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キンモクセイは夏の記憶とともに  作者: 広崎之斗
偶然とは、必然の上に成り立つ
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偶然とは、必然の上に成り立つ (8)

 冬真と始めて出会ったのは店の面接を受けた時だ。

 その後、年齢が近いこともあり主に冬真の方からよく声を掛けてきた。

 仕事が慣れた頃になると、今のように閉店作業をして賄いを食べたり、店休日の前には時々冬真の部屋で飲むこともあった。

 だからその時、つい口を滑らせたことを冬真は未だに覚えている。


「イイじゃん、好きなら再会を喜べ」

 食事を終えて、アイスティーのおかわりを飲みながら悠人は首を横に振った。

 コーヒーを飲んでいる冬真は、大袈裟に両手を横に広げて言うが、それを全力で拒絶する。

「なんで。折角向こうから会いに来てくれたってのに?」

「偶然でしょ、偶然。それに俺なんか、アイツには似合わないし。それに……もっといい人はいると思いうし、アイツに似合うような」

「似合うようなって、どういうの?」

「可愛いとか、美人とか」

 会ったばかりの純一の姿を思い出す。


 彼は成長していた。背も高くなっていた。悠人の記憶では自分と同じぐらいだったのに、見上げる程になっていた。

 幼かった顔立ちしか記憶にない。だからすぐには名前と今が一致しなかった。

 綺麗な顔立ちをしていた。

 元々、よく遊んでいた子どもの頃も可愛い弟という感じだった。見た目にも、少し引っ込み思案な性格も。

 声だって、声変わりの前だった。

 だから、あれほどに身体に響く低く良い声を知らない。

「それでも、悠人自身が言った『心残り』ってのは彼のことなんだろう? なら、素直にそれに向き合う方がいいんじゃないの」

 冬真の言葉はもっともで、ため息を吐いて目を閉じた。


 心残りがある。

 そう悠人が冬真に言ったのは飲んだ時に、子供の頃の話をした時だった。

 冬真の昔話も面白かった。それに比べて自分は何もない平凡な田舎の子どもだったことを話していた。

 故郷でのこと、大学でのこと、友達のこと、会社でのこと、そして今のこと。

 脈絡なく、酒が入った勢いで話をしながら、冬真に向かって何度もお礼を口にした。

 その流れの中、悠人は「実家には二度と帰りたくない」と言い、田舎はイヤだと愚痴のようなことを言っていた。

 悠人自身は何かと話すぎた記憶しかなく、その中に純一の存在もあった。


「心残りっていうより、後悔ですよ」

「でも、俺が聞く限りじゃ心残りって言われる方がしっくりくる。それにお前も言ったじゃん?」

 言っただろうか。記憶は曖昧だ。

 酒をしこたま飲んでいたし、その内容を人に話したことは殆どなかったから余計だろう。

「なんか俺そんなこと言いました?」

「悠人は彼以外匂いを感じたことがないつってただろ? それって、運命の番ってやつなんじゃないの?」

「……は?」


 匂い。

 そう言われて、さっきの香りを思い出す。

 同時に、過去の記憶が蘇る。

 匂いに敏感な冬真は、特に彼がαであるが故にΩの匂いは分かりやすいのだという。

 もちろん人それぞれであるが、ヒートが近いものは甘く。そして自分と相性があわないだろう者は、とにかく耐えられない悪臭だと言う。

 その話をしてくれたときに、悠人は自分が一度だけ感じた匂いの話をした。

 それが他でもない純一のことだ。

 

 *


「甘い匂いだよ。ヒート前のΩって。あと、相性が良さそうなのはそういうイイ匂いがする」

「え、じゃあ俺はどうなんです?」

「悠人は甘い匂い。多分相性はいいんだよ。でもまぁ安心して。俺は別にそういうつもりはないから」


 親しくなり始めたころ、冬真はビールを飲みながらそう言った。

 顔色一つ変えずにアルコールを飲み続けている姿に羨望の眼差しを送りながら、悠人は少し酩酊した気分を楽しみながらビールを飲み干す。


「Ωも、相性がいい相手にはそういう匂いを感じるって聞いたけど」

「そういうΩに出会ったことはあるんですかぁ、冬真さんは」

「そういうって?」

「冬真さんから、イイ匂いがぁ、するって言うようなΩですよ」


 呂律が怪しくなり、ふにゃふにゃとしながらも意識はしっかりとあった。

 冬真は少し考えて首を横に振る。


「ないな。俺も匂いは感じる方だけど、自分が好きな匂いにはあった事ないし。そういう悠人は?」

「おれぇ? 俺は……あー、ありますあります。一度だけ」


 そう言って指を一本立てた。

 目を細めて過去を思い出す。

 口元が少しだけ緩むのは、酔いの所為か、記憶の所為か。


「幼なじみの奴にね、居たんですよ。凄いイイ匂いする奴。でも、そいつの匂いの一度だけで。それからはなーんも匂った事ないし」

「そいつとは何もなかったの?」

「ないですよ。ないない。俺にとっては弟みたなもんだったしぃ。それに……俺なんかがアイツになんて勿体ないですよ。俺なんかより可愛かったし。頭も良かったし。可愛かったし」

「可愛かったんだ」

「弟みたいなもんですから。本当、ずっとそうで居たかったってぐらい。本当に弟だったらよかったのになーって思ったりしたけど。まぁ、それでも、Ωの兄貴なんていたら大変だろうし。まぁ、いいんですよ。いいんです」


 はぁっと深く息を吐くと、アルコール臭くて思わず笑いが溢れた。

 イイ匂いなどとはほど遠い。


「あんな匂い知らない方がよかったって、後悔してますよ。しかもよりにもよって、アイツだ。最悪ですよ、気分はマジ最悪。だから、それもあって俺は……二度と実家には帰りたくないんです」


 *


「……言いました、ね」

「思い出した?」

 記憶の奥底から引っ張り上げたやりとりに、悠人は頷いていた。

 そうして自分が匂いを感じたのは、純一だけだということも改めて思い出す。

「じゃあ、あの匂いって……やっぱアイツのだったって、こと?」

「匂いって? もしかして今日?」

 目を丸くして冬真が言った。

「ええ。あの、今日、アイツが入ってきたとき匂いませんでした? 甘い……その、冬真さんの言うキンモクセイみたいな甘い匂い」

「全然。直感的にはαだろうなって思ったけど。そんな匂いは、全然、まったくしてない」


 冬真の返答に今度は悠人が目を丸くする。

 身体が熱くなるような匂い。

 あの日知った匂いと同じなのかは、記憶が一致しない。過去の記憶は曖昧だ。忘れたくて忘れたくて仕方がなかったから、忘れようとしたから。

 思わず顔を両手で覆い悠人は小さく呟いた。


「うそだろ」


 思い出すだけで身体が疼きそうになる甘い香り。

 確かに少し考えれば分かることだ。

 冬真のように匂いに敏感ではない自分が、あんなに匂いを感じるなんて。


「なぁ、悠人」

「……なんですか」

「抑制剤、ちょっと多めに飲んどいた方が良いんじゃない?」


 冬真の言葉に悠人は頷いた。

 耳まで真っ赤になっている気がして、顔を上げたくなくて、背を丸くした。


「やっぱ、彼のこと好きなんじゃん」


 冬真の言葉は聞こえないふりをした。

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