17 これが男子校。
オレと石巌川のガチンコ恐喝危機に割って入ったのは、相沢だった。
三十になるかならないかの若い寮監で、印象らしい印象は今日までなかった。普通の人。オレのイメージはそれだけだ。
若干キレ気味の感じで現れた相沢は、しかし実に手際がよかった。
通路からオレたち五人を引っ張り出すと、洗濯室の前に何人かいた生徒の一人を捕まえる。そいつが持ってたビデオカメラを奪い取り、向かった寮監室のテレビにつないだ。
画面に映し出されたのは、暴力を受けるオレと、可憐に涙を流す石巌川だ。
相沢は座った椅子にふんぞり返り、立たされた三人に軽蔑めいた視線を送る。
「言い訳があるなら聞いてやろう」
普通とか言ってごめん。あんた、できる男だよ。
恐喝三人組の主犯格を、峰岸と言った。
オレの腕をガッツリ殴り、最後は頬にビンタまでくれたあの男だ。
吊るした手は、ケガをしてるとすぐ解る。なのに攻撃にはためらいもなかった。あいつは残忍なだけでなく、暴力に慣れていた。
今までも悪い噂のある生徒だったが、決定的な証拠はなかったらしい。被害者も届け出ないと言うから、峰岸は人の痛い場所を突っつくのがうまいのかも知れない。
しかし、だ。
これは偶然か? それ程に隠蔽のうまいヤツが、今回に限ってしくじった。それも証拠映像を押さえられる言う、決定的な形で。
映像を撮ったのは生徒だ。映研辺りが自主映画でも撮影していた可能性も、なくはない。だが、少なくとも今度の文化祭にそんな気合の入った出展物はなかったはずだ。
ではどうして、ビデオカメラなんか持って寮内をうろつくヤツがいたのか。
……思うんだけどさ、あいつ石巌川のストーカーなんじゃねえかな。それか、盗撮魔。
偶然より確率の高そうなこの予想を、しかしオレは心にしまう。許せ、石巌川。これを言うと、証拠の信憑性が下がる気がする。
「お手数をお掛けしました」
補導された子供をむかえにきた父親か?
そう言いたくなるようなセリフでオレたちを引き取ったのは、宗広先輩と郡司さんだ。
寮監室を離れると、途端に息苦しい沈黙に包まれた。それで思い出す。自分が、逃げている途中だったことを。
言い知れない緊張に強張るオレのすぐ隣で、歩きながら宗広先輩は重たげな口を開いた。
「さっきは、悪かった。いつでも平気な顔してて、人当りのいい奴が暗い部屋で膝なんか抱えてるから……ちょっと、びびった」
これは本当に、オレの知ってる宗広多貴か。あの恐い……じゃなくて、過剰な迫力でむやみに人の心臓を縮めさせる、あの人か!
悪かったって何だ。びびったって何だ。
おどろき過ぎて、言葉を失う。
「無理には聞かない。お前が、自分から喋りたくなるような人間になる。必ずなる。だからそれまで、少し待て」
眉をひそめ、宣言した。
その姿に、オレは直感する。ダメだ。これはもうダメだ。慌てて先輩の服をつかむ。
「大丈夫ですか早く寝たほうがいいですよ熱があるならオレの薬あげましょうかそれともいっそ救急車でも呼びますか!」
明らかに動揺するオレを、宗広先輩は少し見つめる。それから疲れたようにため息をついて、指で眉間のしわをぐりぐりと押した。
「シュウ、おれは頼りないか?」
聞こえたのは、郡司さんの声だ。
オレたちの前には背中が二つ、並んで廊下を歩いている。郡司さんと、石巌川。
「候補になれば目立つし、関心を持たれる。良い事ばかりじゃないが、そのためにおれはいる。……どうして、相談しなかった?」
「ごめんなさい……。ボクと同室ってだけで、色々言われてるのに……これ以上、郡司さんに迷惑掛けちゃいけないと思って……」
そしてぐずぐずと泣き出した石巌川に、はっとする。そんなことは知らない。ならこの人も、オレといて嫌な思いをしたのだろうか。
見上げると宗広先輩は腕を組んで考え込んだが、それから全然動かなかった。検索が長い。もしかして、心当たりがないのでは。
「怒ってないから。でも、シュウ。もう二度と、こんな秘密は持たないで欲しい」
そう言って、泣きながら謝り続ける石巌川を郡司さんは抱き締めた。
その二人をすぐ近くから目撃したのが、これが男子校かと戦慄するオレ。と、今日から自己改革に目覚めたらしい宗広先輩。
先輩は、ゆっくりとオレに目を向けて問う。
「あぁ言う事は」
「しなくて大丈夫です」
重要なことなので、食い気味に伝えた。