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13 試着。

「まだ治らないのかよ」

 舌打ちしないのが逆に不思議なくらいの凶悪さで、言うのはもちろん服飾部の野谷だ。

「ごめん。牛乳は飲んでたんだけど」

「それは飲むなっつっただろうが!」

 解ってる。今のはわざとだ。

 新学期の放課後、候補たちが再び被服室に集められた。夏休みの間に部員が作った、ミスコン用の服を試着するためだ。

 ブツブツと文句を言いながらも、野谷の手だけはテキパキと動き続ける。何がどうなっているのか解らない、びらびらごちゃごちゃした服を着せられながら不思議に思う。

 忙しく動き回るので解りにくいが、オレより高い位置にあるはずの野谷の頭はいつもぐしゃぐしゃだ。制服だってよれよれで、小汚い。口も悪いし、性格にも問題がある。

 最後に衿元のリボンをふわりと結び、野谷は満足そうにうっすら笑う。

「よし、見ろ」

 そいつが。そんな人間が。どうしてこんな服を作れるのか解らない。

 被服室の壁にある大きな鏡の前に立たされて、思わずポカンと口を開けた。誰だこれは。さっき少しだけ化粧もされたが、どう見ても衣装の効果が絶大だ。

 ゴスロリってヤツだろうか。びらびらごちゃごちゃは実際着ると華やかで、黒に組み合わせた渋い赤が大人っぽい。正直、かわいい。着るのがオレでさえなければ、最高に。

「どうだ? きついとことかないか? あるなら痩せろ」

 無茶な気づかいを見せる野谷に、オレはぼそりと文句を付ける。

「スカート短けえ」

「ふざけるな。普通だ。これがベストだ。サイハイとのバランスも完璧だ」

「これで舞台上がったらケツ見えんじゃねーかよ! こんなハレンチな服は認めん!」

「娘を持った父親か! ファッション業界に生きるなら常識は捨てろ! 魂を売れ!」

「野谷、別に倉持はファッション業界に生きないと思うぞ」

 激しい言い争いを止めたのは、紙パックのストローをくわえて現れた宗広先輩だ。ちなみに、飲んでいるのはカフェオレのパック。

 飲食禁止です! と野谷が怒るのを完全に無視し、新しい紙パックをオレに渡す。

「まくらちゃんに宜しく、だそうだ」

「そんな気はしてました」

 折仲の差し入れらしいカフェオレを右手で受け取り、ついでに逆の手を宗広先輩の肩にのせた。身長差があり過ぎて、ヒジの辺りまでのせるとぶら下がると言うほうが近い。

 これは予想外だったらしい。ギクリとしたように、大きな体が少しだけ揺れる。

「……何だ?」

「いやもう腕が限界で。泣きそうです」

「あぁ、吊るしてないのか」

 ファッション業界に生きる野谷は、どうしても医療用のアームホルダーを許さない。本番と同じでないと試着にならないと、今、左手はサポーターだけだ。

 自分の重さでじわじわ痛んできたオレの腕を、宗広先輩は肩にのせたまま周囲に告げる。

「撮るな。技キメるぞ」

 その声で、電子音がピタリとやんだ。うるさいと思ったら、カシャカシャピローンと携帯電話で写真を撮られていたらしい。

 見ると、いつだったか勝手に撮られるのは困るよねえと言っていた石巌川さえ携帯片手にこちらを見ている。

 そうか、そんなにおもしろいか。でも絶対、お前のほうがかわいいぞ石巌川。

 落ち着いて被服室の中を見回すと、候補はみんな着替え終えている。化粧のせいか衣装のせいか、全員それっぽくなっててちょっとこれは見ごたえがあった。

 集合写真を撮ればいいのに。オレ以外で。

 まだ九月になったばかりで、もう衣装ができているなら文化祭までかなり余裕だ。そう思ってたら、服飾部はファッションショーも企画していて余裕なんてないそうだ。

 だからさっさと場所を空けろと、部員たちは衣装を脱がせて候補者をぽいぽいと被服室から放り出した。

「扱いひでえ」

 シャツのボタンに手間取っていると、野谷に廊下へ蹴り出される。残った荷物を手に持って、出てきた宗広先輩がオレの様子にあきれたような顔をした。

 それから、あっと言う間に整えられる。

 シャツのボタンを手早くとめて、ホルダーで腕を吊るすとえんじ色のネクタイを締める。ズボンのベルトをちゃんと通し、足元に上履きを置いて靴下をポケットに突っ込んだ。

 ……面倒見がいいってタイプではないんだよな、宗広先輩は。

 多分、責任感の鬼ってだけで。

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