激され、オレは目を輝かせた。……の、だが。やっぱりと言うか、期待はしみじみと裏切られた。
下らないことをしつこく言ってくる相手には「で、それが僕に時間を取らせるほどの重要な話だとまさか本気で思っている訳ではないよね? と言わんばかりに遥か上から見下ろす様な微笑みを浮べる」とか。
無茶な要求には「愛しい恋人を思い出す様な絶妙な表情で、それはちょっと先約が……とか言って頬を染めながらそっと視線をずらす」など。
梨森から出てくるのは、副会長だから成立する上級者向けの顔芸だけだ。使えねえー。あの人の顔面は、多分セラミックか何かでできている。オレの表情筋では荷が重い。
そんなことを思っていたら、リアクションがいまいちだったらしい。梨森は着物の肩をしょんぼり落として教室を去った。
いや、話としてはおもしろかったけど。
「あの……写真、一緒にいいですか?」
校舎の外でクトゥルー焼き通常版をはふはふと頬張っていると、知らない女子に声を掛けられた。
客や生徒でごった返す中でも、この衣装は見付けやすいらしい。すでに何度か写真撮影を求められ、候補者バブルが発生中だ。
正午になったくらいに握手会が休憩になり、何か腹に入れようとオレは教室の外へさまよい出た。赤字対策に燃えるクラス委員の金田がなぜか、それにくっついてきた。
写真を撮ったあと、礼を言う女子たちに金田はすかさず小さな紙を渡す。個人的なメアドとかではない。うちのクラス名と位置を印刷した、純然たる営業チラシだ。
下心を出してくれたほうが、男子高校生としてまだ健全だ。この男は、一体どこまで利潤を追求すれば気が済むのか。
写真を撮るため、オレたちは人通りの少ない場所へ移動していた。人ごみの中に戻って行く女子たちを見送っていると、知らない内にため息が出る。この状況は何なんだと。
「地下アイドルと悪徳マネージャーみたいだな、オレたち。頼むから変な営業とか取ってくるなよ、金田」
「地下アイドルってなに? 儲かるの?」
オレの呟きに、金田がメガネを光らせてこっちを見る。しまった。何か食い付いた。
て言うかオレも聞きかじりだから、よく知んない。そう説明していると突然、複数の悲鳴がほぼ同時に湧き上がった。
すぐそこだ。慌てて目を向けると、悲鳴が上がった理由が解る。客でいっぱいだった屋台の辺りが、白い煙でもうもうとしていた。
「うっわ。何だあれ」
「さあ……。ちょっと見てくる」
ここからでは、何があったかよく解らない。金田はオレの左手が収まったホルダーにチラシの束を預け、止める間もなく騒ぎのほうへ近付いて行った。大丈夫かよ。
自分の右手にのせた、たこ焼きのトレーを見る。これを買ったオカ研の屋台には、ガスボンベがあった。ほかでも使っている所は多いだろう。事故とかじゃないといいけど。
その中心はちょっとしたパニック状態になっていたが、少し離れた場所からは逆に人が集まって人だかりはどんどん増えた。
誰もがそちらに注意を向けている中で、もちろんオレもそうする中で、背後から伸びてきた腕に体を強く抱きすくめられた。
右手からトレーが滑り落ち、足元でべちゃりと音がした。
オレの肩にあごをのせ、喉の中で小さく笑う。それは男で、オレよりも背が高い。愉悦のにじんだ声が言う。
「ね、付き合ってくんない?」
「……いや、先約があるので」
あ、ここかな。と、ひらめいて、生徒会長から習ったばかりの腹黒クイーンの技を使う。が、そこはあっさりシカトされた。
口をふさがれ、ずるずると引きずられながら反省する。愛しい恋人を思い出すような絶妙な表情と言うものを、今度ちゃんと練習して置こう。
ああ、あと、頬を染めながらそっと視線をずらすのも忘れたな。そう思い出したのは、廃棄寸前の古びた跳び箱に座ってからだ。
グラウンドの片隅にある、用具倉庫だ。汗くさいと言うか、汗が腐ったようなと言うか。とにかく嫌な臭いが充満している。一秒でも早く外に出たいが、この男は平気そうだ。
つまらない、と言うようにオレの足を蹴る。
「ちょっとは騒げよ」
「騒いだら、誰かに聞こえますかね」
「ムダだから言ってんだよ」
嘲笑するのは、私服姿の峰岸だ。




