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26 事実って。

 枕の端に顔を埋めると、オレとは違うシャンプーの香りがした。そのまま「ええー」と、くぐもった不満のにじむ声を上げる。

「お前な……。疑うにしても、もうちょっと気を使え」

「いやいやいや、魂は無理ありますって」

 ちょっといい話みたいなテンションだったところ申しわけないが、でも、しょうがない。

 魂なんて見たことがないし、この体のどこを裂いても探し出せるとは思えない。

 だって人間は、血と肉と骨だ。

 日常会話でまず耳にしない魂って言葉にちょっとした拒否反応を見せていると、宗広先輩は拗ねたみたいに横を向いた。

「うるせぇな、あんだよ。命より大事な相手には、魂に触れたいって思うだろ。……そう言うもんは、絶対どっかにある」

 きっぱりと決め付ける先輩を、オレは枕から顔を上げてまじまじと見た。

 とんでもなく不機嫌に、自分が正しいと言い張る男。……もしかすると、天動説が優勢の頃に地動説を唱えた学者は、こんな顔をしていたかも。そんなことをふと思って、何だか笑いが込み上げてきた。

 人の話を全く聞かない、頑固な学者。確実に学会から追い出されるだろうな。薄暗い部屋で一人孤独にカラカラと地球儀を回す宗広先輩が頭に浮かんで、完全にツボった。

 ただでさえ狭いベッドの中で、オレは先輩の肩に額を押し付け涙ぐみながらひいひいと笑う。

「先生、オレは信じますよ! 学会に復讐してやりましょう!」

 涙をぬぐいながら思わず言うと、かなり奇妙な顔をされる。しまった。飛躍し過ぎたか。

 宗広先輩の言う魂は、きっと心みたいなもののことだ。もしもぐしゃぐしゃに腐ったら、苦しむのはオレだろう。

 ……ああ、そうか。

「それで、先輩は腹が立ってしょうがないくらいオレを心配してくれたわけですか」

 この言い方は、気に入らなかったようだ。起こした上半身をヒジで支え、がっつりとこちらを見る顔がスゲー険しい。

 あーあ、まいったな。

 頭の端で、そんなふうに思う。

 二年も上の先輩を怒らせて、しかもその寝床に潜り込むなんてマトモじゃない。解ってる。だけど、耐えられなかった。怒らせたままでは。背を向けられたままでは。

 理由は知ってる。先輩は優しい人だ。痛いことは言わないし、何だかんだで助けてくれる。まだ今は、それに甘えていたいんだ。

 ……ずるいなあ、オレは。

「止めろ。お前の言い方は誤解を生む」

 責めるように先輩が言った。だが、この人が言うと意味が解らない。外聞の悪い発言なら、確実にあちらのほうが多いはずだ。

「解ってますよ、先輩。素直になれないだけなんですよね。オレ、解ってますから」

「その笑えない冗談、絶対に他で言うなよ」

 ちょっと見たことのない必死な顔で、宗広先輩がオレの肩をつかむ。この辺りから何だか楽しくてしょうがなくなったんだが、テンションって本当に恐ろしいな。

「て言うか先輩、さっきうっかり乙女っぽいこと口走りましたよね。命より大事な相手とか、いるんすか。誰っすか。妄想っすか」

「倉持! お前いい加減に……!」

 寝っ転がったベッドの上で先輩に肩を押さえられ、ヘラヘラ笑う。珍しく動揺する顔を見上げていると、ノックの音が部屋に響いた。返事を待たずにドアが開いて、声がする。

「倉持ー。金田かねだがお前に相談あるー……って言うから連れてきたんだけど取り込み中みたいだから出直すわ」

 槻島寮長は用件を告げる途中から早口になって、さっと顔を逸らす連れと一緒に、そのまま立ち去ろうとした。どうしたのか解らずに見ていると、完全に閉まる直前、細くなったドアの隙間からそっと顔を出して言う。

「正直ジェラシーに燃えてるけど、お前らが真剣なら何もいわねーよ」

「ちょっと待て!」

 それは何の話だ。

 オレと先輩は同時に叫び、同時に飛び起き、そしてベッドの低い天井でかなり激しく頭を打った。……身長差のために、先輩だけが。うおお、とうめいて布団の上に崩れ落ちる。

 そうか、と思った。事実って、大して重要じゃないんだな。問題は見たヤツがそれをどう受け取り、かつ誰にどう伝えるかだ。

 ベッドの中で体を押さえたり押さえられたりしているオレと宗広先輩を目撃した、槻島と金田が。て言うか、金田ってうちのクラスの? クラス委員の金田か。

 大変だ。槻島とは信用のレベルがまるで違う。あの真面目そうな金田に証言されたら、光の速さで大切なものを失いそうだ。主に、オレの評判とか。

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