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23 思春期の主食。

 各クラスが教室で出す店は凝ってるが、部活ごとに出ている屋台もおもしろい。

 焼きそば、おでん、中華まん。ワッフル、クレープ、チョコバナナ。調理部のマカロンは、甘酸っぱいベリー味が絶品だ。

 学校中どこも混雑していたが、制服になればオレが「まくらちゃん」だとはほとんど誰も気付かない。あ、みたいな顔をされたら、急いで逃げればいいだけだ。

 屋台の食べ物を片っ端から制覇していると、無視しがたい地鳴りみたいな声がした。大量に。うおーい、倉持ー。ちょっとこーい。と、手招きするのは柔道部だ。がっちりした男たちが目をぎらつかせ、こちらを見ている。

「……なんすか」

「柔道部名物の唐揚げだ。好きなだけ食って行け」

 腕組みをした白雪が、勇者に剣を与える魔王のように頷いて言う。意味は解らなくても大丈夫だ。オレにも解らない。

 そして出された揚げたての肉は、絶妙な味付けでカリカリジューシー。……神か!

「うわああああ! うめえー!」

 仕方ないんだ。から揚げは思春期の主食だと噂に聞く。逆らえるわけがない。

 思わず叫ぶと、柔道部の部員たちはしてやったりとほくそ笑んだ。

 クイズ大会に盛り上がるグラウンドの横を抜け、ビール箱の上で漫才をしている中庭を通る。二年の教室がある階では、執事カフェに引きずり込まれた。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「旭さん、似合い過ぎます」

 にっこりと出むかえられて、眼がくらむ。

 ベストに懐中時計の鎖を垂らし、丈の長いジャケットを着た旭副会長は完全な危険物だ。これはまずい。ちょっとほほ笑み掛けるだけで、女性客が定期預金を崩し兼ねない。

 教室の中に案内されて、席に着くと槻島寮長がティーポットを持って現れた。ベストに鎖を垂らしているのは同じだが、頭にウサギの耳が付いている。これは何か、別のものだ。

「お帰りなさいませー。紅茶、おごりな。ミルク? レモン? ストレート?」

「あー、すいません。じゃあミルクで。寮長、旭さんとクラス一緒だったんですね」

 慣れた手付きでティーカップに紅茶を注ぎ、槻島は笑って答える。

「うん。今年はあいつと一緒だから、絶対これやろうと思ってたんだよ。本当はホストクラブがよかったんだけどさー、却下された」

「それはよかったです」

 あの人を擁してそんな店を開いたら、自己破産する女性が続出したに違いない。

 副会長は接客せず、客の出むかえと見送りを担当している。それだけで相手に夢見るような顔をさせるのだから、恐るべき才能だ。

 生徒会の仕事が忙しく、副会長をこっちに呼ぶのが大変だとぼやく寮長と少し話して教室を出る。

 ほかの教室も覗きながら歩いていると、人ごみの隙間に折仲がいた。距離は結構あったのに、向こうも「まくらちゃん」と、のん気に手を振る。しかしそれ、今はまずい。

 うちの生徒が何人か、名前に気付く。集まり掛けた視線から走って逃げると、折仲目掛けて勢いそのままに体当たりした。

「カフェオレ先輩、お願いしますよ!」

「ごめんごめん。この名前、ミスコンで使ったって?」

「生徒会長の陰謀です」

「なんだ。気に入ったのかと思った」

 気に入るわけがない。

 そんなことを言い合いながら、脱出ゲームの看板が掛かった角を曲がる。階段を下り、一度外に出て別棟の校舎に入った。すると嘘のように人がいない。

「こっちは展示だけだから、あんまりお客こないんだ。写真部、見てってやって」

「へー、カフェオレ先輩の写真ある?」

「一応ある。けど、見たいか?」

「見たい! 折仲さんの写真は優しいとか言うから、気になってた」

 隣を歩いていた足が、急に止まった。振り返ると、ぽかんとした顔がこちらを見る。

「……誰が? 宗広?」

 おどろいたことに、おどろいた。

「うわー、まずい。聞いてなかったんすか。これ、言っちゃダメだったのかな」

 慌てるオレの頭に、折仲は手の平をのせた。そして少し、解らないくらい本当に少し、切ないように薄く笑った。

 その顔に思う。この人は、どうやって自分を諦めたのかと。

 オレならきっと、ぐちゃぐちゃになる。自分を圧倒する才能に、狂いそうな嫉妬を覚える。宗広先輩を認めたりしない。絶対に。

 なのに、だけど、だからこそ――。

 折仲の写真は、優しい色であふれているのか。

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