第6話
私は教室にいるクラスメイトに、こう言いました。
「自主的に謝罪をするなら、今のうちですよ」
それを聞いても、誰も何も言いません。
「このクラスの中に、ウェリエスレ殿下にボード破壊の罪を被せようとした人がいるようです」
それがどういうことを意味するのか。
今後のことを考えた時、どうなるのか。
そこまで計算してのことなのか、単にウェリエスレ殿下が気に入らないだけだったのか、わからないですけれど。
私はマルグレアに尋ねました。
「無事だったボードを、最後に見たのはあなたでしたよね?」
「ええ。16時過ぎ頃に、一旦休憩ということで、みんなで部屋を離れたけど」
「休憩を取ろうと言ったのは、どなた?」
「誰というわけでもなく、その話が出たから、誰が最初に発言したかは覚えていないわ」
マルグレアは淡々とそう答えました。
私はそれを聞き、今度はフォリオンに尋ねることにしました。
「あなたが、壊れたボードを見たのは何時頃ですか? その時の状況は?」
小柄なフォリオンは、そのはっきりとした茶色い瞳で宙を見て、
「俺が壊れているのを見つけたのは16時半頃で、みんなで見た時同様、ボードが壊されていたのを見て、慌てて教室に来たんだ」
そんな風に状況を説明しました。
私はフォリオンの靴を見つめました。特に何かインクのようなものがついている形跡はなく、手入れが行き届いているようでぴかぴかに輝いています。
「フォリオン。あなたがボードを壊しましたね?」
私のその言葉に、フォリオンは驚いた様子でこちらを見ました。
「僕がそんなこと、するわけないだろ」
「その靴。以前はそんなに綺麗に磨いてはいなかったはずです。なのに、今日は綺麗に磨かれています。それは、靴についたインクを拭き取ったからではありませんか?」
私がそう言うと、クラス中の視線が彼に向かいました。
「靴が綺麗だから犯人? そんなの、おかしいだろ」
「靴裏を見せてもらえませんか?」
フォリオンは私に、自身の靴を脱いで、まざまざと見せてきました。
「僕は犯人じゃない」
みんなが靴に証拠はないかと覗き込む中、私は静かに口を開きました。
「あのインクを落とすためには、ただ拭き取るだけでは落ちません。そのために、インクを落とすための専用液が必要です。あれは、火炎魔法でよく燃えます。通常、学校から支給された制服セットには、魔法防御がかけられていて、大抵の魔法では燃えません。もし火が大きくなったとしたら。その意味、わかりますね?」
私は口早に、火炎魔法を唱えました。
その魔法は、ごくごくわずかな火を生み出すもので、そのことはこの場にいる全員が知っています。
けれど。
火炎魔法は一瞬ばっと大きく燃え、それから消えました。
まるで何かの液体が揮発して、そうさせたかのように。
「フォリオン、やっぱりあなたが……」
「返せよ!」
フォリオンは私から靴を奪い取ると、それを履いて廊下に飛び出そうとしましたが、それをレイエレンたちが止めました。
「どうなるか、わかっているんですよね?」
ウェリエスレ殿下が、怒りを抑えきれない様子でそう言うのを、私は手で制止ました。
「事実を教えてください」
「別に、理由なんてない。ただ、ムカついたからやっただけだ。そこの殿下が気に入らなくて、罪を被せてやろうと思っただけ。悪かったよ。みんなが苦労して作ったものに、そんなことをするなんて」
フォリオンは泣きそうな様子でそう白状しました。
「ごめんなさい……」
フォリオンは俯いていて、表情は読み取れませんでしたが、本当に泣いているのかもしれません。
「謝って済む問題ではありません。壊したものは元に戻らないし、失った信用は戻りません。あなたなど、私が消す価値もない」
ウェリエスレ殿下はそう言って、私の顔を見ました。
私はそんな彼を見て、この人は案外優しい人なのかもしれない、と思ったのです。
「今回のことを反省しているなら、あなたがこれからできることは何ですか?」
「僕にできること……?」
「この中で、物質にかけられる修正魔法を使えるのは、誰でしょうか?」
修正魔法を使えば、ぼこぼこになったボードをある程度もとに戻すことができます。
ただ修正魔法は、特殊な魔道具が必要で、それは大変高価で、しかも制限があります。ですから、使える人は当然、限られています。
その言葉の意味を察したフォリオンは、苦々しそうに唇を噛み、ウェリエスレ殿下の前に跪きました。
「元に戻していただけないでしょうか」
「私に罪を被せようとしておいて?」
「謝ります。だからどうか……」
「謝罪が足りませんよ」
ウェリエスレ殿下がそれ以上の謝罪を求めようとしたので、私はフォリオンに言いました。
「どちらにせよ、殿下は元に戻してくださります。みんなのために、ね?」
「あなたも土下座しても構わないんですよ?」
「御冗談を」
「私への謝罪だけでなく、この場にいるボード制作者に、謝らなければいけないのでは?」
ウェリエスレ殿下の言葉に、フォリオンは深く頭を垂れ、「申し訳ありませんでした」と謝罪しました。
「フォリオンは謝っていることだし、殿下が元に戻してくれるみたいだから、気にせずさっさと作業に戻ろうぜ」
レイエレンがそう言うと、みんなまだ様子を伺ってはいましたが、それぞれの作業に戻っていきました。
私は、内装制作チームとウェリエスレ殿下とともに、壊れたボードが魔法で直ったのを見届けて、教室に戻ってきました。
するとミリアンが、私に囁くようにこう言いました。
「フォリオンは怒っていたのね。大好きなオーネリアが殿下に泣かされたことに」
フォリオンの動機がわからずにいた私に、ミリアンはそう教えてくれました。
恋とは時に、人を狂わせるもの。
私が廊下に出ようとすると、そこにウェリエスレ殿下とサイアスが戻ってきました。
「聞いても良いですか?」
ウェリエスレ殿下は、私にそう尋ねました。
「何故犯人が、私ではないと思ったのですか?」
不思議そうに尋ねる彼に、私は笑顔で答えることにしました。
「ウェリエスレ殿下は、案外優しい方なのかもと思ったので」
人は、相手が思う像になろうとするもの。
私は冗談半分、そう言ってみました。
「そんなわけないこと、わかっているというのに」
そう言いながらも、ウェリエスレ殿下も笑っていました。
私はこの時、彼が笑っているのを、初めて見たのでした。