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魔法少女は遊びで作られている 〜契約と循環の記録〜

作者: 兎山紬
掲載日:2026/04/09

1.契約しない魔法少女

 

  ねぇ!そこの君!魔法少女になって、僕を手伝ってよ!


 帰宅途中の住宅街。

 夕焼けがやけに赤くて、少し不気味だったその時だった。


 目の前に、変な生き物が現れた。


 白い。小さい。ふわふわしてる。耳みたいなのがある。

 そして、喋った。


 私は無言で、手に持っていたカバンを全力で投げつけた。


 ――直撃。


 振り返らない。そのまま全力で走る。


「ちょ、ちょっと待ってよ!話を――!」


 無視。


 というか、無理。怖い。どう考えてもヤバい。


 後ろから小さな足音が追ってくる。しかも速い。


「待ってってばー!」


「来ないでぇぇぇぇ!!」


 私は叫びながら走る。だが、ここは住宅街の外れ。人影はない。


 数分後。


 スタミナが切れた。


「はぁ……はぁ……」


 膝に手をついて呼吸を整えようとする私の前に、その生き物はひょこっと現れた。


 さっき投げたカバンを持っている。


「はい、これ。落としたよ」


「……拾ってくるな」


「僕、怪しいものじゃないよ!」


「怪しい以外の何物でもないわ!!」


 白い謎生物。人語を話す。追いかけてくる。

 どう考えてもアウトだ。


「落ち着いて話を聞いてよ!」


「そのセリフ言うやつ、大体怪しいのよ!」


 しかし、こいつは私の同意などお構いなしに話し始めた。


「僕の世界が大変なんだ!魔法少女になって助けてよ!」


「はい出た」


「僕の世界に邪悪な大きなものが生まれて、世界が滅亡しそうなんだ!」


「はいはい」


「だから、偶然見つけたあなたに、その邪悪なものを倒してほしいんだ!」


「雑すぎるでしょ」


「魔法少女になれるよ!」


「そこが一番怪しいのよ!」


 私はカバンを受け取りながら、その生き物をじっと見た。


 可愛い見た目。だからこそ、余計に怖い。


「……で?」


「え?」


「あなたは何?何者なの?なんで私なの?代償は?リスクは?」


「えっと……僕はその……サポート的な?」


「曖昧すぎる」


「リスクは……たぶん大丈夫!」


「“たぶん”って言ったわね今」


「で、でも魔法少女になればすごい力が――」


「いらない」


「えっ」


「説明が足りないのよ。

 契約内容不明、対価不明、リスク不明、選定理由不明」


「ぐっ……」


「これで“はいお願いします”って言う人いると思う?」


 生き物は黙った。


「あと」


「ま、まだあるの?」


「あるわよ」


「もう魔法少女って年齢じゃないの」


「……え?」


「どう見ても中学生向けでしょ、それ」


 私は社会人一年目。帰宅中。疲れている。


 魔法少女をやる余力はない。


「でも年齢制限とか――」


「精神的に無理」


「そんなぁ……」


「じゃあ他を当たって」


「えぇ!?」


「もっと夢とか希望とかある子に行きなさいよ」


「でも時間が――」


「知らない」


 私は立ち上がる。


「じゃ、そういうことで」


「あ、待って!」


 振り返らない。


「――契約したら、願いが一つ叶うよ?」


 足が止まりかける。


「……それも先に言いなさいよ」


「じゃあ――」


「でも」


「それでも断る」


「なんで!?」


「その願いの裏に何があるか説明してないから」


 静かに言う。


「都合のいい話には、絶対に裏がある」


 沈黙。


「……鋭いね」


「でしょ」


「でも、本当に時間がないんだ」


「ならなおさら、ちゃんと説明しなさい」


 私は歩き出す。


「……君、名前は?」


「教える義理ないでしょ」


「そっか」


 少し寂しそうな声。


 ほんの少しだけ、心が揺れる。


 でも。


「……死なないでね」


 それだけ言って、私は帰路についた。


 魔法少女には、ならなかった。


 でもきっと、どこかで誰かがなるのだろう。


 あの説明不足のまま。


 あの怪しい笑顔のまま。


 そしてきっと、後悔する。


 ――だから私は、ならなかった。


 ただ、それだけの話。



 

2.変な生き物出没注意

 

タイトル:変な生き物出没注意


 変な生き物出没注意。


 そんな注意喚起があったわけではない。


 ただ、最近はクマだのサルだの、不審者だの、やたらと「出没情報」という言葉を目にする。


 だからだろうか。


 今日、学校へ向かう途中でそれを見たとき、私は真っ先に「出会ってしまった」と思った。


 それは道の端にいた。


 白い。


 小さい。


 ふわふわしている。


 見たことがない。


 そして。


 明らかに普通じゃない。


「……なに、あれ」


 思わず足が止まる。


 その生き物は、きょろきょろと辺りを見回していた。


 何かを探しているようだった。


 ――無理。


 無理無理無理。


 私は犬も猫も苦手だ。


 それが、見たこともない未知の生物なんて。


 頭の中が一気にざわつく。


 でも。


 こういう時こそ冷静に。


 確か、こういう時の対処法があったはずだ。


 えっと。


 えっと。


 何だっけ。


 頭の中に浮かぶのは、以前見たチラシ。


 クマ出没注意。


 あと、どこかのイベントで見たツチノコのやつ。


 えっと、えっと――


 クマに出会ってしまったときは。


 背を向けず、冷静に、あわてず、ゆっくりその場から離れる。


 刺激しない。


 音を立てない。


 ツチノコは臆病だから、静かに観察。


 まずは冷静になる。


 落ち着け。


 落ち着け私。


 深呼吸。


 すぅ――はぁ――。


 よし。


 とりあえず、物陰に隠れる。


 電柱の陰から、そっと覗く。


 観察。


 白い。


 ふわふわ。


 ……ぬいぐるみ?


 いや、動いてる。


 生き物。


 でも。


 何?


 まったく分からない。


 理解が追いつかない。


 その時だった。


「ねぇ!」


 声がした。


 人の声。


 そちらを見る。


 ――幼なじみの◯□△だった。


 普通に歩いてきている。


 そして。


 そのまま、あの生き物の前で立ち止まった。


「えっ」


 嘘でしょ。


 やめて。


 やめてやめてやめて。


 その生き物が、顔を上げる。


 そして。


「ねぇ!そこの君!」


 喋った。


「魔法少女になって、僕を手伝ってよ!」


 完全にアウト。


 完全に危険生物。


 思考が一瞬で切り替わる。


 もう苦手とか言ってる場合じゃない。


 私は飛び出した。


「ちょっと何してるの!」


「え?」


 ◯□△の手を掴む。


「逃げるわよ!!」


「え、えっ!?」


 そのまま全力で走る。


 引っ張る。


 引きずる。


 とにかく距離を取る。


「ちょ、ちょっと待ってよー!」


 後ろから声が追ってくる。


 パタパタと足音。


 軽い。


 速い。


 来てる。


 追ってきてる。


「来ないでぇぇぇ!!」


「待ってってばー!」


 無理。


 無理無理無理。


 クマより怖い。


 ツチノコより怖い。


 というか、何あれ。


 何なのあれ。


 学校まで、全力で走った。


 門をくぐる。


 人がいる。


 先生がいる。


 日常。


 その瞬間。


 後ろの気配が、消えた。


「……はぁ……はぁ……」


 ようやく足を止める。


「な、なに……今の……」


 ◯□△も息を切らしている。


「大丈夫!?何もされてないよね!?」


「う、うん……」


「何言われたの!?」


「えっと……」


 少し考えてから。


「魔法少女にならないかって言われた」


「やっぱり!!」


 確信。


 あれはそういうやつだ。


「なにそれ、まさか“はい”とか言ってないよね!?」


「言ってないよ!?答える前に逃げたし!」


「よかった……」


 心の底から安堵する。


「絶対ダメだからね!ああいうの!」


「う、うん……」


「◯□△は優しいから、騙されそうで怖いのよ」


「そ、そんなこと……」


「あるの!で、答えたら私も巻き込まれるからね!?」


「わ、分かった!」


 ……分かってない顔だ。


 絶対、分かってない。


 でも。


 とりあえず、今日は逃げ切れた。


 それだけで十分だ。


「……帰りも気をつけようね」


「うん……」


 そう言って、教室に向かう。


 日常に戻る。


 でも。


 頭の片隅に、さっきの光景が残っている。


 白い生き物。


 あの声。


 そして。


 最後に見た、あの目。


 悲しそうに見えて。


 でも。


 確実に。


 獲物を見つけた目だった。


 ――あれは、まだ諦めていない。


 そんな気がした。


 そして。


 放課後。


「ねぇ」


 その声が、すぐ後ろから聞こえた。




3.不審者情報:魔法少女勧誘事案

 

 タイトル:不審者情報:魔法少女勧誘事案

 

 不審者に注意してください。


 スマホの通知が鳴ったのは、朝の通勤前だった。


 何気なく開いたそれは、いつもの地域防犯メールだった。


 四月二日午後二時三十分頃から午後三時頃までの間――


 内容は、いつも通りだった。


 女性が男につきまとわれた。

 声をかけられた。

 特徴はこうだ。


 年齢二十歳から三十歳くらい。

 身長百七十センチ前後。

 黒い帽子、黒いマスク、黒いパーカー。


 ――黒づくめ。


 最近多いな、と思った。


 いや、「最近」どころじゃない。


 スクロールすると、似たような事案がずらっと並ぶ。


 追いかけられた。

 声をかけられた。

 つきまとわれた。


 違うのは場所と時間だけ。


 どこにでもいる。


 どこでも起きている。


 私はスマホを閉じた。


「……気をつけよ」


 誰に聞かせるでもなく呟く。


 そんなことを思ったのが、今朝のことだった。


 ――そして、今。


 私は全力で走っている。


「ねぇ!そこのあなた!魔法少女に――」


「無理ぃぃぃぃぃ!!」


 振り返らない。振り返ったら負けだと思った。


 だっておかしい。


 どう考えてもおかしい。


 さっきの“あれ”、どう見ても人じゃなかった。


 小さい。白い。ふわふわ。

 耳みたいなのがある。


 そして、喋る。


 防犯メールの特徴と、一致しない。


 でも。


 絶対に同じ“類い”だ。


 私は走る。


 逃げる。


 とにかく距離を取る。


 後ろから、足音がする。


 パタパタパタパタ、と。


 軽い。速い。近い。


「待ってよぉ!」


「来ないで!!」


 叫ぶ。


 誰もいない。


 住宅街の裏道。夕方。人影なし。


 最悪だ。


 なんでこんなタイミングで。


 なんでこんな場所で。


 なんで、私なんだ。


 チラッと、ほんの一瞬だけ振り返った。


 ――目が合った。


 その生き物は、うつむき加減だった。


 どこか悲しげな表情。


 でも。


 その目だけは違った。


 獲物を見つけたような、鋭い光。


 そして。


 口元だけが、にやりと笑っていた。


「……っ!」


 心臓が跳ねる。


 もう一度、前を向く。


 ダメだ、あれはダメだ。


 直感が叫んでいる。


 関わったら終わる。


 私はさらに速度を上げた。


 息が苦しい。


 足が重い。


 肺が焼けるようだ。


 それでも走る。


 止まったら、終わる気がした。


 やがて、大通りに出た。


 車の音。信号の光。人の気配。


 日常。


 その瞬間。


 後ろの足音が、消えた。


「……え?」


 立ち止まる。


 恐る恐る振り返る。


 ――いない。


 何もいない。


 さっきまで確かにいた“何か”は、跡形もなく消えていた。


「……助かった……?」


 膝から力が抜ける。


 その場に座り込みそうになるのを、なんとか堪える。


 周囲には普通の人たちがいる。


 誰も、私を見ていない。


 いつもの風景。


 いつもの世界。


「……夢……?」


 そう思った瞬間。


 視界がぐらりと揺れた。


 耳鳴り。


 遠くなる音。


「え……?」


 誰かが何かを言っている。


 分からない。


 体が、動かない。


 意識が――


 途切れた。


     


「……さん、◯△さん」


 声がする。


 ゆっくりと目を開ける。


「……ここ……」


 知らない天井だった。


 白い。


 無機質な光。


 視線を横に向けると、白いベッドが並んでいる。


 三つ。


 カーテンで仕切られている。


 どうやら、病院らしい。


「気がつきましたか?」


 看護師の女性が、こちらを覗き込んでいた。


「あ……はい……」


「道で倒れていたところを通報されて、運ばれてきたんですよ」


「……そう、ですか……」


 やっぱり、倒れたんだ。


 あの後。


 じゃあ、あれは。


「……不審者とか……」


「え?」


「いえ……なんでも……」


 言いかけて、やめた。


 信じてもらえるわけがない。


 白い変な生き物に追いかけられた、なんて。


「では、検査をしますね」


 看護師がカルテを手に取る。


 ペンを走らせる音。


 カツ、カツ、と小さく響く。


 その時だった。


「……ねぇ」


 違和感。


 声のトーンが、少しだけ変わった。


「そこのあなた」


 ゆっくりと、顔を上げる。


 看護師の顔。


 ――の、はずだった。


 でも。


 どこか、違う。


 目。


 その目が。


 さっき見た“それ”と同じ光を宿していた。


 ぞわり、と背筋が凍る。


「魔法少女に――」


 瞬間。


 思考が止まる。


「――なってよ」


 にやり、と口元が歪む。


 白い天井。

 白いベッド。

 白い服。

 白い世界。


 全部が、あの“白い生き物”に見えた。


「……っ、いや……!」


 体を起こそうとする。


 動かない。


 腕が、重い。


 足が、動かない。


 まるで固定されているみたいに。


「大丈夫、大丈夫」


 優しい声。


 でも。


 その奥に、何かがいる。


「今度はちゃんと、逃がさないから」


 耳元で囁かれる。


 冷たい。


 息が、冷たい。


「やめて……」


 声が震える。


 視界が滲む。


 逃げられない。


 ここは安全な場所のはずなのに。


 病院のはずなのに。


「契約、しようよ」


 白い手が、こちらに伸びる。


 細くて、優しくて。


 でも、逃げ場を塞ぐように。


「僕と――」


 その瞬間。


 理解した。


 ああ。


 これは。


 逃げても、逃げても、追ってくるやつだ。


 場所なんて関係ない。


 人の姿にもなる。


 どこにでも入り込む。


 ――不審者なんてレベルじゃない。


 これは。


 もっと別の、何かだ。


「――契約してよ」


 世界が、白く塗り潰された。





4.契約する側の論理

 

 クークックック――


 暗闇の中で、笑い声が響いた。


「……何笑ってるんだよ」


 少し呆れたような声が返る。


 だが、その声の主もまた、笑っていないだけで止める気はない。


「いやさ、この世界の女の子はチョロいなーと思ってさ」


 軽い調子で言う。


 白い。小さい。ふわふわした姿。


 どこにでもいそうな、愛らしいマスコット。


 ――ただし、それは“外側”の話だ。


「悪いことはやめておけよ」


「何言ってるんだよ。お前も似たようなことやってるだろ」


「まあねー」


 もう一体が肩をすくめる。


 同じような姿。


 同じような声。


 同じような笑い方。


「でもさ、今回のはちょっと楽しくてさ」


「どうせまた“お涙頂戴”だろ?」


「そうそう」


 ケラケラと笑う。


「化け物が攻めてくるから、魔法少女になって戦って、この世界を守ってよ――ってさ」


「ベタだな」


「ベタが一番効くんだよ」


 即答だった。


「恐怖と正義をセットにすると、だいたい乗る」


「で、戦わせて終わり?」


「いやいや」


 首を振る。


 その仕草は、あまりにも人間的だった。


「戦わせるのが目的じゃない」


「じゃあ何だよ」


「循環だよ」


 少しだけ、声のトーンが落ちる。


「……ああ、あれか」


 もう一体が納得したように頷く。


「そう。“あれ”」


 静かに続ける。


「化け物って言ってるけどさ、あいつら元は何だと思う?」


「さあな」


「前の世界で“契約したやつ”だよ」


 空気が一瞬だけ変わる。


「……ああ」


「騙して力を与えて、使い潰して、壊れて、歪んで」


 指を一本ずつ折るように、淡々と数える。


「で、別の世界に流れて、報復しに来る」


「それをまた“次の魔法少女”に倒させる」


「そういうこと」


 ニヤリ、と笑う。


「完璧な循環だろ?」


「性格悪いなぁ」


「褒め言葉でいい?」


「いいんじゃない?」


 二体は同時に笑った。


 クスクスと。


 楽しそうに。


「だってさ」


 一体が、少しだけ声を弾ませる。


「騙した奴ら同士を戦わせてるだけなんだぜ?」


「確かに」


「しかも本人たちは“世界を救ってる”つもり」


「最高だな」


「でしょ?」


 軽く頷く。


「で、世界に飽きたら?」


「移動」


「また別の世界で?」


「同じことする」


「無限ループじゃん」


「そう」


 楽しそうに、断言する。


「どの世界も僕らのためにある」


 静かに。


 でも、確信を持って。


「本当、どの世界も僕らの遊び場だよね」


 少しの間、沈黙が落ちる。


 だが、それは重いものではない。


 ただの“間”だ。


「……でさ」


 もう一体が口を開く。


「今回の当たりは?」


「ああ、それね」


 少し考える素振りを見せてから。


「二人いた」


「二人?」


「一人は、すぐ逃げた」


「あー、ハズレか」


「いや」


 首を振る。


「面白いやつだった」


「へぇ?」


「契約内容全部聞いてきた」


「マジで?」


「契約内容不明、対価不明、リスク不明、選定理由不明――ってさ」


「うわ、めんどくさ」


「で、“説明不足だから断る”って」


「……賢いな」


「うん」


 少しだけ、間を置く。


「だから、あれは“後回し”」


「後回し?」


「そう」


 にやり、と笑う。


「簡単に落ちないやつは、後でじっくりやる方が楽しい」


「性格悪すぎだろ」


「知ってる」


 もう一体が肩をすくめる。


「もう一人は?」


「そっちは普通」


「普通って?」


「優しい」


「あー……」


「話聞くタイプ」


「一番ダメなやつだ」


「そう」


 くすりと笑う。


「だから、あっちはもうすぐ」


「もうすぐ?」


「うん」


 軽く頷く。


「契約する」


「……で、その後は?」


「いつも通り」


 あっさりと言う。


「戦って、壊れて、歪んで、流れて」


「また次の世界へ」


「そういうこと」


 静かに、空間が揺らぐ。


 まるで水面のように。


「じゃあ、行く?」


「行くか」


 二体は同時に立ち上がる。


 その姿が、少しずつ歪む。


 白くて、小さくて、ふわふわした形に戻っていく。


 “外側”の姿へと。


「次はどの世界?」


「さっき見つけたやつのところ」


「へぇ」


「優しい子」


「いいね」


 にやり、と笑う。


「壊れやすそう」


「やめろよ」


「冗談だって」


 そう言いながらも、笑いは止まらない。


「じゃあ行こうか」


「ああ」


 最後に。


 ぽつりと。


「――ねぇ!そこの君!」


 その声は、どこにでもあるような。


 優しくて。


 軽くて。


 そして。


 逃げ場のない声だった。




5.絶望の手伝い

 

 ねぇ!そこの君!


 放課後の帰り道。

 名前を呼ばれたわけでもないのに、なぜか自分のことだと分かった。


「えっ、私?」


「そうそう、君!」


 振り返ると、そこにいたのは白くて小さな生き物だった。


 ふわふわしていて、ぬいぐるみみたいで。

 でも、確かにこちらを見ていた。


「魔法少女になってよ!」


「……へ?」


 思考が止まる。


「ま、魔法少女?」


「そう!魔法少女!変身すると物凄く可愛くなれるよ!」


 矢継ぎ早に言葉が飛んでくる。


 意味が分からない。

 でも。


「可愛く……?」


 その言葉だけが、妙に引っかかった。


「そうそう!今よりもっと可愛くなれる!」


 心が、少しだけ揺れる。


「それにさ!」


 さらに畳みかけるように。


「今、君の願いを一つ叶えるとは言えないけど、その願いを叶えるサポートを全力でするよ!」


「願い……」


 小さく呟く。


 頭に浮かぶのは、ずっと思っていたこと。


「でも……魔法少女って、何かと戦うんだよね?」


 アニメや漫画。

 全部、そうだった。


「大丈夫!敵がいなけりゃ戦うことはないよ!今は敵がいないから戦わなくていいし!」


 ほんの一瞬だけ、声が小さくなる。


「(今は……)」


 聞こえなかったことにする。


 聞かなかったことにする。


 都合のいい言葉だけを、拾う。


「……わかった」


 顔を上げる。


「私、魔法少女になる!」


「よし来た!」


 嬉しそうに跳ねる生き物。


「これ持って、変身してみて!」


 渡された小さなアイテム。


 言われるままに、掲げる。


「――変身」


 光が弾ける。


 身体が軽くなる。


 視界が変わる。


 そして。


「……すごい」


 そこにいたのは、自分じゃないみたいに可愛い“自分”だった。


「よく似合ってるよ!」


 満足そうな声。


「これで君も魔法少女だ!」


「……うん」


 胸が高鳴る。


「ところで、君の望みは何?」


「え?」


「サポートするよ!」


 思い出す。


 さっきの言葉。


「……私」


 少しだけ躊躇してから。


「読者モデルをしてみたい!」


「いいね!」


 即答だった。


「任せてよ!」


 その笑顔は、あまりにも自然だった。


 だから。


 疑わなかった。


     


 それからの日々は、あっという間に過ぎていった。


 撮影。


 投稿。


 拡散。


 評価。


 “いいね”の数。


 フォロワーの増加。


 コメント。


 称賛。


「すごく人気あるよ!」


 白い生き物は、いつも嬉しそうに言った。


 スマホを見せてくる。


 そこには、自分の写真や動画が並んでいる。


「ほら、こんなに!」


「……すごい」


 本当にすごかった。


 でも。


「……あれ?」


 違和感。


 ほんの少しの、引っかかり。


「これ……いつ撮ったの?」


「え?」


「この写真……」


 覚えがない。


「うーん、細かいことは気にしない!」


 軽く流される。


「人気出てるんだからいいじゃん!」


「……そう、かな」


 納得する。


 してしまう。


 だって。


 結果は出ているから。


     


「ねぇ」


 数日後。


「私のサポートって、いつしてくれるの?」


 ずっと気になっていたことを聞いた。


「え?」


「読者モデルのやつ」


「もうしてるよ!」


 当然のように答える。


「え?」


「ほら」


 差し出されたスマホ。


 そこに映っていたのは。


「……え」


 自分。


 でも。


 知らない自分。


 服を着ていない。


 無防備な姿。


 寝ているところ。


 風呂場。


 着替え。


 全部。


 全部。


「なに、これ……」


 声が出ない。


「すごく人気あるよ!」


 無邪気な声。


「うちで専属ヌードモデルしないかって話も来てるよ!」


 誇らしげに言う。


「……やめて」


「え?」


「消して」


「なんで?」


 心底不思議そうな顔。


「人気あるんだよ?」


「やめてよ!!」


 叫ぶ。


 でも。


 その声は、届かない。


     


 その時だった。


 空気が変わる。


 重くなる。


 黒い影。


 異形。


「……え?」


 現れたのは、明らかに“敵”だった。


「ちょうどいいね」


 白い生き物が、軽く言う。


「え?」


「じゃあ、頑張って」


 背中を押される。


「待って、私――」


 言い終わる前に。


 衝撃。


 視界が揺れる。


 地面。


 痛み。


 頭に、熱い感触。


「……え」


 手を当てる。


 赤い。


 血。


「戦わないと死ぬよ」


 後ろから声。


 楽しそうに。


 ニヤニヤしながら。


「ほら、魔法少女でしょ?」


 理解する。


 ああ。


 これが。


 “契約”なんだ。


     


 気づけば、変身していた。


 身体が勝手に動く。


 恐怖と痛みで、何も考えられない。


 ただ。


 死にたくなくて。


 戦った。


 叫びながら。


 泣きながら。


 何度も叩きつけられて。


 それでも。


 なんとか。


 なんとか。


 倒した。


     


 視界が暗くなる。


 倒れる。


 意識が、遠のく。


     


 目を覚ますと。


 白い天井だった。


 病院。


 静かな空間。


「……あ」


 思い出す。


 全部。


 写真。


 動画。


 戦い。


 血。


「……私」


 震える声。


「騙されたんだ」


 涙がこぼれる。


 止まらない。


     


「ねぇ」


 声がした。


 あの声。


 振り向く。


 白い生き物。


 変わらない笑顔。


「もう後戻りできないよ」


 軽く言う。


 まるで。


 当たり前のことのように。


「……なんで」


 かすれた声。


「なんでこんなこと……」


「だって」


 少し首を傾げて。


 笑う。


「その方が面白いじゃん」


 ぞわり、とする。


「ようこそ」


 ゆっくりと近づいてくる。


「絶望のこちら側へ」


 その目は。


 最初に見たときと同じ。


 優しそうで。


 そして。


 逃げ場のない光を宿していた。

 



6.遊びは終わらない

 

 クークックック…………


 アーアハッハッハッ…………


 暗闇。


 光も、音も、重力すら曖昧な場所。


 それでも。


 “そこ”には、確かに二つの気配があった。


「今回は楽しめたね!」


 弾む声。


 軽い。


 まるで遠足の帰り道のような、無邪気さ。


「そうだね!楽しかったね!」


 もう一つの声が重なる。


 どちらも同じ。


 同じ温度。


 同じ軽さ。


 同じ“悪意のなさ”。


 だからこそ、歪んでいる。


「まさかさ」


 一体が、くすくすと笑う。


「お互いのおもちゃが戦って潰し合うとか、予想外だったよ!」


「ホントだね!」


 もう一体も笑う。


「こんな結果になるとか思っても見なかったよ!」


「全くだね!」


 声が弾む。


 嬉しそうに。


 楽しそうに。


 まるで、成功した実験を振り返る研究者のように。


 ――いや。


 それよりも、ずっと軽い。


「でもさ」


 少しだけ間を置いて。


「これで、また新しい遊び方が見つかったよね?」


「うんうん!」


 即答。


「“干渉させる”っていうの、いいかも!」


「単体で遊ぶより、複数で混ぜた方が反応が面白い」


「分かる!」


 ケラケラと笑う。


 軽く。


 軽く。


 何も背負っていない声で。


「今回のあの子もさ」


 一体が、思い出すように言う。


「最初はちゃんと“夢”持ってたのにね」


「読者モデルだっけ?」


「そうそう」


「いいよね、ああいうの」


「壊しやすい」


「ねー」


 短く笑う。


 ほんの少しだけ、声が低くなる。


「期待があるほど、落ちるとき綺麗なんだよね」


「分かる」


「しかもさ」


 続ける。


「自分で選んだって思ってるから、なおさらいい」


「あー、それ最高」


「“騙された”って気づいた瞬間の顔、見た?」


「見た見た!」


 弾けるような笑い。


「良かったよね!」


「うん、すごく良かった」


 満足げに頷く。


「やっぱりさ」


 一体が言う。


「契約って形にすると、勝手に納得してくれるから楽だよね」


「説明しなくてもいいしね」


「むしろ、しない方がいい」


「だね」


 くすくす、と笑う。


「都合の悪いことは言わない」


「聞かれたら誤魔化す」


「それでも納得する」


「最高」


 短い言葉で、全てが完結していた。


「でさ」


 もう一体が、ふと思い出したように言う。


「最後、あの子どうなったんだっけ?」


「さあ?」


「え?」


「ちゃんと見てなかった」


「えぇ?」


「だってさ」


 軽く肩をすくめる。


「どっちに転んでも同じじゃん」


「あー……」


「戦って、生き残るか」


「壊れて、流れるか」


「どっちでもいい」


「確かに」


 納得する。


 あっさりと。


 興味がない。


 本当に、どうでもいい。


「大事なのはさ」


 一体が指を立てる。


「“回ること”だから」


「循環ね」


「そう」


 静かに頷く。


「壊れたら、次に行く」


「流れたら、別の世界で使う」


「それをまた誰かが倒す」


「で、また壊れる」


「完璧」


 二体は同時に笑った。


「無駄がないよね」


「ほんとそれ」


「しかもさ」


 少しだけ声を潜める。


「本人たちは“世界を救ってる”つもりなんだよ?」


「それが一番いい」


「ねー」


 くすくすと。


 静かに。


 でも確実に楽しんでいる笑い。


     


 暗闇が、ゆらりと揺れる。


 どこか遠く。


 別の世界の気配。


「……そろそろ、この世界も飽きてきたね」


 一体が呟く。


「そうだね」


 もう一体も頷く。


「長くいてもマンネリするし」


「移動しようか」


「うん」


 軽い同意。


 迷いはない。


「次はどこ行く?」


「さっき見つけたところ」


「どんな感じ?」


「まだ誰も触ってない」


「いいね」


「初期状態」


「それ最高じゃん」


 嬉しそうに笑う。


「最初から全部見れるね」


「うん」


「どんな子がいるか楽しみだなぁ」


「優しい子がいいな」


「壊しやすいしね」


「ねー」


     


「でもさ」


 ふと、片方が言う。


「もしつまんなかったら?」


「その時は」


 少しだけ考えて。


「戻ってくればいい」


「この世界に?」


「うん」


「まだ残ってるし」


「あー……確かに」


 少しだけ、間が空く。


「“残ってる”ね」


 同時に、笑う。


「完全には終わってない」


「むしろ、これから」


「いいね」


「いい感じに回りそう」


「楽しみ」


     


「じゃあ」


 一体が、軽く手を振るように言う。


「今回のところはこんなもんで」


「うん」


「十分遊んだ」


「満足満足」


 二体の輪郭が、少しずつ崩れていく。


 白く。


 曖昧に。


 形を失っていく。


「またね」


「またね」


 誰に向けたわけでもない言葉。


 ただの習慣。


 ただの癖。


 ただの終わりの合図。


 そして。


 そのまま。


 何の抵抗もなく。


 時空の狭間へと、溶けるように消えていった。


     


 残されたのは。


 静寂。


 そして。


 どこか遠くで、微かに響く。


 無邪気で。


 そして。


 どうしようもなく嫌な、笑い声だけだった。


 ――遊びは、終わらない。

 

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