18 エンカウント。
放課後、リハーサルの名目で呼び出された講堂はすっかり華やかに様変わりしていた。
何と言っても、最も大掛かりなのはランウェイだ。思いのほか高さのあるステージが、講堂に元々ある舞台の中央から会場を左右に分けるように真っ直ぐに伸びている。
服飾部のファッションショーや演劇部でも使うとかで、かなりきっちり作ったらしい。
そう。だから当然、ミスコンもこの舞台で開催される。
「無理だー!」
「歩くだけだろうが! 靴のヒールも五センチに抑えてやってんだぞ。何が不満だ!」
細長いステージの上にへたり込むオレを、冷たく突き放すのはもちろん野谷だ。
今日は本番の動きを確認するだけなので、衣装は着ていなかった。だから普段の制服に、女物のエナメル靴を履かされた中途半端な状態だ。何だか余計に恥ずかしい。
「お前は見るだけだからそんなことが言えるんだ! 五センチでもかかと高いと足の裏が浮いてる感じすんだって!」
「倉持くん、大丈夫? 一回、ボクと一緒に歩いてみよ?」
見兼ねた石巌川が、そっと手を差し出した。が、それはそれで恐い。ランウェイは充分二人並んで歩ける幅だと説得されても、オレの感覚を信じれば確実に端から落っこちる。
文化祭当日まで、あと三日になっていた。
ステージの完成が予定より遅れ、ミスコン班がリハーサルできるのはこの一回。それなのに、石巌川に手を引かれよぼよぼと徘徊するだけのオレ。
ファッションショーのモデルじゃないし、いいんじゃない。最悪だけど。そう話し合う服飾部員の声がひそひそと聞こえたが、何とかオーケーをもらってリハーサルを終了した。
野谷だけは、最後まで不本意な顔しか見せなかったが。
「やあ、酷かったねえ。まくらちゃん」
セリフのわりに、口ぶりは楽しそうだった。何しにきたんだろう。目にしたばかりの醜態にコメントし、舞台から下りるオレに手を貸すのは着物姿の梨森会長だ。
「ヒマなんですか」
「まさか。仕事。視察。ほら」
実に心外だと言う顔で、会長は自分の背後にいる生徒を指でさす。生徒会の腕章を身に着けた彼をともなって、文化祭の準備で忙しい校内の視察中だと主張した。
しかしそのあとで「生徒会室にいると旭が恐いし」とひとり言みたいに呟いたので、こちらが本当だとオレは信じる。
「悪い、倉持。これ忘れてた。すぐ書いてくれる?」
慌てた様子で走ってきたのは、ミスコン班のスタッフだ。いくつかの項目が印刷された紙をオレに渡すと、急いで別の候補者を探しに走り去った。どうも、急いでいるらしい。
「何だこれ」
「ああ、プロフィール用紙。ここに書いたデータをミスコンで紹介するんだ」
説明する梨森の声を聞きながら、手元の紙に目を通す。
項目はそう多くなかった。エントリーネームや、部活動。身長、体重、スリーサイズ。靴の大きさに、趣味や好きな花。ちなみにエントリーネームの所には、本名の必要はありません。愛される名前を考えましょう。と、小さい文字で書いてあった。
その用紙を衝動的にズボンのポケットに押し込むオレに、梨森が首をかしげる。
「書かないの? 急ぐみたいだけど」
「ちょっと自分を見つめ直したいので、今日はこれで失礼したいと思います」
愛される名前って何だ。スリーサイズは必要なのか。靴の大きさを知ってどうする。
恐ろしい。この学校には、まだまだオレの理解が及ばない文化があるようだ。いや、女装ミスコンも別に理解はしてないが。
靴を突っ掛けて講堂を抜け出し、その辺のことをぐるぐる考えながら目的なく歩く。だからまあ、オレもぼーっとしてたんだけど。
「倉持真樹」
呼ばれて、顔を上げる。そこには同じ制服の男が立っていて、こちらを見ていた。知らないヤツだ。身長はそれ程高くないが、体付きはガッチリしている。
そいつをとらえる自分の視界が、突然ぐるんと回転した。次に見えたのは、青空だ。
「運ぶぞ」
「そっちちゃんと持てよ」
胴上げみたいにオレを持ち上げ、何人もの男たちが体の下で会話している。絶対おかしい。待て待て待て! と叫ぶ声も完全にシカトされ、むなしいばかりだ。
そうして運ばれたのは、畳敷きの柔道場。
気を付けろ。そう言っていた魚住の顔が目に浮かぶ。……あー、これか。ついに、柔道部とエンカウントしてしまった。