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キンモクセイは夏の記憶とともに  作者: 広崎之斗
昔の話、今の話。
23/56

昔の話、今の話。(5)

 *


 十歳も超える頃になると、悠人は自分が他とは少し違うことに気がついた。

 他の男子ならば次第に体躯が大人に近づき、逞しくなる。

 そのためにも食事も多くなったりするし、次第に声が変わることも、あと何年かすれば当り前にあることだと思っていた。

 だがそれらのどれも、悠人に現われる兆候は軽微なものだった。


 十三歳の頃になると、クラスの中でも目立つタイプの男に何かと目をつけられた。

 その同級生は学内、否、地域でも有数の家系の血筋だった。すなわち、彼がおそらくαであろうことは誰もが分かっていた。

 ただきちんとした診断が下されるまでは、第二性についての優劣はない。

 ただ権力者の家系にいる子どもというだけだった。


 そんな同級生からイジメというものはなかった。

 ただ本当に見られていることが多かった。

 何か自分が悪いことをしただろうか、と不安になった。だがそれでも、当時からクラス内での派閥としても特に問題はなかったハズだった。

 目立つことはせず、成績も普通、生活態度も特筆する点はなし。そう言ったタイプの同級生数人と付き合いがあった程度だ。

 目をつけられる理由が分からなかった。


 しかしある時、そのクラスメイトは早くαであるということが判明した。

 人口の少ない田舎においてαという存在は絶対的であり、希少でもあった。故に、その血筋は大体把握されていたからこそ、彼がαであろうことは悠人もなんとなく想像出来ることだった。

 だから誰もが「ああ、やっぱり」ぐらいの反応であった。そして今まで対して変わらないハズだった。

 まだ中学生の頃だった。

 悠人はあるとき、提出し忘れたプリントを一度家に取りに帰り、放課後に持って行った。

 担任は翌日でも大丈夫だと言ったが、忘れた自分が悪いと思った悠人は、早く渡そうとそうした。

 そして帰ろうとしたときに、偶然その同級生と出会った。

 その時彼は悠人を見て呼び止めると、顔を近づけ匂いを嗅いだ。


 * 


「それで、そいつは俺からイイ匂いがすると言ったんだ。その頃は俺もΩだなんて分かってないし。家系的にも家はβの家系だ。そんなはずはないから、気のせいだろうって言って。でもΩの匂いがすると奴は言った。美味そうな匂いだって。ずっと奴は、自分がαと分かる前からその匂いを俺に感じていたとまで言った」

「それで、否定したの?」

「もちろん。当時はまだ健康診断の血液検査で出てなかったし。まさかって俺は言ったし信じなかったし。でもそいつは、もしも俺がΩだったら、絶対に食ってやるって笑った。子ども心に、食ってやるって本当に食われる気がして怖くなって、慌てて逃げたよ」


 悠人は記憶を掘り起こしながらため息をついてソファにもたれかかる。

 瞼が重く閉じていく。少し目を閉じていると意識も沈みこみそうだった。

 頭を振って瞼を押し上げると話を再開した。


「それから数年して、俺は自分がΩだって分かった。嘘だろって思った。親も驚いてた。それで調べたらどうやら父親方からの隔世遺伝だった」

 純一は時々相づちを打つだけで、悠人の続きを促すこともなく待っていた。

 水を入れたグラスを両手で掴み、指先を落ち着きなく動かしていた。

 何もかも、昔から今までのことを話さなくてはいけない。

 悠人はそう考えていた。


「俺は慌てたよ。だってΩであることが知れたら大変だろ? だから必死に隠そうとした。実際、それなりに隠し通せた。病院だって、守秘義務がある。薬はネットで買える。なんとかなるけれど、αの奴の鼻はごまかせない」

「何か言われたの?」

「ああ。でもそれはさほど問題じゃなかった。言いがかりだって言い返せたし。他にも数人αかΩの奴はいたかっぽいから。その辺りは……俺もあまり触れないようにしてたから、知らない。そういうのから逃げるためにも、俺は……ずっとお前と一緒に居る方を選んでたから」


 ちょうど受験の話にもなってくれば、遊ぶことは少なくなってくる。特に悠人はその時から地元外の大学に進学するつもりだったので、勉強に励むという名目で友達付き合いも最低限にしていった。

 そして毎日決まった時間に抑制剤を飲む。

 毎日忘れることなく飲み続けることで、ヒートを抑制することができるという、当時からスタンダードな抑制剤を飲み続けていた。

 ただし量や製薬メーカーの種類によって個人差がある。

 悠人は比較的すぐにあうものとであったので、それを飲み続けていた。


「でも、それでも……あの時の少し前、かな。純一からイイ匂いがしたんだ。凄く甘くて、美味しそうな匂い。αの同級生の言ってた匂いってこれのことだろうかって思った。でもそれはΩが発するフェロモンってやつだろう? だから違うと思って、気にしなかった。気のせいだろうって」

 純一は唇を指先で触れながら話を聞いていた。

「でもあの時……純一が来るって前に、俺は突然ヒートがきた。始めてだったし、ずっと何年も抑えられてた。もちろん、それに近いようなことはあったよ。抑制剤があわないときにあった。でも、あんな酷いものじゃなかった。こぉ……ちょっと、なんていうか、性欲が強くなる、ような……そのぐらいの、アレだった」

「でもあの時は全然違ったね」

「そう。あの時は……我慢出来なかった。お前がまだαだって分かってなかったけど、でも俺はお前がαだろうってわかった。だからどうしても……欲しいって思った。でも、その反面で純一にそんなことしちゃダメだって思って、最終的には……ああ、突き放せて。それで母さん呼んできてくれただろ。おかげで……なんとかなったけど。怖くなってそれから……お前と会うのを、避けた」

「匂いの正体は分かったの?」

「少しして、落ち着いてから、ネットで調べた」


 グラスを掴む指先に力が入る。

 心臓が煩い。


「俺もあの時、悠人からすごいイイ匂いがした。今までに嗅いだことのない、空腹を満たすにはコレしかないってぐらいの匂い。コレがあれば何もいらないって思ったぐらいの匂い」

 顔を上げて悠人は純一を見つめて言った。

「でも、さぁ……純一」

「互いに理性さえなくしそうなほどの匂い。渇望する匂い」

「アレは俺のヒートにお前が単純にそう思っただけだ。俺の、ふ……フェロモンにやられて、それで……」

「今もするのに?」

「違う、絶対に違う、気のせいだッ!」

「運命の番でしかあり得ない匂い」


 純一は確かにそう言った。

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