16 これが噂の。
暴力行為と恐喝に関する描写があります。
ご注意ください。
ああ、これが噂の。
解った気がして、オレはなるほどと手を打った。心の中で。恐そうなの三人に囲まれて、実際にそんな余裕はない。
人より小さい体だと、こう言う時は特に不利だ。にやにやと笑って見下ろされ、それだけで立場の優劣が決まる。
オレが覗いた時、暗い通路にいたのは全部で四人。その内の三人は、どうやら上級生のようだった。中の一人に首根っこをつかまれ、引きずられるまま近付いておどろく。
残りのもう一人はちっちゃくて、雨の中の子犬みたいに震えてる――石巌川だ。
……ああ、なるほど。その顔を見た瞬間、解った気がした。これが噂に聞く恐喝の現場かと、そっと頷きながら納得する。
二人も並べば幅いっぱいの狭い通路に、オレと石巌川は壁に背中をくっつけて立たされた。その左右と正面をぴったり囲み、三人の上級生が逃げ道をふさぐ。
見覚えがあると、正面の男がオレに言う。
「お前も候補だよなあ。なんだっけ、名前」
「あ、覚えて頂くほどの名前じゃないので」
大丈夫です。と言おうとしたら、いきなり腕を殴られた。肩から吊るした左手だ。ビキン、と音がするような痛みが走る。
「いっ……て!」
「倉持くん!」
激しい痛みに体が揺らぎ、壁に体を押し付けないと立ってられない。そのオレを、悲鳴のように石巌川が呼んだ。
「あー、それそれ。クラモチくん」
思い出してすっきりしたと、へらりと笑いながら言う。それが何とも苛つく顔で、よせばいいのに憎まれ口がポロリとこぼれた。
「覚えなくていいっすよ。二度と、会いたくないし」
「こいつ生意気」
横から伸びた手が髪をつかんで、オレの頭をガツンと壁に叩き付けた。痛さより、びっくりする気持ちが強い。こんなこと普通にやれる神経って、どうなってるんだ。
「あんま、怒らせないでくれる? こっちも疲れるからさ」
「倉持くんは関係ないです! お金ならボク、出しますから。やめて下さい!」
石巌川が必死に言って、髪から手を離させた。何も悪くないはずなのに、こちらを見る顔は泣きそうだ。
「ごめんね、倉持くん。でも、倉持くんのぶんも出すから。お金は、心配ないよ」
一度言葉を切り、唇をきつく結ぶ。それから苦しげに吐き出したのは、彼の願いだ。
「だから、誰にも言わないで」
「石巌川?」
「郡司さんに、迷惑かけたくないから」
何だよその理由は。
周りを囲んだ男たちから、バカにしたよう
な笑いが起こる。
「いいコだねえ、ホント。そっちも大人しく言う事聞いとけよ。痛いの、嫌だろ?」
そんなの、当たり前だ。痛いのは嫌だ。殴られるのは恐い。暴力を受けるのは体でも、胸を土足で踏み潰されているみたいだ。
恐いとはこう言うことかと、反省する。
今まで宗広先輩をさんざんそう表現したが、もうやめよう。あの人のは種類が違う。一緒にいると背筋が伸びて、みっともないことはしてはいけないと言う気分になる。
――だから、どうなんだろう。
「なあ、石巌川。迷惑を掛けないって、どうしたらいいんだ?」
できるならオレもそうしたい。でも何が正しい方法なのか、考えてもよく解らなかった。
「金を渡して、何もなかったみたいにすることか? それともせめて、あの人たちに恥ずかしくない行動をするってことなのか?」
問うと、石巌川は目を見開いた。唇が動き、はっと息を飲んだのが解る。
バシン、と、破裂するみたいな音が突然響く。音と同時に痛みを感じ、そのあとから顔の片側だけが熱くなった。
「大人しく金払う事に決まってるだろ」
オレの頬を叩いた男が決め付ける。
自分の身がかわいいし、まあ、オレとしてはそれもありだ。けどなあ。それだとバレた時、スゲー怒られそうな気もするんだよな。
それも嫌だし、どうしよう。そんな気持ちで隣を見ると、石巌川が泣いていた。
「倉持くん……ボク、自分が恥ずかしい」
真実に胸を突かれたとでも言うような顔で、ぽろぽろと涙をこぼしてオレを見る。
……あれっ?
何かこれ、オレがさとしたみたいになってないか。だとしたら違う。違うぞ石巌川。オレ、普通に聞いただけだから。本当に解んなくて、答えが欲しかっただけだから!
誤解を解こうと口を開くが、それより先に激しい声で制止が掛かる。
「全員そこを動かない様に!」