こいのぼりが咲く庭
春になったら、ぼくの家の庭にはこいのぼりが咲く。赤や青、黄色に黒や白、カラフルなこいのぼり。
土から伸びた細い茎の先で、ひらりゆらりと泳いでいる。風が吹くたび、気持ちよさそうに踊るんだ。
ぼくは学校で友だちに聞いた。
きみの家のこいのぼりは、もう咲いた?
って。
そしたら友だちは、こいのぼりは咲くものじゃない。飾るものなんだと、ぼくを笑った。まるでぼくがでたらめを言っているバカみたいに。
なんだか悔しくなって、帰ってきてからずぅっと庭のこいのぼりを見つめた。じぃっと、その存在を怪しむように、見つめた。
いつも通り、こいのぼりは気持ちよさそうに漂っている。ぼくの家の庭で、親子そろって揺れている。何もおかしなところなんてない。
「ねえ、お母さん。こいのぼりは、庭に咲くものだよね?」
お母さんは少し困った顔で笑った。
「そうねぇ、うちの家には咲いてるわねぇ」
肯定とも否定とも取れない、曖昧な言葉。ぼくの家のこいのぼりは、やっぱり普通じゃないのかも。
「……枯れちゃえばいいのに……」
庭のこいのぼりなんか、消えちゃえばいいのに。笑われるくらいなら、ぼくも普通がいい。こいのぼりの咲かない庭がいい。それがいい。
その夜。寝る前にぼくは自分の部屋の窓から庭を覗いてみた。月の光に照らされて、ぼんやりと明るい庭。そこにこいのぼりの姿はなかった。
思わず窓のふちから身を乗り出した。あんなに咲いていたこいのぼりが、一匹もいない。胸の奥が少しだけ軽くなって、同時にちくりと痛んだ。
静かだった。こいのぼりが揺れていないから、風が吹いているのかすら分からなかった。それは、なんだか、ほんのり寂しかった。
次の日の朝、家を出て庭に目をやると、昨日の朝と同じようにこいのぼりが咲いていた。ぼくは思わず立ち止まる。
昨日の夜、確かにいなくなっていたはずだった。一匹残らず姿を消していたのに、今は何もなかったかのように、たくさんのこいのぼりが咲いている。
ひどく安心した。胸の奥のトゲが、ゆっくりと溶けていく。
夢だったのかなぁ。
こいのぼりは今、昨日までと何一つ変わらずここにいる。夢でよかった。ぼくは思っていたよりも、この庭に咲くこいのぼりが好きだった。
「昨日はごめんね。枯れちゃえなんて言ってごめん」
こいのぼりに触れる。一匹一匹、声を掛けていく。聞こえてはいないだろうけど、酷いことを言ってしまったから。
ふわり。こいのぼりが揺れる。赤、青、黄色に黒、白、模様のついたこいのぼりが、ぼくの庭に咲き誇っている。
「あっ……!」
ひゅぅっと、強い風が吹き、それに乗ってこいのぼりが散り始める。ひらりひらりと、空を泳いでいく。
親子そろって飛んでいく。まっすぐ空へ向かっていく。まるで最初から、帰る場所を知っていたみたいに。
「……またね!」
こいのぼりに両手を振れば、一番後ろを泳いでいたこいのぼりがくるりと回った。一回、二回。それから尾びれを左右に揺らして、他のこいのぼりの列へ戻っていく。
ぼくは姿が見えなくなるまで、空を見上げた。彼らは何処へ行くんだろう。どんな旅をするんだろう。
庭はしんと静かになった。昨日の夜、あの夢と同じくらい静かだった。
けれど、寂しくなんかない。土にはちゃんと、彼らの温もりが残っている。何処か遠くで、元気に旅をしているだろうから。
────次の春。
庭に出ると、あたたかな風が吹いていた。春の光を浴びて、土の上には顔を出した小さな芽がひとつ。
ぼくはそれを見つけて、ゆっくりとしゃがみ込む。まだひれひとつできていないそれに、そっと。
「おかえり」
春になったら、ぼくの家の庭にはこいのぼりが咲く。おかしな話だろうけど、これは本当だ。
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