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10 柔らかな記憶。

引き続き、まねしないでください。


 決まっていつも、嬉しそうに話した。

 だからそれはいつの間にか、オレに取ってもあたたかく柔らかな記憶になった。

 けれどもオレが知る話は、ちょっと違う。男子ではなく、反対側にいる女子の視点だ。

「あのね、あのね、まさちゃん聞いて? あの人ったら危ないの。ホームから線路に下りてこっちにきてね、結婚してっていきなり言うの。絶対一生好きだから、ひと目でそれが解ったから、結婚しようって。お父さんたらそんなこと言うの」

 母はかわいい人だったと、オレでさえ思う。

 ちっちゃい頃は優しい母さんが大好きで、なのにいつから、恥ずかしいと思うようになったのか。罪悪感で胸が痛い。

 そして高校生になった今、オレは、ただひたすら動揺している。

 のつきの生徒は誰でも知ってる駅伝説と、ガキの頃から母親に聞かされ続けたノロケ話がパズルのピースみたいにがっちりはまった。

 ……思うに、多分だけど。ほんと、オレの勝手な予想だけど。もしかすると、うちの両親じゃないかな、これ。

 悲鳴こそ上げなかったけど、内心ではうわあと叫ぶ。食器がのったトレーの中に、ガシャンと頭を突っ込んだ。

 まあ、そんな奇行に走ったヤツを放っても置けなかったのだろう。

 同じテーブルにいた宗広先輩と石巌川の同室生である郡司ぐんじさんが、オレを抱えるようにして食堂から逃げた。好奇心丸出しの寮長をくっつけ、連れて行かれたのは自分の部屋だ。

 米やソースでぐちゃぐちゃになったオレの顔を、郡司さんが湿らせたタオルで拭いてくれる。心配そうな表情に、こちらが困った。

 うう、申しわけない。親切と言うか、面倒見がいい人と同室でよかったな石巌川。

 床に座ったオレたちを見下ろし、「で?」と聞くのは勉強机の椅子に腰掛け腕を組んだ宗広先輩だ。その隣の机には、完全におもしろがるだけの槻島寮長が座っていた。

 何を聞かれているのか、それは解る。

 しかしオレの口から出るのは、「あー、うー、いやー」などと言ったうめき声だ。

 できれば白状したくない。その騒ぎを起こし、みんなが駅で後ろ向かされるのはうちの両親のせいなんです。とは、言いたくない。

 それに、うん。そうだよ。似た話がないとは限んないし、間違いかも知れないよね。

 いや、ねえよ。普段なら否定するくらいの低い可能性に賭け、現実逃避をしていると寮室のドアがノックされた。

「どうも。倉持君が壊れて、面白い事になってると聞いたんですが」

 そう言いながら入ってきたのは、よりにもよって副会長だ。きれいに笑う顔を見て、ああこれは逃げ切れないなと人ごとのように確信した。

 実際、オレの直感は正しかった。

 今までこの手腕を何に使ってきたのかと、尋ねたくなったが知りたくもない。聞き上手と言う言葉では余りにぬるいあざやかさで、副会長に事実をげろりと吐かされた。

「親の出身校も知らなかったのか」

 そしてあきれまじりにバカにされたが、宗広先輩がそう言うのも無理はない。

 転校したいと言うオレに、いくらでもあった候補の中からのつきを選んだのは父親だ。母校だとは聞いていないが、そうではないとも言われてなかった。

 五人もいるとさすがに狭い部屋の中、隅の壁に向かって大きな背中を丸めていた郡司さんが顔を上げた。手に持ったスマホを操作し、通話を切りながら会話の中に復帰する。

「昔の、駅で騒ぎ起こした生徒。顧問が言うには、倉持って名前だったと思うって」

 事実を確認するなら、古い先生に尋ねるのがいい。そう言う話になった時、剣道部の顧問がこの学校に三十年くらいいるはずだと、元部員の郡司さんが電話を掛けた。

「すげえ。本気でやったヤツいたんだ」

 絶対作り話だと思ってたと、寮長が呟く。

 戸口のそばに立ったまま、考え込むように視線を落とした副会長が唐突に言う。

「倉持君、お父さんの名前は?」

 お母さんは? 年は? 実家はどの辺り?

 あ、悪いこと考えてる。

 重ねられる質問に、オレでさえそう気付く。

 だが今は、そんなことはどうでもいい。何もだ。何も、答えることができなかった。両親の名前と年以外、オレは何も知らなかった。

 実家の場所? 解るわけない。両親がこの辺りの出身だと、今回初めて知ったくらいだ。

 口を開けても言葉が出ない。オレが作ってしまった沈黙の中、宗広先輩が不機嫌に問う。

「旭、興味があるのはお前か? 生徒会か?」

「それは結果次第、ですね」

 結果が気に入ればどうするんだと飛び出し掛けたオレの疑問は、やっぱりきれいな副会長のほほ笑みに声にならずに潰れて消えた。

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