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キンモクセイは夏の記憶とともに  作者: 広崎之斗
偶然とは、必然の上に成り立つ
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偶然とは、必然の上に成り立つ (3)

 この店では、店休もあわせれば週に二日は休みが取れた。申請を出せば任意の休みは月に二回は確実に取れる。あとは要相談。

 それが冬真と初めて会ったときに説明された勤務形態であり、嘘偽りなくの契約だった。

 また、体調不良による休暇はそれに該当しないと言い、冬真は風邪や怪我はもちろん、ヒート時や抑制剤の副作用での体調不良が酷い場合も同じように扱うと言ってきたので最初驚いたものだった。

 その時、まだ悠人は自分がΩであることを言っていなかった。だが冬真は匂いで分かっていたのか、説明のついでに言ってきたのだ。


 Ωであるということは、社会的にハンデといっていい。

 無論、そんなハンデはなくていいし、生まれ持っての性でハンデを持つなんて意味が分からないと悠人はいつも思う。

 今でこそ社会的にもΩに対する差別や人権侵害といった問題に取り組んでいて、昔よりは改善されている。それでも未だ根強い偏見や差別は残っており、それらは都会より地方に行くほど顕著で、陰湿なものになることを悠人はよく知っていた。


 今月の休みは学生たちを優先した。彼らは夏休みであり、働きたいが遊びたい時期でもある。それに学業で忙しい者ももちろんいる。

 悠人は時期をずらして休みを取りたいと思い、今月は定休以外は特に休みを取っていなかった。

 もちろん体調不良の可能性だってなくはない。その時はお互い様だと誰もが理解しているから、特に問題はなかった。


「さーて……と」

 立ち上がって悠人はグラスの中身を飲み干した。

 店に出る前に一度手を洗い、ホールに出るとグラスを拭いていた穂乃花の傍に行き「お疲れ」と声を掛けた。

 自分の飲んだ分のグラスを洗いながら店内を見回す。

 挨拶をして裏に捌ける穂乃花を悠人と冬真が見送っていると、キッチンの方からも同じような声がした。

 同時に店の入口が開き、ベルの音が響く。


「いらっしゃいませ。二名様ですか?」

 悠人は笑顔を向けると入ってきた男性客二人を見て人数を確認し、店内の空いている席を見つける。

「こちらへどうぞ」

 カウンターから出て案内をしようと、必要なメニューを持って歩き始めた。


 先頭に立っている男は、悠人よりも身長が高かった。顔立ちもハッキリとしていて、容姿端麗、典型的なαという見た目でもあった。

 だが人当たりは良さそうな顔立ちをしていて、少しだけ口元に笑みを浮かべているのが印象的だった。

 おそらく真顔だとその整った顔立ち故に、怒っているように見られるのかもしれないと思う。

 初めて見た客だったが、反面でどこかで見たことがあるような気がした。

 だが一見してモデルのようにも見えるから、そういう仕事をしている可能性だってある。この店ならば、そういう客も来るからあり得ない話ではない。


 大きくガラスのような瞳が印象的だった。あの瞳は一度見たら忘れない気がする。

 だからおそらく、なにかの看板とか雑誌とか広告とか、そういうもので見たのだろうと思うことにした。

 だが、もしかしてランチで来たことがあるのだろうか。時折ランチにも悠人は顔を出しているが、そちらは滅多にないから常連の顔もさほど覚えていない。

 テーブルに案内してメニューの日替わりについて説明をすると、軽く頭を下げて悠人は立ち去ろうとした。


 金木犀の香り。


 そう冬真が言ったあの香りがした。

 思わず振り返りそうになった。

 香水だろうか。

 それとも彼はαなのだろうか。いや、多分αであることは間違いないだろう。

 だが、どちらにしても香りを知覚した瞬間にぞくりと身体が震えた。

 そんなことは今までになかった。戻る途中、呼び止められたテーブルで追加オーダーを受けて伝票を書いて戻る。

 その最中も心臓はバクバクと煩かった。


 あれは、あんな香りは初めてだった。


 いや、違う。

 一度だけあの香りを嗅いだことがある。


 だが大丈夫だ。

 例え彼がαだったとしても、抑制剤はきちんと飲んでいる。

 大丈夫だ。


 それに、冬真に言われた通りそろそろ錠剤が増える時期だ。シートに書かれている通りに飲んでいく抑制剤は、Ωのヒート周期に併せてホルモン剤の容量が増えるようになっている。


 大丈夫だ。

 大丈夫。


 言い聞かせるように悠人は深呼吸をして、キッチンにオーダーを伝えた。

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