27 赤字対策。
文化祭二日目の朝、教室に入ると昨日撤去したはずのオレの生写真コーナーが復活していた。しかも商品は一新されて、初日のミスコン会場で撮られた女装写真だ。
その前でライターに火を付けるオレと、慌てるクラスメイトたち。今日をもって担任は、禁煙することにクラス会議で決定した。
あのあと、必死でつかまえた槻島と金田を部屋で接待すること三十分。知らない先輩たちから昼間にもらった大量の差し入れを、これでもかと贈与して誤解を解いた。
いやあ、危ないところだった。残りの高校生活を、根も葉もない噂に食い潰されるかと。
だから、元々オレに用件のあった金田が持ち掛けた提案に、嫌とは口が裂けても言えなかった。全く気が進まないとしてもだ。
「野谷ー、オレを女にしてー」
完全なる棒読み口調で言いながら、被服室の引き戸をガラリと開ける。突然の乱入者を一斉に見て、服飾部の部員たちは手に持った生地や道具を取り落とした。
野谷の手には、鋭い刃を開いたままで裁断用の大きなハサミがぷらーんと引っ掛かっている。それを雑然とした作業台にそっと置くと、オレに向かってきっぱりと言った。
「例えお前と関係を持っても、あの先輩と争うつもりはないからな」
「そのネタ、今日は笑えねえよ野谷」
にこりともせず吐き出されたブラックジョークに、オレはげんなりと肩を落とした。
衣装だ、衣装。あれ貸してくれと手の平を突き出すと、その製作者である野谷は不審そうに眉を歪める。
今日もミスコンの後半戦があったが、それは午後から。今はまだ、午前九時を過ぎたばかりだ。準備するには早過ぎた。
赤字を出すくらいなら、率先してクラスメイトを売る。メガネの奥で真剣な瞳をきりっとさせて、クラス委員の金田が堂々と言ったのは昨夜のことだ。
文化祭一日目が終わった時点で、彼は気付いた。すぐに対策を講じなければ、うちのクラスは大量の商品を抱えたままに終わると。
持ち寄った不用品はともかく、フリーマーケットのために有志で作った商品もある。材料費などの経費は売り上げでフォローしたいが、初日の感じではそれさえ危うい。
そこでだ。と、昨日、膝がぶつかるくらいにつめ寄る金田の目は本気過ぎて恐かった。
「現在こちらで商品ご購入のお客様に、まくらちゃんが握手させて頂いておりまーす。ご利用下さーい」
野球部、と油性ペンで殴り書きしてあるメガホンを手に、売り子が声を張り上げる。
フリマの赤字対策として、金田が提案したのはつまりこれだ。商品購入特典の握手会。
こんなんで何とかなるのかよ、と思っていたが結構お客は多かった。完全に半笑いの冷やかしが教室を覗いて行く中で、ちゃんと買ってくれる客もいる。
在庫の二文字をこよなく恐れる金田の実家は、商売を営んでいるそうだ。よかったな。お前が継げば、家業は安泰に違いない。
「握手はいいからさ、膝枕してよ」
複雑な気分で流れ作業をこなしていると、たまにバカなヤツがいる。それは大体うちの生徒で、しかもなぜか同じ要求しかしない。
黒と赤のびらびらした衣装にアームホルダーを吊るし、オレは右手を差し出した格好で固まる。顔は便利なアルカイックスマイルだ。
まくらちゃんと言う名前に、条件反射でも起こすのか? 膝枕の、何が嬉しい。しょせん男の足だ。冷静になれよお前ら。
どんな言葉でこのバカをバカにしてやろうか考えていると、オレより先にバカの後ろに忍び寄ったさらなるバカが余計な口を開いた。
「まくらちゃんの膝枕は宗広さん専用なのに」
「これ以上オレをややこしくするの、止めてもらっていいっすか生徒会長!」
名付け親の折仲と、あんたしか呼ばなかったまくらちゃんを広めやがったのは誰だ。そのせいだ。膝枕を要求されるのは。
帰れ! と怒鳴るオレにショックを受けた顔を作って、梨森会長が着物の袖で口元を押さえながらよろめいて見せる。
「ちゃんと買ったのに」
男子高校生の手作り感しかない変なストラップを指でつまんで、オレに示す。何だ、客か。じゃあしょうがねえな。
生徒会長の出現にドン引きしていた客と合わせ、ガシガシ握手すると手を振って追い払う。すると梨森は不満そうに口を尖らせ、引っ込めた腕で袂を鳥みたいにぱたぱた振った。
「良い事教えて上げようと思ったのに」
「はいはい。出口はあっちですよ」
「知りたくない? 去年の女装ミスコンクイーン直伝、しつこい相手のあしらい方」
「すいませんでした、会長。浅はかなオレを許して下さい」
そんなのスゲー聞きたいに決まってる。