第1話
「ありがとうございます! おかげで夫に囚われず、生きていけます!」
依頼人女性からのお礼を聞きながら、私、ライラナ・アルグランは「お役に立てて光栄です」と、いつものように淡々と言いました。
この国、ミレシアン王国で、私は弁護士の仕事をしています。
生まれが公爵家ということもあって、望んだ仕事には比較的簡単に就くことができ、結婚した後もこうして仕事を続けられています。
それには夫の理解もあるわけですが、そもそも夫は、いつも呑気で、優柔不断で、私が「やる」と言ったら、反対するような性分ではありません。
夫、ジエルド・アルグランは、多くの貴族がそうするように、働いてはいません。社交が仕事みたいなもので、そもそも働かなくとも十分に生きていけるのです。ですから彼は、私が弁護士をしていることを不思議がっています。
「うちの妻は、変わり者で」
そう口にしているのを、何度も耳にしました。だからと言って、彼が反対することはないですし、穏やかな性格というのもあって、結婚生活は特に支障なく過ごせていました。
とは言えこちらの気持ちは察してくれないし、面倒なことは「君の好きなようにしていいよ」で全部丸投げしてくるところには困っていましたが。
結婚から数年の月日が過ぎ、子どもが一人生まれたものの、私は相変わらず仕事に励んでおり、日々の忙しさに夫とは少し距離が開いていたのかもしれません。
ある時、知人が噂をしているのを、偶然耳にしてしまいました。
「また浮気しているそうよ」
「何人目? あの奥さんじゃ、仕方ないのかも」
最初、誰の話をしているのかわからなかったのですが、よくよく聞き耳を立てていると、それはどうやら夫の話のようなのです。
浮気? また? 複数の女性と? どういうこと?
夫とは今朝も一緒に食事をとりましたが、以前のように話さなくなっていました。
まだ幼い子どもに、メイドが食事をあげてくれていますが、そちらに気をとられてばかりいて、夫と話すことはほとんどないのです。
そうした日々の積み重ねが、彼との距離を作り、心が離れていく要因になったのかもしれません。
私は彼に確かめる前に、事実を確認することにしました。
人を雇い、彼の浮気の証拠を集めることにしたのです。
そうしたらもう、集まる集まる。
彼は4人の女性と浮気をしていました。
4人と聞いた時、目の前が一瞬くらっとしたのは言うまでもありません。
あの穏やかで、一応は優しい彼が、4人と浮気。
一応は私のことを「好きだ」と言い、一生私だけを愛すると誓った彼が、です。
自分が彼に関われなかったから仕方のないこと、なんて思えるわけもなく。
男性なんて所詮はそんなもの、と割り切ろうとしたものの、そんな風に思えるはずもなく。
怒りと憎しみが、ふつふつと、ふつふつと、どこからともなく湧いてきて、苦しくなってきました。
私は、帰って来た彼に話をすることにしました。
「今日はどちらへ?」
できるだけ平静を装い、彼に話しかけました。
「今日は、オーディンのところで会合があって、それに参加していたんだよ。君こそ、今日は帰りが早いけど、何かあった?」
彼はいつも通り、にこやかな笑顔を浮かべて言いました。
やわらかな茶色い髪に、透き通るようなベビーブルーの瞳。少し幼さが残る……ストレートに言えば童顔の彼は、いつもにこやかな笑顔を浮かべています。
「早く仕事が終わったから、あなたと食事に出かけようと思って」
「食事? 家ですればいいのでは? 今日は疲れているんだ」
彼は面倒くさそうにそう言って、私を部屋から出ていくよう促しました。
いつも通り。
私が歩み寄ろうとしても、彼はいつもこんな風に、私と距離をとるのです。
私が関わらないからという理由ではなく、彼は私に興味が無くなっているようでした。
子どもが生まれた頃は、もっと彼は優しく、こんな風に距離をとることもなかったのですが……。
私の心の中に、何か違和感のようなものはあったものの、それに向き合うことはせず、夫の浮気のことで頭がいっぱいでした。
そこで、同僚で友人のリナリアに、夫のことを相談してみることにしました。
「あなたはどうしたいの?」
リナリアは、冷静に話を聞いてくれました。
「あなたには子どももいることですし、このまま婚姻を続けるならば、その気持ちを整理しないといけませんね」
「ええ。そのためにも、まずは相手の女性たちと別れてもらわないと」
4人もいると考えると、憂鬱になってきましたが、そこは人を雇ってどうにかしてもらいましょう。
「続けるのも辞めるのも、どちらも大変だと思うけれど、あなたが後悔のないように、感情で動かないことを祈っているわ」
リナリアはそう言って、私を励ましてくれました。
そうして私は、夫と女性たちを別れさせるべく、人を雇って働きかけました。
ですが、それを知った夫が、怒って私の部屋に乗り込んできたのです。
「どういうつもりだ」
彼の、見たこともない怒りの形相に、私は驚きました。
「こちらが聞きたいぐらいです。どういうつもりなんですか?」
私は驚きながらも、毅然とした態度で言い返しました。こういうことは、仕事上慣れています。
「君がそのつもりなら、こちらにも考えがある」
「考え? 反省はしないんですか?」
「反省? 何でそんなことをしないといけないんだ。悪いのは、君の方だろ」
そう言うと、彼は部屋から出ていってしまいました。
浮気をしておいて、妻を裏切り傷つけておいて、反省もしない。
こんな人を、このまま放っておいて、良いのでしょうか?
絶対に許さない。
リナリアのアドバイスも空しく、私は感情的になっていました。
そしてあろうことか、彼を裁判にかけ、社会的に処刑することにしたのです。
どうせ周囲には、もうとっくに知られています。
だったらいっそ、私の気の済むようにさせてもらいます。
「『証拠の魔女』が、夫を訴えるらしい」
周囲はそのことを、面白おかしく騒ぎ立てていました。
「証拠の魔女」とは、弁護士として、どこからともなく様々な証拠を見つけてきて並べ立てる私を皮肉ったものですが、私自身はそれを嫌ってはいません。魔女でもなんでも、大いに結構。
「『証拠の魔女』らしくない、感情的な行動ね」
「女性は、好きな人のこととなると、人が変わるから」
そんな声もありました。
ええ、確かにそうかもしれません。
本当のことを知るために、私はどうしても、動く必要があったのです。
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