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11 やらかしてる。

 鉄筋コンクリートの校舎の中は、嘘みたいにひっそりとしている。

 まだ朝だと言うのに窓には太陽が強過ぎるくらい輝いていて、その反動みたいに屋内は薄暗く沈んで見えた。

 人のいない廊下に、下りる程に影の深い階段に。響いている。しくしくとすすり泣く、オレの声。

 ――まあ、嘘だ。泣いてはいない。

 ただ自分の意思に関係なく、喉から変な音は絶えず出ている。ホラー映画で悪魔に取りつかれた美少女がエクトプラズムと一緒に吐き出すような、不気味な音が。

 だから、よく勇気があったなと思う。自分なら絶対、こんなヤツには近付きもしない。

「……おい」

 階段の踊り場で壁に向かい、うずくまる背中に呼び掛けられた。首だけねじるようにして、背後に立つ制服の男をチラリと見上げる。

 何だ、こいつか。

 そんなふうに思うと同時に、どうして声なんか掛けるんだろうと不思議になった。

「何かされたのか?」

 焦ると言うか、うろたえるような。相手の様子が何だか妙だ。

 首をかしげ、逆に問う。

「何かって、何だよ」

「いや……こんな所でしゃがみこんでるから」

「え、心配してんの?」

 立ち上がったオレの顔には、お前が? 何で? と、書いてあったかも知れない。

 オレの挙動がおかしいのは、一昨日、夕食の時に例の事実を知ってからずっとだ。

 両親がやらかした、と、思われる例の事件。あれが唐突に思い浮かんで、耐えがたい何かが全身を駆けめぐる。するとオレは崩れ落ち、エクトプラズムを発生させることしかできなかった。理屈ではない。そうなんだ。

 この不可抗力イベントを一時間に一回のペースでくり返しているだけだが、しかし、詳しく説明する義理もないだろう。

 そいつは何か言いたげにしていたが、うまく声にならないらしい。開けたままだった口を何とか閉じると、両手の中に顔を伏せて「あー、もう!」とうめく。

「そっちは俺のことなんか気にもしてないって解ってたのに、何であんなこと言ったかな」

 まあ、そう言うもんだろう。

 誰かを嫌いになると言うのは。

 一昨日は本当に色々あった日だと、疲れた気分で思い出す。目の前に立っているのは、あの日、駅のホームでオレを嫌いだと言ったヤツだ。

 考えてみれば、こいつもまあまあやらかしてるよな。

 同じ学校。しかも今は、補習でしょっちゅう顔を合わせる。そんな相手にわざわざ嫌いだと宣言するのは、バカだろう。場合によっては、拳と拳で語り合う展開だ。まあオレは、そうなったら負ける気しかしないけど。

 本人も、この状況を持て余しているようだ。どうやら肩を落としているので、「気にしなくていい」と声を掛けた。

「嫌いなもんはしょうがねえよ。それを、正直に言っただけだろ」

 思いもしなかった。

 何でもない。そんなふうに水に流そうとすることが、人を傷付けるとは知らなかった。

 息を飲んだと、気配で解る。悔しげに歪んだその顔が、どうしてオレをにらむのか理解できずにただ見ていた。

「お前な!」

 大きな声が、階段を通じて校舎全体に響いたみたいだ。そのことに、ぎくりとする。あちらも同じよう思ったらしい。はっとして、体を少し後ろに引いた。

 唇を噛みながら目を伏せて、今度は苦しそうな声で言う。

「そう言うとこが嫌いなんだよ……。一方的に嫌われたら、怒るとかするだろ。普通は。何で、そんなふうに流せんだよ。しょうがないって? 何でだよ。そんなの、どうでもいいって言ってんのと同じだろ!」

「はい、そこまで」

 パンパンと手を打って、オレたちのいる踊り場を生徒会長の梨森が上の階から見下ろしていた。今日もきっちり着ている着物姿に、暑くないのかとぼんやり思う。

「二人とも悪くないのと同じ位にどっちもどっちだから、この辺にして置こうね。補習、これからでしょ? はい、解散」

 そしてもう一度手を鳴らし、さっさと動けとうながした。

「まくらちゃん」

 のろのろと階段を下り掛けるのを呼び止めた。梨森だとは声で解るが、折仲命名のふざけた呼び方が浸透しているとは信じたくない。

 非難を込めて見上げると、意外にも困ったような顔だった。ため息をついて彼は言う。

「君はどうも、旭に似てるみたいだねえ」

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