24 もう一人。
先がぐにゃぐにゃになったフォークをマジックショーの舞台でもらい、知らない先輩たちから差し入れを一方的に渡されながら自分のクラスへと戻る。
フリーマーケットを開催中の教室は、朝よりもガラクタの数が増えている気がした。今日になって、どうにかノルマを達成したヤツが多かったらしい。
「あれ? 倉持」
何で戻ってきたの? みたいな顔でクラスメイトがオレを見る。まあ確かに、手伝いもせずに遊び歩いてはいたが。
「ただいまー。何か途中で色々もらったんだけど、食う?」
「担任に会わなかった? 探してたけど」
「いや、会ってない。何か言ってた?」
ポケットや左腕を吊るした中に勝手に放り込まれた差し入れを、がっさがっさと机の上に出しながら問う。すると、別のヤツが窓から校庭を見下ろして言った。
「渋谷、倉持んとこの先輩と一緒にいるけど」
「オレんとこのって……宗広先輩か」
担任の名前を口にしながら指さすほうを見てみると、確かに、二人が下にいる。しかしそちらに目をやって、オレは思わず息を止めた。いるのは、二人だけではなかったからだ。
もう一人いた。そこに、一緒に。
目だけはそちらを見つめたままで、ゆっくりあとずさりして窓辺から離れる。
何も言わずに教室を出るが、担任の所だとでも思ったのだろう。どこへ行くのかと尋ねる者もいなかった。
ほかの音が聞こえない程、鼓動が激しく鳴っている。心臓が頭の中にあるみたいだ。拍動に急かされ、わけも解らず廊下を進む。
どうしよう。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
――そんなことは、考えたって解らない。なのに熱を持ってどくどくと脈打つ頭には、それ以外は浮かばなかった。
今どこにいるかも解らないのに、最初から知ってたみたいにどんどんひと気のないほうへ行く。廊下に伏せた視界の中で、自分の足だけが焦ったようにせわしなく動いた。
どれくらい経った頃か、ふと、大きな影に視界が陰った。どうして、と思う間もなく全身で壁のような何かにぶつかる。少し打った左手がしびれ、反射的に眉をしかめた。
「悪い。気が付かないとは思わなかった」
よろめいたオレの体を、大きな手がやすやすと支える。上から降ってくるのは、もう耳に慣れた宗広先輩の声だった。
「……どうして、ここに」
「お前を探してた。親父さん来てるぞ」
知っていた。三人で一緒にいるのを、さっき教室の窓から見た。だからむしろ、先輩がこんな所にいるほうを不思議に思う。
「今は渋谷といる。行くぞ」
「嫌です」
自分の口から出てきた言葉に、オレでさえおどろいた。解らない。どうしてこんなことを言ったのか。
当然付いてくるものと、先に行こうとしていた体がゆっくりこちらに向き直る。
「倉持?」
「……すいません」
「謝って欲しいんじゃない。会いたくないのか?」
困ったふうもなく、責めるふうもなく。
ただ本当に意志を確かめるみたいに聞くもんだから、オレはかえって戸惑った。自分の顔が歪むのが解って、慌ててうつむく。
甘えたくなる。それともすでに、甘えているのか。
沈黙を答えと受け取って、先輩はオレの頭に分厚い手を置く。
「なら、どっか行ってろ。探せなかったって、渋谷と親父さんには謝っとく」
「謝るって……宗広先輩!」
どうして、そこまでしてくれるんだ。
さっさと行ってしまう後ろ姿を、考えもなく追い掛けた。角を曲がってすぐの所で、立ち止まった背中に追い付く。
「先輩、あの」
「――真樹?」
熱を持っていたはずが、声を聞くと頭が冷えた。
近くの教室で、書道部の作品展示をしているようだ。人の少ない場所だった。そうでなくてもこの学校に、真樹と呼び掛ける人間はいない。だから。
まだ姿が見えなくても、誰なのかはすぐに解った。深呼吸。先輩の陰から出ると、隠れていたもう一人が視界に現れ、オレは笑う。
……いや、違う。せめて、笑っていると見えて欲しい。そう考えながら、表情を作った。
「急にどうしたの? 父さん」
だが、成功していないかも知れない。
宗広先輩が片目を細めて、疑うようにオレを見たから。




