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キンモクセイは夏の記憶とともに  作者: 広崎之斗
昔の話、今の話。
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昔の話、今の話。(14)

 純一が賞賛していたパンは確かにおいしかった。

 サラダのドレッシングも特製というこだわりで、価格としても悠人の店のランチよりも少し安い。もちろん立地条件にもよるだろうが感心してしまった。

 デザートの一口アイスとアイスコーヒーを飲みながら、純一は学生時代のことをもう少し深く話してくれた。


 専門から大学に編入した先で、今の相棒である慎二と出会ったと言う。

 彼もまたαであり、その性を恨めしく思う者と狙う者が居た。

 前者はほとんどがβであり、後者はもちろんΩである。

 彼に興味を持ち告白しても振られてしまった者などが、自らのヒートの時期を使って自分のものにしようとした。などと聞いて、悠人は思わず「うわぁ」と呟いた。

 そんなことを考える者も居るのは、学校柄余計かもしれないと純一は言った。


 そもそも性に関係なく才能と努力の末に芸術を学ぶ大学に行く者が多い。そして弱肉強食の世界だ。

 使えるものは使いたい。そういう考えが根づいているからだろうと冷静に純一は言った。

 そのときに慎二を助けてやったのが純一であり、その頃からさらに仲が良くなったのだという。

「元々仲は良かったけどね、年も同じだし。俺はアイツに才能があるって思ってたけど、アッチは俺を見て才能がないと落ち込んだらしいけど」

 そんなきっかけだったというが、年齢が同じと言うこともあり話題は尽きず、趣味の話や学びについての議論などで仲は深まっていった。


 純一が日々努力する姿を目にして、なぜそれほど頑張れるのかと慎二が問うたことで純一は自分の目標を告げたのだという。

 その場には、先ほど話題に出た先輩とオーナーの存在もあったという。

 その頃にはすでに純一はバイトでプロの元で手伝いをしながら、個人的に受けた仕事をこなしていた。

 バイトが落ち着いたところで完全に個人の仕事のみを受けるようになり、実力と結果を付けていく中、一人では手が回らなくなりそうだと思い慎二を誘って二人で仕事をこなすようになった、という。

 もちろん慎二も就職活動について考えていた矢先で、その申し出は渡りに船だった。

 そうして二人は二人三脚で仕事をこなしていき、今に至るのだという。


「ちなみに慎二を助けてやったときは、何でΩのヒートに平気なのかって聞かれて。初めて俺みたいに平気なのが変っていうことに気づいたんだよね」

「へぇ……?」

 その発端が自分だ、というのは純一から聞いたので尻込みした返事になる。

 αがヒートの状況を前にして、どうなるのかは全くしらない。だからこそ、何がどう平気でだめなのかも理解できない。

 あの時の純一は厳密にはαではなかったし、まだ幼い頃の話だ。手を伸ばそうとした時のすべてがおそらく本来のαのモノとは違うだろうと思えた。

「ま、そんな感じが俺の話かな」

 そう言って純一は自分の話を締めくくった。



 会計を済ませるころになると店内はほとんど客がいなくなっており、ランチの営業のあとは少し休んでからディナー営業なのだと純一が教えてくれた。

 支払いは純一がしようとしたところを伝票を奪い取って支払った。

 考えてみれば昨晩の支払いは純一がしていた。

 この店までは半ば無理矢理つれて来られたようなものだが、悪い気はしない。むしろどこか少しだけ嬉しかった。

 だがその気持ちについては述べることなく、昨晩の代わりだと支払いを済ませた。

「次は是非オーナーに連絡してきてくださいよ。全然顔を出さないって怒ってましたから」

「あとで連絡しておきます」

 困ったような笑みで純一は答えると、ごちそうさまと店員に伝えた。

 悠人もパンはもちろん、すべてがおいしかった旨を伝えて、礼を言う店員にさらに礼を口にして店を出て行った。


 帰りは下道を通り、家まで送り届けると純一は言った。

「なんで下道?」

「時間ちょっとかかる方がイイかなーって。途中休憩しながら帰ろう」

「まぁ、いいけど」

 予定も特にはない。したかったことといえば洗濯と掃除ぐらいだ。

 車に乗る前に、純一のスマホが着信を告げたらしく、マナーモードで震える本体を取り出し、小さく口を開けて嫌そうな顔をして悠人を見た。

「ちょっとごめん」

 どうぞ、と口には出さず片手を差し出して通話するように促した。


 車に乗る前に少しだけ駐車場の周りを歩いてみた。

 駐車スペースは舗装されておらず砂地だ。だからこそ暑さが和らぐのだろうと思いながら、久しぶりの砂の感覚を靴越しとはいえ踏みしめる。

 そういえばあまりコンクリート以外を歩いた記憶は最近ないな、と思う。

 神社や寺などに行けばそういう場所もあるだろうが、あまり行くタイプではない。休みの日もほとんど町中で終わらせるから、遠出をしたのは本当に久しぶりだ。

 考えてみると、悠人はあまり外に出ていないなと気がついた。

 子どもの頃から、あまり遠くへは出たことがないことも気がつく。もっとも、旅行で出かけたという記憶は薄らぼんやりとある。だが、一人で暮らすようになってからそんな記憶は全くない。


「どうしたの?」

「え? ああ……いや」

 電話を終えた純一が近づいてきて声を掛けた。

 振り返ってから、少し悩んで今考えていたことを口にする。

「地元出てから、まったく都心から出てないなーって、思って」

「まったく? マジで?」

「うん。大学の頃も勉強ばっかしてたし。就職活動始まってからは忙しいし。就職してからも、今度は毎日疲れるから、休みなんて出かける気にもなれなかったし」

「じゃあ本当に久しぶりに?」

「うん」

 もう一度海を見た。


「だから、結構楽しいかも……しれない。お前ばっかに運転させてるけど」

「い……いいよ、そんなの全然」

 ぶんぶんと首を振りながら純一は屈託のない笑顔を向ける。

「むしろ、下手したらマジで嫌われるかもしれないって、ちょっと思ってたから」

「思ってたんだ」

「うん。ずっと……匂いがするし。大丈夫だって思ったけど。でもあんまり嫌がられたら、ダメだよなぁって思って」

 ため息を吐いて悠人は頭を掻いた。

「今までっていうか、子どものころみたいにじゃないけど。別に、好きだとか恋人だとか番だとか……そういうんじゃなくて、友達みたいに会うのは、イヤじゃないよ。多分、匂いがなければ、もっと普通に最初から話せてたと……思うし。嫌がる事もなかった気が、しなくもないし……」


 そう言いながらも、結局、最初に逃げたのはあの日が発端であり、様々な状況に向き合わなかった自分がきっかけだと悠人は思い至る。

 だが当時の現実を受け入れる余裕など、あの年代の子どもにあるわけがない。

 それほど世界を一変させるのだから。

 だが今は違う。だからもう少し、きちんと向かうべきなのだ。

 だがそれでも、自分は不似合いだと思う気持ちは拭えされない。

 純一が頑張って来たから今があり、こうして再会出来ていると分かれば分かる程、自分は彼の努力に見合う人間ではないと思う。

 だから純一の言ったとおり、もっと、きちんと、拒絶する方が良いのかもしれない。

 それさえ出来ないのは、自分が弱いからだと悠人は分かっていた。

 今もまだ、あの香りが胸の奥を強く掴んで離してはくれない。


「悪い。とりあえず、イヤじゃない。それは確かだよ。楽しい、楽しかった。ありがとう」

 そう告げると純一は小さく頷いて、帰ろうと言った。

「電話はいいの?」

「うん。ほとんど慎二の泣き言だったから即切った」

「かわいそうじゃない?」

「いーんだよ。大体俺の仕事は終わらせてるんだから。とりあえず、ゆっくり帰ろう」

「なんでゆっくりなの?」

「夕焼けが綺麗だから。今日ぐらい晴れてると、絶対。何回か見たけど……田舎思い出す感じ」


 そう言われて悠人は軽く空を見上げた。

 田舎での記憶なんて、何一つ良い物なんてない。

 純一とのことだって、あの日の自分の失態で全て台無しにしてしまった。

 それでもずっと、自分もあの夏の香りに囚われていて、忘れられなくて。純一と過ごしている、今のこの瞬間さえ、少しだけ嬉しいと感じている。

 素直に好きだと伝えられれば、良いのかもしれない。

 だがそれは出来なくて、悠人は空の眩しさと忘れられない香りに軽く目眩がして目を閉じた。

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