第4話
私がまだ、17歳だった頃。
王立魔法学園の第2学年だった私は、秋の学園祭の準備に追われていました。
私のクラスは、ありがちではありますが喫茶店を開くことになっており、そのための内装や衣装の準備、チラシの作成やメニューの考案など、様々な仕事がありました。
みんなが教室で慌ただしく作業する中、夏休み明けに留学生としてやって来たウェリエスレ殿下は、学園祭というものを不思議がっていました。
さらりとした銀髪に、すらりとした体躯。冷淡なまでに鋭い青い瞳のウェリエスレ殿下は、退屈そうにこう言いました。
「ガクエンサイとは、何の意味があるのですか?」
殿下は、明らかに不機嫌そうでした。
「みんなで準備して行う、お祭りのようなものです」
クラスメイトの一人が、殿下にそう答えました。
「お祭り。ですがやっていることは店の運営とそう変わりません。そのためにこれほど労力を使うなど、意味がわかりません」
ウェリエスレ殿下は、任されていた仕事にやる気が無いようでした。
そもそも、みんなと協力して何かを完成させるということを、面倒だと感じているようで、片手には読みかけの本がありました。
ウェリエスレ殿下のお付きとして魔法学校に入って来たサイアスは、「自分が代わりにやっておきますので、殿下は勉学をなさっていてください」などと言います。
それを聞いて、クラスメイトのオーネリアが殿下に言いました。
「学園祭は、皆で作りあげることに意味があるのです」
正義感の強い彼女は、果敢にも殿下にそう言いました。
「では、あなたは何を?」
「私は衣装の作成に携わっています」
オーネリアは、喫茶店でみんなが着るための衣装を作っていました。
それを聞いて殿下は、
「プロの模倣でしかない素人の遊びに、意味などあるのでしょうか? それともあなたは衣装のプロを目指しているのですか?」
淡々とそう言いました。
「プロは目指していませんが、みんなが楽しめる衣装づくりを目指しています」
「あなたのエゴを押し付けるのは周囲の迷惑ですよ。プロの作品を購入して配布すれば済むことでしょう。素人がわざわざ作るなど、ただの時間の無駄であり、駄作は着る側にも迷惑です」
ウェリエスレ殿下は、本を片手にそう言い放ちました。
「あなたの衣装が駄作でないと言える根拠を教えてください。それとも、周囲に聞いてみますか?」
それを聞いて、オーネリアは泣き出してしまいました。
一生懸命衣装を作りながらも、なかなかうまく進んでいなかったこともあり、限界だったようです。
教室の空気が悪くなっているのを感じましたが、誰も何かを言おうとはしませんでした。彼はこういう人で、何を言ったからって変わるとは思えなかったからです。
でも。
「学園祭の楽しみ方が、わからないのですね」
私のその言葉に、プライドの高いウェリエスレ殿下は視線を向けました。
空気を変えたいとか、正義感とか、そういうものも確かにありますが、私はただ自分の気持ちが収まらなくて、そう言っていました。
「わかる必要もないことですよ」
殿下は鋭い瞳でこちらを見て、そう言いました。
「それならば、楽しく取り組んでいる人たちの空気を、壊さないでいただけますか?」
「図星をつかれ、勝手に泣き出しただけでしょう?」
殿下がそう言うと、オーネリアはさらに顔をくちゃくちゃにしました。
「あなたが楽しみ方をわからないからといって、その不機嫌さを周囲にまき散らす必要はないのでは?」
私がにこやかな笑みを浮かべてそう言うと、殿下は怒りの表情を浮かべていました。
「ライラナ嬢、それ以上は……」
周囲が私を止めようとしましたが、問題ありません。
「あなたに、学園祭の本当の楽しみ方を、教えて差し上げます」
「は?」
これには、殿下だけでなく周囲も呆気に取られていました。
「そんな無駄なことに、興味はありません」
「あなたは気づいていないかもしれませんが、このように口論が起こることも、学園祭の醍醐味なのですよ?」
「は?」
これには殿下が、また呆気に取られているようでした。
「『こんなことをして、意味があるのか』と問いかけ、お互いの本音を話し合い、友情を深め合う。これもまた、学園祭の楽しみ方の一つです。殿下は本当は、みんなと仲良くなりたかったんですよね? そのためにわざと悪役を?」
「そんなわけないでしょう」
「照れなくてもいいんですよ?」
「馬鹿馬鹿しい」
「口論を深めますか? 良いですよ? 学園祭はまだまだこれからなのですから」
私がそう言ってみせると、これ以上話しても無駄だと思ったのでしょう、殿下は教室を出ていきました。その後をサイアスが慌ててついていきます。
彼らが教室を去った後、オーネリアが話しかけてきました。
「大丈夫? あんなことを言って」
「良いんです。事実でしょうから」
「事実? あの冷酷な王子が、みんなと仲良く学園祭を楽しみたいと?」
オーネリアは驚いた様子で言いました。
「本当に興味が無いなら、勝手に帰っていると思うんです。そうしても問題のない立場ですから」
私がそう言うと、みんな何だか納得が言ったみたいで、急にこれまでの空気が変わり、何だか生あたたかな笑顔が生まれました。
たとえて言うなら、「ああ、あの王子も、実は混ざって楽しみたかったんだなあ」みたいな感じでしょうか。
彼からすれば、不本意極まりないものだと、私にはわかりましたが、その方が面白いのであえて指摘はしません。
彼は学園祭には興味が無いし、無駄だと思っているのでしょう。
それでも一応、様子を見ていただけ。
それをあのように言われて、言い返すことができなかった。きっと今頃悔しがっているに違いありません。
恨まれているかもしれません。
ですが、あのまま黙っていることは、私の性に合わなかった。それだけのこと。
「何かあったら、いつでも言ってね?」
クラスメイトの一人、ミリアンは状況を察してそう言ってくれました。
このミリアンとは、小さい頃から仲が良く、今でも親しくしています。
「大丈夫ですよ。ありがとう」
「殿下との恋愛方面の相談にも乗るからね?」
「何でそうなるんですか」
「だって……あの殿下があんな態度をとるなんて、あなたに興味あるんだと思うけど?」
ミリアンはそう言うと、楽しそうに笑いました。
学園祭の醍醐味という闇は、なかなかに深いようです。
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