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14 真っ白な。

 ぶはっ、と。

 勢いよく吹き出したのは、真っ白な牛乳。オレの目の前にいたヤツが、それを思い切り顔面に浴びた。

「……わあ、ごめん」

 さすがに悪いと思ったが、吹き出したのはそもそもこいつが変な話をしたせいだ。

 魚住うおずみ。この名前を、最近覚えた。顔からぽたぽたと白い水滴を落とすのは、駅でオレを嫌いだと言い、校舎の階段でやっぱりお前が嫌いだとキレたあいつだ。

 二度も嫌いだと言われたし、もう関わることもないんだろう。そう思っていたら、今日になって三度目があった。

 紙パックの牛乳を買ったのは、野谷への嫌がらせ以外に目的はない。ただ、身長は心底伸びて欲しい。本当に。

 希望を込めてカルシウムを摂取していると、遠くからでも解るくらいに思いつめた顔の魚住がずかずかと早足で近付いてきた。

「倉持!」

「はいはい」

「お前、本当に宗広先輩と付き合ってるのか」

 で、牛乳を吹き出した。

 裁判になったら、オレは多分無罪だと思う。

 十五分もしたら、昼休みが終わる。ちょっと遅くなった昼食を終え、食堂の自販機で買った牛乳を飲みながら教室に戻る途中だ。

 校舎と校舎をつなぐ通路はほとんど外で、一段高くなった足場と屋根だけで壁はない。コンクリートの足元は、落ちた水滴で一部だけが濃い色に変化している。

「本当にって何なの? 付き合ってるかも知れない空気はある前提なの? みんなそう思ってんの? じゃあ何で誰も言ってくんないの? これってオレがおかしいの?」

 どっから聞けばいいか解らないので、とりあえず思い付く端から言葉にしてみた。

 牛乳の飛び散ったカッターシャツの裾を引き出し、がしがしと自分の顔をこすりながら魚住が言う。

「別に付き合っててもいい。俺は関係ないし、個人の自由だろ。そう言うの」

「付き合ってねえ!」

「それより」

 オレの否定は完全スルーで、そして急に声を潜める。

「柔道部には気を付けろ」

「何で?」

「何でもいいから、気を付けとけ」

 気を付けろと言われてもな。柔道部に知り合いはいないし、もめごとを起こした覚えもない。

「なあ」

 自分の言いたいことだけを言って、さっさと立ち去ろうとする魚住に声を掛けた。二、三歩くらい離れた場所で、こっちを振り返ったヤツに問う。

「気を付けろとか、何で言ってくれんの? オレのこと、嫌いなんだろ?」

「……嫌いでも、酷い目にあえばいいとは思わない」

 柔道部とのエンカウントで、どんな目にあうんだよオレは。

 シャツは悪いことしたなあ。牛乳がしみ込んでるせいで、クラスが異臭騒ぎになったらどうしよう。

 そんなことを思いながら、今度こそ逃げるように立ち去る魚住を見送った。

「心配してたけど、仲直りしたんだねえ」

「……いや、そう言うことはしてませんけど」

「今、仲よさそうだったのに」

「そこで何してるんすか、梨森さん」

 通路に近い、校舎の窓が開いている。レール部分にヒジをのせ、一階の部屋の中から生徒会長の梨森がこちらに向けて手を振った。

「ちょっと息抜き。お茶、点ててあげようか」

 お茶。一瞬ピンとこなかったけど、窓枠にのった会長の手には抹茶用の茶碗があった。梨森がいるのは部室のようだ。

「梨森さん、茶道部もやってるんですか」

「まさか。生徒会で手一杯。母親がお茶の先生で、僕もちょっとできるから便利に使われてるだけだよ」

 いやいや。それだけで、わざわざ和服に着替えたりしない。嫌いじゃないはずだと突っ込もうか悩んでいると、会長は、唐突に言う。

「さっきの彼が前に言った事、覚えてる?」

 ふと、深く考えるように。その目はオレではなく、持っている茶碗に落とされている。その中を見たまま、言葉を続けた。

「いい機会だから、ついでに言っとくよ。絶対正しいって事はないけど、彼が言うのも間違ってはいないから。君は少し、それを考えた方がいいかも知れないね」

 梨森が知っているなら、校舎の階段でオレが魚住と二度目に会った時のことだ。

「……どう言う意味ですか」

「何も大事じゃないなんて顔は、少なくとも人に見せるものじゃない」

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